072:二つの大陸と過去の風景
『エネルギー回路が破壊されました、館内にいる人はすみやかに退避してください、館内にいる人はすみやかに退避してください』
女性の合成ボイスは、非常警報をアナウンスし続けている。
部屋の中央には、巨大な機械装置が、高い天井までそびえている。
ユニスは後ろへさがった。背中が壁についた。それほど広くない。四角い室内は、およそ十メートル四方。三方の壁は機械装置で埋め尽くされ、計器類はすべて光っている。空中に展開する幾枚もの光粒子スクリーンの映像は、十秒ごとに違う風景に切り替わる。一瞬、その一枚に、ユニスの目の前にある機械装置が映った。この建物の監視カメラ映像なのだ。
左の方が騒がしい。出入口は開け放たれていた。そこから見える通路を、戦闘服の男達が、荷物を運んで行き交っている。
あんな完全武装した格好で引っ越しか?
それにしても見慣れない戦闘服だ。遺跡地帯では、軍関係者は珍しくも無いが、どこの部隊だろう。ユニスは見たことがないデザインだ。
でも、目の前のメカニカルな機械装置は、どこかで見たような気がする……。
ユニスは中央の機械装置に近付いた。
人が座れるように椅子があり、その前には椅子とキイボード型の入力装置、その右横には透明な半球型クリスタル。
半球型クリスタルは、シェイナーなら触るだけで機械装置と同調して操作ができるコントロールシステムだ。だが、それにしてはサイズが大きい。前に見たときは、こんなに大きくなかったような気がする。色も緑がかっていたような……。
前とはいつだ?
最近、こんな場所に行ったかしら。こんなに大勢の人を見たかしら?
はやく思い出せ、ユニス。
ここは何だか、ヤバそうだ……。
あのキイボード。晶斗が入力していた。一つを思い出すと、ユニスの記憶の中でバラバラだった情報があっという間に集約された。
プリンスに連れて来られた、あの秘密の研究所だ。
その地下にあった警備室。
突然、金髪の若い男が、出入口から走り込んできた。まっすぐ椅子に腰掛け、すごい勢いでキイボードを叩き出す。彼の前に光粒子スクリーンが出現し、何かの映像が映し出された。ユニスには理解できない速度でめまぐるしく点滅している。
「やれやれ、やっぱり、失敗だ。今回も、あのお嬢ちゃんは取れなかったねー」
金髪の男は大笑いしながら、バンザイして出入口の方へ顔を向けた。ユニスの方はまったく気にしない。いや、ユニスが見えていないとしか思えない。
ユニスは息を詰めて立っていた。彼の前の光粒子スクリーンが消える寸前に見えた映像は、守護聖都の光景ではなかっただろうか。
「守護聖都の動きを封じられたのはせいぜい十五分だ。さすがは宰相閣下だ、ここもすぐバレるぜ、どうするんだい、白炎大佐?」
「じゅうぶんだ、これでサイメスが、守護聖都のシェイナーを封じられることを証明できたからな。奴への腹いせは成功した、リミッターを破壊しろ、俺達の痕跡は一切残すな」
出入口の方から強い声がした。
黒髪の長身の男が入ってきた。護衛戦闘士風だが、腰に太いガンベルトを巻いているのが珍しい。その左右には、ユニスが見たこともないほど大型の銃が二挺吊り下げられている。長い銃身を納めたホルスターの先端は膝下まで届いている。
二人から、ユニスは目を離せなくなった。恐怖に縮み上がった心臓の音が、頭の中で鳴っている。
「この人達、サイメス人……!?」
早送りの映像のように記憶が巻き戻る。
半年前、プリンスによって巻き込まれたサイメスとの外交戦争、サイメスから派遣された諜報団の指揮官、白炎大佐とその部下達。彼らは逮捕され、サイメス大陸へ強制送還された。……はずだったのに、なぜ、シャールーン帝国に!?
「リミッターを破壊したら、三十分と持たずに臨界点を越えちゃうけど?」
金髪の男が両手の平を上向けた。
「いいさ、五分で撤退する。急げ、ぐずぐずしていたら奴が来るぞ」
白炎大佐の命令に、金髪の男は「了解」と、キイボードへ向き直った。
「オールマックスにセット、コントロールパネル破壊後は、こちらの空間干渉機で遠隔カバーする。……こちらホワイトファイア部隊のミッシュ・ルイだ、白炎大佐の指示により、これより撤退を開始する、収容を急いでくれ」
ミッシュ・ルイは、機械装置に向かって喋り終えた。椅子から立ち、左耳から黒い球体みたいな物をむしり取って投げ捨てた。
ユニスの背後で「うーッ!」という呻き声があがった。
部屋の片隅に、白衣の少女が転がっている。
「きゃあ、ロミ博士、なんでここに!?」
ユニスはロミ博士に駆け寄った。ロミ博士は、細いロープでグルグル巻きにされていた。口には猿轡を噛まされている。助け起こそうとしたら、ユニスの手はロミ博士の身体を通り抜けた。
――空間の位相が違うんだわ。まさか、また時空間まで歪んでいるの?
ユニスは唇を噛んだ。今はプリンスも古代村の巨人のおにいさんもいない。敵のただ中で、ユニスはロミ博士を助けることもできない。
ミッシュ・ルイがスタスタと近付いてきた。
ユニスは慌ててロミ博士から離れた。
ミッシュ・ルイはロミ博士を抱え起こした。拘束はそのままだ。
「はいはい、放っておいてゴメンネ、君の論文は、僕がきちんと読んであげるからさ。さっきちらっと見たけど、なかなかいい出来だ、さすがは僕の教え子だ。君のお気に入りの皇子様じゃなくて可哀相だけど、でも、本国に戻ったら、僕が一緒に研究してあげるからねー。君がここにいてくれたおかげで、スムーズにことが運んだから、戻ったら英雄だよー。よかったねー」
ケラケラ笑いながら、ミッシュ・ルイは頭を振って暴れるロミ博士を軽々と持ち上げた。そのまま左肩に担いで、撤退する他の人々に続いて早足に出て行く。
ミッシュ・ルイの後に続いて白炎大佐も出て行こうとした。
が、出入口の寸前で立ち止まった。
右肩越しに、どこともない斜め上方を見上げている。
ユニスは壁に背中を付けた。身体が震える。
まさか、見つかった?
白炎大佐は、流れるような動作で、右腰の銃をホルスターから引き抜いた。
「白炎大佐!?」
出入口から、金髪の男が顔を覗かせた。ロミ博士を担いでいったミッシュ・ルイと顔立ちが似ている。
「なにしてるんですか、あと三分です、早く脱出してください!」
「最後の仕上げだ。どうせ、シェインで透視されてるだろうが、俺達の移動の方が早い。たとえあのお嬢ちゃんの能力でも、追跡は不可能だ。これが俺の、あの産業廃棄物野郎への、置き土産だッ!」
白炎大佐は鋼色した銃身の長い大型銃を、右腕一本でぶっ放した。
放たれた銃弾は、半球型クリスタルに命中し、クリスタルは砕け散った。
その瞬間、ユニスが見ていた風景も、粉々に砕け散った。
混沌とした色彩がユニスの周りを奔流のように流れていく。
辺りは暗くなり……。
やがて闇に塗り潰された。




