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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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070:神話は時空の彼方にありき

 守護聖都フェルゴモールの北東、中産階級が多く住む住宅街だ。

 裏道の、石畳の路上に、椅子やテーブルが設置されている。オープンカフェだ。平日の午前中とあってか、客は1人。護衛戦闘士とわかる装備を身に付けた晶斗が、新聞を読んでいる。

 晶斗の向かいの椅子を、白い手が引いた。すらりと背が高く、金茶色の髪は結い上げて銀の髪飾りで留めている。豊かな胸にくびれたウェスト、翡翠色のワンピースは、胸元に薔薇色の大きな折り返し襟付きだ。ファッションは大人っぽくても、その顔立ちは、美女と言うには幼さが抜けきれていない。

「晶斗・ヘルクレスト、あなた、本当は、ユニスの恋人じゃないんですってね」

 ユニスの幼馴染みで親友のマユリカは、黒い瞳で晶斗を睨んだ。

 初対面の時はフレンドリーだったのに、今日はやけにトゲトゲしい。

「まあな、いまのところは仕事の相棒ってとこかな」

 晶斗が大きく肩を竦めてみせると、マユリカの目が細められた。

「あの子の態度が変なのは、照れてるだけだと思っていたのに……。この前、ユニスと一緒にいた時だって、知り合ってから3日目だったそうね。それはともかく、護衛戦闘士としてユニスに雇われているくせに、どうして今日はユニスをひとりであそこへ行かせたのよ?」

「ユニス自身の判断さ。今日は俺が一緒だと、かえって足手纏いになるからな」

 そう、今日はダメだ。晶斗がたとえシェイナーでも、今日だけはユニスは同行を拒むしかなかった。

 なぜなら、ユニスが乗り込んでいるのは、シャールーン帝国でもトップクラスのシェイナーが集う巣窟だ。万が一、敵方のシェイナーが複数いて、晶斗を狙って攻撃してきたら、ユニスは晶斗を護るために力を割かれてしまう。

「あなたが、シェイナー相手の対抗策を用意して行けばいいじゃない。それができるのが一流の護衛戦闘士でしょう」

 マユリカは顔をしかめた。

「的確な状況判断ができるのも、一流の条件さ。今日は俺の代わりに、アイミアとプリンスがユニスを護ってる。ひさびさにでかい大捕物だから、また……」

 晶斗は新聞をたたみ。テーブルにポイと置いた。

「ま、あいつのことだから、俺とユニスを取り逃がした時とは違って、今回は正々堂々、あらゆる手段を使っても、許されるからな」

 晶斗が何の事を差して言ったのか、理解したマユリカは、表情を強張らせた。

 半年前、帝国宰相閣下であるプリンスは、サイメスとの大陸間条約締結会議において交渉を有利に運ぶために、ユニスを利用して、国宝級の御神体盗難事件をでっちあげた。ユニスと一緒にいた晶斗も巻き込み、戦時下でもないのに、守護聖都フェルゴモールに戒厳令まで敷いた。すべてはサイメスを欺くため。

 これを国家権力の濫用(らんよう)といわずして、何といおう。

「あの御方のことは口にしないで。どこで誰が聞いているか、わからないもの」

 マユリカは声をひそめた。理律省の職員としては、プリンスの事を、ユニスほど軽々しくは口にできないようだ。

「きみはユニスと違って、忠実な帝国民だな」

 晶斗は、真顔になった。

「それ、皮肉なの?」

 マユリカは不愉快げに、ツンと顎を上げた。

「まさか、()めてるんだぜ。君はユニスの親友でありながら、宰相閣下の忠実な(しもべ)という、二重の役割をそつなくこなしているじゃないか。自分の立場をわきまえながら、ユニスのためにうまくやるってのは、難しいからな」

 晶斗の言葉を聞いたマユリカは、じっと考え込んだ。

 気まずい間があいた。

 晶斗は、ニカッと表情を崩した。

「それよりさ、ユニスがあいつとデートしている間に、オレ達もデートしないか?」

 晶斗は、ずいっと、テーブルに身を乗りだした。

 マユリカは冷たい視線を返した。

「忙しいからやめておくわ。それより、これ!」

 マユリカは右手を一振りした。その手に大判の封筒が現れる。

「はい、頼まれた資料。本来なら持ち出し禁止だけど、あの御方の名前を出したらすんなり許可が降りたわ。ユニスもあなたも、いったいあの御方と一緒に何をしているんだか……」

 マユリカの黒い瞳には戸惑いがあった。理律省の職員でも、ユニスと晶斗の関わった事件の全容を知ることはない。ユニスの親友の特権で、ユニス本人から話を聞くことはある。だが、ユニスも、プリンスの逆鱗に接触しそうな内容は言わない程度の良識は持ち合わせている。

