071:古代理紋は乙女を導く
「さて、最後の議題が会長のリコールとはどういうことかしら」
アイミアの頭が、ゆっくりと右から左へ動いた。左肩に乗っていた黒髪が滑り落ちる。
「これを出したのは、あなたね、キラ・ターナス?」
アイミアの頭が、向かって右側にいるご令嬢へ向けられて止まった。
そこにいるのは、淡い金色の髪を銀のヘアネットとティアラで飾った、ひときわ派手やかなご令嬢だ。ユニスは初対面だ。名前も今日、初めて聞いた。
「ええ、私は次の会長として、貴女を正式に糾弾しますわ。この件で、監視対象の冷凍少女を見失ったのは、間違いなく貴女のミスだわ、アイミア・リフレート会長」
キラ・ターナス嬢の、自信に満ちた声が響き渡った。
「キラ・ターナス、冷凍少女が遺跡地帯に行く三日前、監視に付いていたのは、あなたの管理チームじゃなかったかしら。あとで配下のメンバーからも報告書を出してもらうけど、最後に撮られた冷凍少女の写真がどんなものか、覚えていて?」
アイミアが問いかける。
キラ・ターナス嬢は、右手の甲で口元を隠し、クスクス笑った。
「それが何ですの。いつもと同じでしょう。わたくしも、いつも通りに報告書を提出したとしか覚えていませんわ」
「そうね、でも、遺跡地帯で冷凍少女が私と離れたのは、私が見失ったからではないのよ。いいわよ、出てきて」
アイミアの呼びかけに、ユニスは衝立の陰から歩み出た。
新参の席から、小さな悲鳴がいくつもあがった。
「うそ、どうして!?」
「行方不明じゃ……!?」
「いつからそこに……!?」
「嘘でしょう、なんで生きているの!?」
叫んで、キラ・ターナス嬢は、見る間に青ざめた。
生きているの、とは、また物騒なご挨拶だ。おかげでキラ・ターナス嬢の事情がわかった。
ユニスは微笑んだ。
キラターナス嬢が、コルセニーの使徒に依頼したのは、ユニスの暗殺だ。それが誘拐に変更されたのは、コルセニーの紋章があったから。
それが、プリンスが研究所の調査にかこつけて、ユニスを強引に守護聖都から連れ出した理由だ。あの時は、ユニスがコルセニーの使徒に拉致される危険よりも、七星華乙女会に属し、表の世界で権力をふるえるキラ・ターナス嬢らの方がはるかに危険な存在だった。
「どういうことですの、さっき聞かされたお話と違うではありませんか。冷凍少女は、コルセニーの使徒に誘拐されたのでは……」
キラ・ターナス嬢は我に返ると、アイミアに向き直った。
「そうね、貴女方は、この子と実際に会うのは初めてだものね。紹介するわ、現在、遺跡探索に入って居所がつかめないはずの『冷凍少女』ユニスよ」
アイミアは、しらっと応じた。
キラ・ターナス嬢と三人の令嬢が目に見えてうろたえる。三人のご令嬢もキラ・ターナス嬢の仲間らしい。裏切り者になるには、あまりにもお粗末な演技力だ。
「私は冷凍少女が遺跡地帯にいて帰れない困った状態に置かれている、とは言ったけど、誘拐されたとは言ってないわ。その情報はどこから仕入れたの。それを知っているのは、今回の事件の関係者だけなのよ」
アイミアは意地悪く笑った。
キラ・ターナス嬢は椅子を倒して立ち上がった。貴族の女性にしては小柄だ。身長は、ユニスよりちょっと高い程度だろう。こんなに華奢でたおやかな美女がプリンスを裏切りユニスの暗殺を企んだなんて、信じがたい。
だが、キラ・ターナス嬢のここまでの言動が、ユニスを見て蒼白になった顔色が、背信行為を事実だと告げている。
キラ・ターナス嬢は、逃げ出した。特別室の扉めざし、長いドレスの裾をさばきながら走っていく。
アイミア以外の古参幹部七人が一斉に立った。その中の白い軍服の女性が、キラ・ターナス嬢を追う。
扉の前で、キラ・ターナス嬢は振り返った。その美貌は歪み、ユニスを睨む淡い水色の目は狂気じみていた。
その右手が頭のティアラに掛かる。
この期に及んで、何の意図で?
