069:乙女は煌めく宝石と白いドレスで装い集う
守護聖都フェルゴモール中央区、サンレイル街北東、アルゴホテル最上階の特別室、午前十一時五十分三十秒。
背後で、音も無く、授業員用ドアが閉まる。
ユニスは衝立の陰に滑り込んだ。
明るい方を覗く。
衝立のすぐ前が、アイミアの席だ。長いテーブルにはたくさんのお茶菓子が並び、お茶の良い香りが漂う。左右に列席する令嬢方の豪奢なドレスは一様に白く、一見、上品なお茶会だ。だが、貴族らしい高慢な美貌と尊大な態度が似通う彼女らは、絵に描いたような大貴族のお姫様揃い。
末席にいる令嬢は、とくに目立つ。空色のアイシャドウに真っ赤な口紅。淡い金髪を高く結い上げ、銀のヘアネットに月光石を嵌め込んだティアラまで付けている。この会合を、上流階級のパーティと勘違いしているとしか思えない。たとえ護衛戦闘士の格好でも、上品な雰囲気を持つアイミアとは雲泥の差だ。
ユニスは眉をしかめた。あんな連中が次代の幹部候補とは、七星華乙女会の会員も質が落ちたものだ。
ユニスは、自分の白いドレスを見下ろした。いつも着ているチュニックスタイル風、でも、布地の質がまるで違う。自分ではとうてい買えない高価な衣装。プリンスは、魔物の紅玉を加工したイヤリングも用意してくれた。格好だけなら、会合に出ている令嬢方に引けをとらない。
ただ、あの上流階級というケバケバしい連中の間に入ると思うと、庶民の心臓が緊張でドキドキする。
ユニスは、ここへ送り込まれる直前、プリンスから聞かされた話を思い出した。
――会場に何か持ち込まれるとしたら、例の護符でしょう。小さな物ですから、シェインのセキュリティ・チェックといえど、擦り抜ける方法はいくらでもあります。
会合の行われるホテルには、従来のセキュリティ・システムに加え、七星華乙女会の会合のために、シェイン系センサー装置があちこちに追加された。
さらには、プリンスが会合に出席するというニセ情報を流してある。
七星華乙女会の情報は漏れているのだ。
敵の正体がプリンスの推察するサイメス人であれば、今日の機会を逃さずに、プリンスを暗殺するための罠を仕掛けてくるはずだ。
そう言って、プリンスは、考えられる三つの可能性を上げた。
一、帝国宰相であるプリンスの暗殺。
二、冷凍少女ユニスの拉致。
三、守護聖都フェルゴモールでのテロ活動により、シャールーン帝国内の不穏分子に火を着け、ひいてはルーンゴースト大陸全土に、争乱を誘発させること。
一と二は、当人が会合に出席していなければ不可能だ。
三つ目は、七星華乙女会の会合という場に、意味がある。ここで破壊活動が行われれば、事情がどうあれ、世間はその原因を七星華乙女会のボスであるプリンスと結び付けて考える。シャールーン帝国宰相閣下の大スキャンダルだ。
サイメスにとって重要なのは、シャールーン帝国とその基盤を揺るがすこと。そこにサイメスが付け込める隙を作ることだ。
今回の件も、元をたどれば、サイメスが長年に渡ってルーンゴースト大陸に仕掛けてきたスパイ活動に端を発している。
コルセニーの使徒は、その手駒の一つとして利用された。
――シャールーン帝国は大陸間条約の要です。サイメス人は自国の資源を使い尽くし、ルーンゴースト大陸の地下資源に目を付けました。シェインの文明であるルーンゴーストには、サイメスではすでに枯渇した種類の地下資源が、豊富に存在しています。
コルセニーの使徒は、サイメス人ではありませんが、その活動の裏側には、ルーンゴースト大陸で、空間干渉機や新兵器の性能実験を行いたいサイメス政府の思惑が透けて見えます。
でも、どうして冷凍少女の拉致がリストの二番目にあるの。
わたしごときを狙ったってシャールーン帝国には何の影響も無いわ。
ユニスが憤慨すると、プリンスはちょっと唇の端を上げた。
――サイメス人はルーンゴースト大陸のシェイナーの力を恐れています。
特にシャールーン帝国に生まれる強力なシェイナーをね。
研究の好きなサイメス人は、冷凍少女の力の起源が古代理紋にあるとわかった以上、これまでにも増して手に入れようと考えるでしょう。
現在、ホテルの半径五キロ圏内には空間干渉機の存在は感じられませんが、用心してください。サイメスは、内通者を通じて、七星華乙女会を掌握しようとしているのです。会合では何かが起こるでしょう。
プリンスの調べでは、サイメス製の空間干渉機は、効果範囲が半径百メートルから大型で一キロ程度。ルーンゴースト大陸全土にどれほど出回っているかは不明だが、稼働すれば、その特徴ある波長によって在処がシェインで特定できる。
昨夜から、警察と軍と理律省の合同部隊が、守護聖都を捜索中だ。何も知らない市民は、テロリストの捜索ではなく、ルーンゴースト大陸を荒らす強盗団『コルセニーの使徒』の捜査だと思っている。
この会合には、ユニスを、コルセニーの使徒に売った裏切り者がいる。シャールーン帝国有数の特権階級に属し、その富と権力の恩恵に浴しながら、プリンスへの忠誠を穢した売国奴が。
――このホテルは安全を確認済みです。会合の参加者が、直接的な行動に及ぶとは思えませんが、くれぐれも注意は怠らないように……。
プリンスは、別の場所で待機するという。
ユニスは衝立の陰で、耳を澄ませた。気の抜けた定期報告。新参メンバーはヒソヒソ話。古参幹部は黙って拝聴している。
アイミアが議題を読み上げている。定期報告は終盤だ。
ユニスに関する報告もあった。監視対象は、遺跡地帯で尾行を巻いた。現在は遺跡探索に入っていると思われる。特に問題は無し。そのユニスが、会合にこっそり出席していると知っているのは、アイミアと古参の幹部だけ。
この部屋は、アイミアがシェインの結界を張っている。
ユニスの能力でもやすやすとは透視できない。
アイミア達は、シャールーン帝国でも選りすぐりのシェイナーだ。比べて、新参メンバーは、シェイナーとしても元から二番手。何をしたって、古参の幹部にかなうはずがなく、成り代わることなどできはしない。
――だったら、サイメスは、七星華乙女会を、どんな方法で掌握しようと考えていたんだろう?
何かが奇妙な気はする。だが、この会場では、怪しい物は見つからなかった。
ユニスは欠伸を噛み殺した。
この件は、初めから、七星華乙女会とセビリスの紋章がキイワードにあった。この二つは、ユニスと切り離せない縁がある。だから、最後の落とし前くらいは自分の手で付けてやろうとプリンスに頼んでまで来たのに、これでは拍子抜けだ。
こうしている間、晶斗は街の一角で、ユニスを待っている。ユニスお気に入りのカフェで、親友のマユリカも合流する約束だ。
いっそ、丸ごとアイミアに任せておいても良かったかしら。内通者の始末は、アイミアとプリンスの仕事だ。ここで『コルセニーの紋章』の複製護符が使用されないなら、アイミアだけでも、簡単に対応できる案件だったし……。
「さて、最後に出された、会長のリコールって、これは、何なのかしら?」
アイミアの声のトーンが落ちた。
温んでいた室内の空気がいっぺんに変化する。さきほどとは打って変わった、冷たく鋭い緊張感が、衝立の向こうから押し寄せてきた。
ユニスは欠伸で開いていた口を、急いで閉じた。




