065:銀の護符は闇に隠された秘密を語る③
「や、やっと終わった、ぎりぎり三十分で!」
ユニスはカウンターテーブルに両手を付いた。こういった細かいシェインの作業はもともと苦手だ。シェインを微調整しながら行使するのに、精神力と体力を普段の三倍は消耗した気がする。
「疲れた~。これで、もう帰っていいでしょ?……あれ、プリンスは?」
「残念だが、予定より三分経過した。閣下はアイミアと話しているぜ」
晶斗は非情に告げた。聞いた瞬間、ユニスはカッと目を見開いた。
アイミアによって拉致監禁され、七星華乙女会の幹部に囲まれながら、淑女の教養とマナーを叩き込まれる地獄の特訓風景。その幻影が視える。いや、きっとこれは、近く現実になる光景に違いない。
ユニスは処理済の護符の横に突っ伏した。
「プリンスの意地悪、アイミアさんを呼ぶのが早過ぎるわ!」
ユニスはガバッと上半身を起こした。身を竦ませながらフロアを見渡す。
「とにかく逃げなくちゃ、つかまったら最後、七星華乙女会に強制入会まっしぐらよ、プリンス至上主義者に洗脳されて、二度と普通の人間には戻れなくなるんだわ」
「おいおい、落ち着けよ、アイミアが来たのはもっと前だ。閣下に緊急の用事でもあるんだろ、二人ともやけにシリアスだ」
晶斗が笑ってフロアの方へ顎をしゃくった。
現場検証で行き交う警察官の流れを挟んだ向こうの壁際で、プリンスとアイミアが話込んでいた。
「ひどいわ、ほんの三分遅れで七星華乙女会に引き渡すなんて、なんて非人道的なのッ!?」
ユニスは震えあがった。脱出・遁走・国外逃亡……いや、どれも不可能だ。守護聖都フェルゴモールで、プリンスと七星華乙女会を敵に回すなど、戒厳令を敷かれるのに等しい。逃げるなんて、くだらない妄想だ。
「あれは、わたしを地獄の特訓場へ連行する相談をしているんだわ。そして特訓が終わっても解放してもらえず、七星華乙女会とプリンスに、奴隷のようにこき使われる生活が始まるのよ」
ユニスは頭を抱えた。護符の処理で、普段とは違うシェインの使い方をしまくった。そのため脳が変な疲れ方をしたのか、ネガティブな発想が止まらない。
「おいおい、普段どれだけ後ろ暗いことをしたら、そこまで捻くれた発想が出てくるんだい?」
晶斗が呆れたように肩をすくめる。
「だって、プリンスにはそう言って脅されていたし、違う時空軸だったとはいえ、あの二人にはさんざん騙されたもの。信じろという方がムリ……ウッ!?」
ユニスは、振り向いたアイミアと視線が合った。
アイミアは表情を変えず、すぐにユニスから目を逸らした。
ユニスはアイミアの左手を注視した。銀色の護符を握っている。
「セビリスの紋章! アイミアさんも持っていたんだっけ!」
「あ、おい、ユニス!?」
晶斗の声を背中で聞きながら、ユニスはフロアを小走りに横切り、プリンスの前に踏み込んだ。
ユニスはアイミアと向かいあった。当然、プリンスには背を向ける。七星華乙女会の会員ならばけっして許されない立ち位置だが、アイミアは軽く目を瞠っただけだった。
「あら、急にどうしたの?」
アイミアは半歩ばかり後退した。プリンスに背を向けるというユニスの態度を咎めもしないアイミアの行動は気になる。でも、今はこちらが優先だ。
ユニスは右手を出した。
「セビリスの紋章は、わたしが預かるわ。ここにある護符はすべて、わたしが処分しなければならないの。そうでしょ、プリンス?」
ユニスは右へ首を捻り向け、背後のプリンスに同意を求めた。
プリンスはあっさり頷いた。その目はバイザーの奥でわずかに細められている。
ユニスの前で、プリンスがこんな風に感情を現すのは珍しい。
「アイミア、護符をユニスに」
「しかし、これは」
アイミアは左手の護符を胸に抱いた。プリンスに渡す物だったのだろう。しかし、こんな真夜中の現場に来るほどの事情とは思えない。それとも、明日の昼に会うのでは間に合わないほどの、せっぱつまった事情ができたのか。
「私が護符の処分をユニスに命じました。証拠となる分は理律省で保管済です」
プリンスの言葉に、アイミアはうなずいた。
「わかりましたわ」
ためらうこともなく、アイミアは護符をユニスに手渡した。
「確かに。これは、わたしが責任を持って処分するわ」
ユニスは護符を右手でギュッと握った。
「では、私はこれで」
アイミアは足早に去った。
ユニスは右手の護符に目を落とした。護符は銀色。でもシェインの目で視れば、少し黒ずんでいる。さきほど処分した護符よりも、アイミアの所持していた物は汚れ方が数段ひどい。アイミアは強いシェイナーであるがゆえに、そのシェインは身につけていた護符にも影響を与えていた。
こびりついているのは、アイミアの記憶だ。アイミアが護符を手に入れてから今日までの、およそ半年分にも渡る時間の記録。
ユニスはそれを、思考の速さで読み取った。