あれはただのアクセサリーだ。
アイミア達が会議前に全員の持ち物をチェックしている。
だから、この席でも付けているのを許されていた。
月光石を嵌めたティアラが、銀のヘアネットの上へずらされる。ヘアネットは銀の糸で編まれた複雑な唐草模様だ。ティアラには薄い黄色の月光石が九個。
「だめ、やめて!」
ユニスは走った。
軍服の女性の手が届く前に、キラ・ターナス嬢は目的の動作をやり遂げていた。
九つの月光石は、銀の唐草模様の中央に並べ置かれた。
そこに一つの紋章が完成した。
複製された護符と同一の紋様。
セビリスの紋章。
キラ・ターナス嬢の腕を拘束した軍服の女性が振り返った。
ユニスの周りの景色が歪み、光が消えた。
暗闇だ。
風の唸りに混じり、アイミアがユニスを呼ぶ声がした。
「どこにいるの、返事をしなさい、ユニースッ!?」
その声は、どんどん遠くなっていった。
水の流れに押し流されるように、空間を運ばれていく。
ユニスの方が移動しているのだと気付いてからは、空間を泳ごうとした。
うまくいかない。
これ以上、流されてたまるか。
だが、無重力だ。
足場は何も無い。
距離感がつかめない。暗闇のどこかに、遺跡地帯に似た歪みの存在を感知した。未知のシェインホールらしき空間だ。
――じゃあ、これって、歪みに取り込まれたとか? ここ、どこなのー!?
ユニスは焦った。シェインのセンサーを全包囲に放つ。目には見えないシェインの目と手を伸ばし、あらゆる方角をスキャンする。
さらに自分のシェインで、シェインホールをこじ開けようと試みた。強制移送させられたルートを、正確に逆へたどることができれば、理論上は元と同じか、ごく近い場所へ戻れるはずだ。
未知のシェインホールらしき空間に、シェインのセンサーで探りを入れてみた。
おかしな手応え。
ユニスは慌ててシェイン・センサーを引っ込めた。
空間を歪めている要素の何かが、ユニスが扱い慣れたシェイン系のパワーとは異質だ。読み取れた情報は、未知と危険の二つ。
――まさか、これって、サイメスの空間干渉機の作用なんじゃ……!?
いや、たとえそうだとしても、このシェインホールに似た空間を作り出した力は、シェインに類似したパワーのはずだ。例のコルセニーの紋章護符を媒体とした発動ならば、ユニスは干渉できる。
しかし、スキャンも空間への干渉も、ユニスが放ったシェインは、すべて暗闇の向こうに溶け込んで消えていく。
闇の向こうから、視線を感じる。何者かが、ユニスを視ている。
この流される空間には、あきらかに、ユニスをどこかへ連れ去ろうとする意思が介在している。
ユニスの髪が前方になびいた。その先に在る空間のどこかへ、風がゴウゴウと吹いていく。
と、右二の腕を掴まれた。男の右手だ。ものすごい力で引っぱられた。ユニスは、飛ぶようにそこから離れた。
次の瞬間、男の手は、引っ張っていた勢いをつけて、ユニスを離した。
ユニスは、放り投げられた。頭から、ズボッ、と見えない壁を突き抜け、空中でグルンと一回転した。
わたわたと両手を振り、必死でバランスを取る。
体勢を立て直している最中、視界の端にまばゆい白を捉えた。
淡く光る銀の髪と純白の戦闘服、左手に太刀を携えたプリンス。闇の中の銀の灯火のような鮮明さ。
「アイミアの処へ行きなさい!」
プリンスが背中を向け、暗闇の中を走っていく。
ユニスは追い駆けようとした。空中で足掻いた。ユニスの方には、やっぱり足場が無い。プリンスが走っているのは、プリンス自ら作り出したシェインホールの通路だろう。
では、ユニスが居るここも、プリンスの作った何らかのシェインホールの空間なのか?……いや、ユニスのシェインの勘は、違うと告げている。
さっきの場所ほど危険では無い。
それでもまだ未知の力の影響下にある。
たとえプリンスの判断でここに置かれたのだとしても、長居は危険な気がする。
――ああ、もう、どうして、わたしは自分のシェインホールを作れないのよ~!?
プリンスの白い背中は、たちまち小さく、豆粒ほどになった。
ユニスは空中でもがきながら、プリンスの方へ手を伸ばした、
「プリンス、待って、助けて、ここじゃ動けないッ……!?」
と、突然、世界が光に満ちた。
眩しい! ユニスは目を閉じた。
ぐん、と全身が重くなり、垂直に落下した。すぐに足が床を踏んだ。
滑った。ユニスは、お尻で二回、弾んで、止まった。
「あいたたた……なんなのよ、もう!」
お尻が痛い。閉じている瞼を透かして見えるのは、白いほどの明るさだ。闇夜にいたら、いきなり真昼の太陽の下へ置かれたみたいだ。
ユニスは床に手を付いて立った。
ゆっくりと、目を開けた。恐る恐る周囲を見回した。
天井がある。壁もある。室内だ。会合場所のアルゴホテルとは違う。まったく別の、見知らぬ場所へ、空間移送されてしまった。
サイレンが反響している。
『非常警報、非常警報、繰り返します、非常警報です』
女性の声で繰り返される警告を、ユニスは呆然と聞いた。




