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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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073:過去を夢見る乙女は未来を導く

 闇だ。目を開けていても、見えない。

 ユニスは目を閉じた。

 視覚以外の感覚を研ぎ澄ませる。

 頬を微風がなでていく。この空間には気流がある。

 これは時空間の潮流みたいなものだ、とシェインの勘が告げた。シェイナーだけに解る、無意識下の情報解析。

 いきなり、体が重くなった。

 足の裏が平らな地を踏んだ。

 ユニスは目を開けた。

 淡い薄緑色の光に満ちた空間だ。

 暗闇から抜け出たばかりの目に優しくも、充分な明かり。高い天井も、左右の壁も床も、淡い薄緑色。前と後ろに続く通路は先が見えない。

 同じ風景を何度も見たことがある。『遺跡(サイト)』の内部空間だ。

 遺跡は、異次元空間を漂う謎の物体だ。その全体は、二つの正四角錐を上下に合わせた形をしている。外郭に出入口が開いているものは、中に入って、通路を探索できる。内部は広く、探せば、人間に有益ないろんな物質が落ちている。

 遺跡探索で最大の問題は、遺跡が『逃げる』ことだ。

 探索者を内包したまま、何処とも知れぬ異次元の彼方に消え去ってしまう。

 遺跡なら、ユニスは慣れている。遺跡を通常空間に留める『固定化』の作業は、ユニスの特技だ。もっとも、シェインが使えるシェイナーであってこその話だが。

 どうしてこういうときに限って、透視もできなきゃ、シェインホールも作れないわけ?

 透視で出口を探せない。

 確信したら、ユニスは頭のてっぺんまで震えが走った。シェインホールで空間に穴を開けて近道を作ることも、空間移送で距離をショートカットして移動することもできない。

 遺跡探索に最も必要な、透視と空間をコントロールするシェインが使えない。

 どこまでも薄緑色に閉ざされた空間。この閉鎖空間から抜け出せないかもしれない、という、果てしない恐怖。

 足下がグラグラするような不安定さ。絶対の孤独。すべて初めての感覚だ。少しでも動けば怖いことが起こりそうで、足が動かない。

――これが、シェイナーではない人間が、遺跡に入った時に感じる気持ちなのかしら。もしも、今のわたしが、ほとんどシェイナーではない状態に等しいのだとしたら……!?

 歪みに遭遇し、魔物に遭遇するだろう。シェイナーは無意識下で、常にシェインで自分の周りの空間を調えている。シェイナーが突然出現する歪みや、歪みから現れる魔物にも遭遇せずにすむのはそのおかげだ。だから、ユニスは今まで独りで遺跡に入っても、無事だった。

――でも、通路のある遺跡なら、開放された『(ゲート)』が開いているはずだ……。

 門はシェイナーの透視でなくとも見える出入口だ。

 歩いて探せばいい、とユニスが決意した、その時。

 苦しそうな呼吸音が聞こえてきた。足音も、だんだん大きくなってくる。

「くそ、ここは何階層なんだ?」

 晶斗の声だ!

 ユニスは声のした方へ走り出した。

「晶斗!?」

 どうして、ここに。

 どうやって来たの?

 わたしを探しに来てくれたの!?

 ユニスは走った。苔緑色の迷宮の通路はあらゆる音を吸収する。聞こえるのは、苦しそうな自分の呼吸音だけだ。酸素が足りない。息が苦しい。こんなに探しているのに、晶斗は見つからない。

 出られない。1人きり。遺跡で遭難する恐怖。ユニスはゾッと体が震えた。

 ここは未固定の遺跡だ、内部の通路も歪んでいる。初めて見るタイプの迷宮だ。ランダムに交差する迷宮の構造は、ありふれた遺跡よりも複雑に交差しているとしか思えない。もしそうなら、この遺跡は創造を絶する無秩序な歪みを内包した長巨大遺跡だろう。ひょっとしたら、伝説のヒアデスクラスかもしれない。

 そういえば、かつて晶斗が遭難という遺跡も、ヒアデスクラスだったという話をプリンス達がしていたような気がする……。

 ユニスはイライラしてきた。

 晶斗が視えない。どうして透視ができないのだろう。また、シェインが封じられたのだろうか。

「まったくもう、遺跡でシェインが使えないシェイナーなんて、三流の護衛戦闘士より役立たずだわ。晶斗、どこにいるの!?」

 ユニスは何度も大声で晶斗を呼んだ。声がかすれて、喉も痛い。そろそろ(あきら)めようかと思ったとき、

「おーい、誰かいるのかーッ?」

 晶斗の声だ!