「おお、さんきゅー。持つべきものは親友だね」

 晶斗は分厚い封筒を受け取った。

「あなたの親友じゃないから。ユニスもわたしも知らなかったのに、どうしてこれの存在を、あなたが知っているの。わたし達が山で事故に()った日の記録以外にも、各地で起こった歪みの現象の記録まで、ひとつに纏めてあるなんて……。でも、これを東邦郡の護衛戦闘士のあなたが見て、どうするの?」

 晶斗は封筒から書類の束を引き出した。

「これから、ユニスとは長い付き合いになるからさ。相棒のことは知っておくべきだろ。なるほど、ぜんぶ極秘扱いになってら。どうせ、あいつの指示だろうが……。マユちゃんは、事故の記憶ってあるのかい?」

 晶斗は書類をパラパラとめくった。

「わたしはマユリカよ、勝手に名前を省略しないで。事故のことは覚えているわ」

「俺が知りたいのは、山で迷子になったその後だ。子供の君らがどうやって帰ってきたのか、憶えているかい?」

 晶斗の質問を、マユリカは訝しんだようだが、話し始めた。

「その話は、ユニスから聞いたのよね。あの子、子供の頃の話はめったにしないんだけど……。わたしたちは古代理紋のある洞窟に迷い込んで、怪我はしなかったけど、動けなくなって眠ってしまったの。ユニスが先に目を覚まして、私を連れて山を下りたのよ」

「ほかに覚えていることは?」

「セビリスの紋章のことなら、残念ながら憶えていないわ。あれを見たのはユニスだけよ」

 晶斗は書類の束から一枚を抜き出した。そこにはユニスとマユリカのフルネームが書いてあった。

「へえ、正式には、マユ・リカ、か。ユニスは……マイ・ユニス。これって、シャールーンぽい名前なのかな」

「あたしたちの故郷の風習なの。女の子は3歳のお祝いに、信仰する女神さまの(やしろ)で初めの名前を貰うのよ。あたしはマユ。リカは家族が付けたの。ユニスは、マイ。ユニスの方は、親族に由来する名前を貰ったそうよ。事故のあと有名になりすぎたんで、名乗るのはユニスだけにしたのよ。それも、ユニスに聞いたの? あの子は故郷を出てからは、こんな話は誰にもしなかったはずよ。やっぱり、あなたはユニスの特別な人なの?」

 晶斗は書類をめくる手を止め、鼻の頭をちょいとかいた。

「ユニスは何も言っていない。俺が小耳に挟んだだけさ。俺達は特別な相棒ではあるけどね。そんでさ、ついでに、もひとつ訊きたいんだが、フェルゴーの意味はわかったのかい?」

「最後に書いてあるわ。シャールーンの古語よ。それも、はるか昔に忘れ去られた、古の言葉だわ」

 マユリカが指先でつついた最後の1枚を、晶斗は取り出した。

「まあ、いろいろあってね。発音から守護聖都フェルゴモールに関わりのある単語だと思ってさ。……古代の貴族階級で使用されていた、か。現代では使われ無くなって久しい……出典は帝国の神話伝承……なるほどね」

 晶斗が書類を読むのに没頭し始めると、その様子を見守っていたマユリカが、おもむろに口を開いた。

「フェルゴーは、現代では差別用語として使われていないの。フェルゴモールやフェルゴモアと同じで、シャールーンの創世神フェルゴウンから派生した言葉よ。始まりの混沌とか、初めに混ざり合ったものとかいう意味らしいわ。シャールーン帝国中世期には、貴族社会の一部で、混血という意味で使われたこともあったとか。シャールーンの貴族制度は、シェイナーの能力の等級制から始まっているの。シャールーン帝国の建国初期に、強力なシェイナーが一箇所の土地に集められたのが、守護聖都フェルゴモールの成り立ちよ。シャールーンの歴史は、シェイナーの歴史でもあるわ。中世末期まで、貴族の血統を重視する人たちは、貴族が庶民と婚姻関係を結んで生まれた子供をフェルゴーと呼んでいたそうよ。でも、すべては昔話だわ。現代では、歴史の研究書を読む人くらいしか知らないことよ。わたし達には必要の無い知識だわ」

「そう、大昔の話だ。だから、プリンスもユニスも、フェルゴーと呼ばれた。古代世界の彼らから見れば、オレもそうなんだろう」

 満足げに呟く晶斗を、マユリカが不安そうな目で見つめている。

「それがユニスに関係があるの? あの子、また何かした?」

 心配そうに聞くマユリカに、晶斗はウインクした。

「いいや、ルーンゴーストは面白い、って話さ」

 晶斗は書類を揃えて封筒に押し込み、足下の小型トランクに片付けた。

「ユニスが戻るまで、まだ時間があるぜ。君たちの子供の頃の話を聞かせてくれないかな。実は二人とも、五歳くらいから見た目はあんまり変わってなかったりして……」

 ククッと晶斗が含み笑いをする。

 マユリカは、プッと脹れた。年相応の少女の素顔だ。

「失礼ね、子供っぽいと言いたいの? これでも理律省じゃモテるのよ」

 マユリカは話し始めた。ユニスとの楽しい思い出を、目を輝かせて。


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