「晶斗、晶斗ね!? わたしはここよ!」

 視界が涙で滲んだ。目の縁に溢れた涙を指先でぬぐい、通路の先をまっすぐみつめて、待つ。うまく進めないのが歪みのせいなら、へたに動かない方がいい。

 通路の暗闇から晶斗が現れた。左手で壁を伝いながら、一歩一歩、近付いてくる。

 ユニスは、駆け寄ろうとして……ためらった。

「晶斗?」

 様子が変だ。護衛戦闘士のガードベストじゃない、いかつい甲冑装甲(プロテクター)だ。額は剥き出しで、トレードマークの迷彩色のバンダナをしていない。おまけに髪が、肩にかかるほど長い。淡い緑光に浮かび上がる顔には微妙な陰影がつき、頬はげっそりこけて目付きは鋭く、ユニスが知る晶斗とは別人のように怖い表情をしている。

 ユニスは慌てて自分の両手を見た。拳を握ってみる。ギュッと力が入る。爪が掌に食い込んで痛い。これは現実。この晶斗が、昨日までユニスが会っていた晶斗とは違うだけ。

 ユニスの推測が正しければ、ユニスは、この風景を知っている。

「ここ、晶斗が遭難した遺跡の中……!?」

――また、時空間が歪んでいるんだわ。

 ユニスの前で、晶斗が止まった。

 晶斗は大きく目を見張っていた。ユニスが見えているのか!?

「はは、ついに幻覚が見えてきた……」

 笑い出した晶斗は左手を付けていた壁によりかかると、ズルズルと崩れ落ちた。壁にもたれ、頭をがくりと前に傾ける。左手で目を覆った。肩が震えている。

「いくら魔物の仕業でもあんまりだろ。俺の最後の望みが、こんな若い女の子に会うことだってのか。どうせなら、もっとグラマーな美女の幻が見たかった……」

 晶斗の呟きを聞いたユニスは、唖然として口を開けた。

 せっかく会えたのに何という言い草だ。いや、これはユニスの知っている晶斗じゃない。ユニスと知り合う前の、過去の晶斗だ。この晶斗はまだ、ユニスの顔さえ知らない。

「あきらめちゃだめよ、あなたは脱出できるから。出口は必ずみつかるわ」

 どこかに門は開いている。だって、晶斗は門から出てきたはずだから。ユニスは晶斗が助かったのを知っているから、確信を持って晶斗に話せる。

 と、晶斗の震えが止まった。

「わたしの言うことが聞こえているのね。晶斗は生きて外へ出られるわ。わたしが保障するから……歩き続けて、門を探すのよ」

 それだけを言うのに、ユニスは全精神力をかき集めた。

 晶斗はまだ知らない。このあと、遺跡から出るまで晶斗に降りかかる、想像を絶する過酷な運命を……。

 ユニスは、晶斗の、たじろぎのないまっすぐな視線に射すくめられた。晶斗はユニスから一瞬たりとも目を逸らさず、立ち上がった。

「遺跡の魔物はネガティブなアプローチしかしてこないと聞く。だが、君は違う。さっきから、俺を(はげ)ましてくれているんだな。生きた本物の人間なのか……」

 晶斗が近付いて来る。ユニスは晶斗の目が怖くなり、後退(あとず)さった。

「ひとりで遺跡に入ってくるって事は、シェイナーか。俺の捜索に……来てくれたのか。君は、誰だ……何者なんだい?」

 晶斗はユニスのすぐ前で止まった。今にも泣き出しそうに歪んだ表情で、しかし、さっきまで怖かった目は少し落ち着いている。

「わたしは……」

 ユニスは答えられなかった。口の中が緊張でカラカラだ。晶斗を助けるどころか、ユニスの名前を教えることもダメなのだと、今さらに気付く。

 胸を絞め付けられる痛み、というのは、きっとこれのことなのだ。ユニスは泣くまいとして目を大きく見開いた。

 晶斗はまだ助からない。ユニスが初めて晶斗と会った時、髪と髭はもっと長かった。孤独と恐怖と絶望を友にして、晶斗は遺跡を彷徨(さまよ)う。晶斗自身が体感した時間はおよそ三ヶ月。本当に終わるのは……十年後だ。

いま、ユニスにシェインが使えたら。晶斗を連れて、この迷宮から脱出できるだろうか。

 いや、だめだ。

 ユニスと晶斗は出会ったあと、ルーンゴースト大陸全土を巻き込む運命の節目に関わる。未来のユニスが過去の晶斗に触れてはならない。自分の過去を変更するいかなる行動も、起こしてはいけない。

「ごめんなさい、わたしが何者なのかは説明できないわ。晶斗が、わたしを探しに来てくれたと思って……嬉しかっただけなの」

 ユニスは右手を伸ばした。かつて未来から過去に波及した時空間の歪みは、すでに神々ともいうべきシェイナーの力によって修正された。ユニスの直感が正しければ、何をしようとユニスは歴史を変更できない。

 指先が晶斗のプロテクターの左胸に到達する。

 突き抜けた。

 手応えは無かった。

 そこは空気だった。

 ユニスは、プロテクターの奥へ沈んでいく自分の指先を見ていた。だから、このとき晶斗が、どんな表情でユニスを見ていたのか知らない。

 ユニスの指先が接触した部分が、(にじ)んだ。水面に映った風景が波紋で壊されるように滲みは大きくなり、晶斗の全身を揺らめかせ、ぼやかした。

 ついに、ユニスに見える周囲のあらゆる輪郭線が溶けて入り混じった。

 混沌とした景色が、ユニスの後方へ流れていく。

 ユニスも徐々に押し流された。強くなっていく流れに抗えない。

 いきなり、襟首が後ろに引っ張られた。

 ユニスの体は激しい流れの方向に逆らった。

 抜け出るまでの数秒間、全身を圧迫されたユニスは、呼吸が出来なかった。


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