064:銀の護符は闇に隠された秘密を語る②
守護聖都の警察機動隊が突入した一時間後、『コルセニーの使徒』のメンバーは武装解除され、店に居た全員が拘束された。閉店後の店内には一般客はおらず、強盗団の方に軽傷者が出た程度で、死者は出なかった。
コルセニーの使徒は、護符によるシェインの防御に絶大な自信を持っていたようだ。その効力が突然、断ち切られた時、彼らはパニックを起こした。およそ十分程度の銃撃戦で、機動隊は店を制圧した。拘束されるまで、強盗団のメンバー全員が護符を携帯していたという。
「つまんねえの。警察機動隊が突入するなら、俺らはいらなかったじゃないか」
晶斗はカウンターテーブルに背中でもたれかかっていた。やる気満々だった晶斗は、守護聖都の街中だというのに、神の骨のナイフまで大型化して腰の後ろに装備していた。
プリンスは、機動隊の隊長と話して戻ってきた。
「守護聖都の治安は悪くありませんが、真夜中にユニスを一人で帰らせるわけにはいかないでしょう。相手は凶悪な犯罪者の集団です。それに、ユニスには護符の処理をしてもらないといけませんから」
「嘘こけ、守護聖都の機動隊なら、シェイナー常備だろうが。理律省はどうした。専門のシェイナーを借りられるはずだろう」
晶斗はこの大捕物に参加した警察隊の中に、シェイナーがいないことを指摘した。ユニスもそれには気付いていた。動員された人数の割りに、サポートに必要なシェイナーが少ない。
ユニスとプリンスがいるからにしても、おかしい。警察には、常日頃から従事している専門のシェイナーがいるはずだ。
「なにせ、扱う物が、未知数の強力な古代理紋ですからね。対応できるシェイナーは警察にいなかったのです。それに、古代理紋はもともと私が担当していますので、警察のシェイナーは必要ありません」
プリンスの視線を感じたユニスは、護符の山から一つを取り上げた。ユニスの掌より小さいが、純度の高い銀製だ。
――うう、怖いなあ。これを一人で片付けろ、なんて、プリンスは鬼よね。
複製品でも効力は本物だ。その数、ざっと数百個以上。休眠状態でなければ、空間を歪ませてもおかしくないパワーの集積だ。唐草模様を連想させる複雑な紋様は、間違いなくセビリスの紋章。
捕らえた強盗団から回収した分と、店の金庫に保管してあった分を合わせれば、銀の総重量は一〇〇キロを超えるだろう。
「へー、意外な人材不足に驚きだな。帝国のレベルはそんなもんか?」
晶斗は警官隊が動き回るのをのんびり見守っている。プリンスは晶斗と同じようにカウンターを背にしてその左横へ並んだ。
「ユニスの能力はそれだけ貴重ということです」
「いえ、褒められても今回だけしか協力しないから!」
ユニスは護符が積まれたカウンターテーブルの側で叫んだ。
休眠は一時的な措置にすぎない。完全に無効化する処理となると、すべての護符をシェインで解析したうえで、護符として成り立っている存在構造を分子レベルで分解しなくてはならない。そのためには、休眠させるのに行使したシェインの、三倍近いパワーが必要だ。
古代理紋の護符を無効化する手順は、ここに来る前にプリンスにレクチャーされた。手順そのものは確かに簡単だ。対象の護符を解析し、込められたシェインのパワーを分解して無に還す。だが、この量は聞いていない。
どう考えても、この仕事は割りに合わない。
プリンスの事だから、報酬はキチンと支払ってくれるだろうが、普通の職業的時給に換算するとマイナスどころか、血を吐いて倒れるレベルだ。
ユニスは横目で銀の護符の山を眺めた。
「これは、処理したらどうするの。いらないなら、もらってもいい?」
「何を考えているんですか」
プリンスはジロリとユニスを見下ろした。
「くすねようとしてもムダですよ、証拠品です。古代理紋の管理は理律省の管轄です。当分は理律省の管理本部がこの護符の追跡用に大陸全土へシェインの網を張っていますから、ここにある護符なら、たとえ無効化した後でも追跡できます。それに無効化したら鋳つぶして現金化し、コルセニーの使徒の被害先に返還されます」
「はいはい、わたしは無効化だけすればいいのね」
「返事は一回で」
「はーい」
「あんまりお行儀が悪いとアイミアに連絡して、七星華乙女会幹部の指導で淑女の教養を学んでもらうための地獄の特訓メニューを相談しますが?」
プリンスならやる。ユニスは慌てて背筋を伸ばした。この仕事を終えたらしばらく休暇を取りたいのに、七星華乙女会の地獄の特訓なんて願い下げだ。
「ごめんなさいッ、心を入れ替えて働きます」
ユニスは急いで護符の山に両手を当てた。この量を一度に全部はできないが、数個ずつならユニスにも処理できる。
とつぜん、脳裡に映像が閃いた。シャンデリアに照らされた豪奢な店内。大勢の客。破壊される前のセルレイの店内だ。護符には、携帯していた人間が見た光景と思考の記憶が刻まれていた。
「これ、本当に、ぜんぶ完全破壊してもいいの。強盗団の記録がたくさん詰まっているけど?」
ユニスは一個だけ、右手で握ってみた。
明るい光景が視えた。
供される酒、流行の音楽、フロアでのダンス。笑いさざめく客筋は一般客が多かった。ここは強盗団コルセニーの使徒のアジトだったが、表の顔として合法的に営業されていた。市内屈指の優良店だった。
よりによってプリンスを強盗団へ勧誘するという恐るべき愚行に及ぶまでは。
――うわあ、無知って怖いわ!
「証拠となる護符の記憶は、私も確認しました。必要な分は、理律省の管理官が読み取って保管済です」
「手際のいいこった。そこに最初のオリジナルはあったのか?」
晶斗の言うオリジナルとは、複製品の原型となった初めの一個だ。それを調べれば、複製品を作成した主犯格の犯人が判明する。
「ここには無いわ。貴重品だから首領が持っているんじゃないの?」
「首領は逮捕しましたが、他にもまだ所持している者がいるはずですよ。裏で糸を引いていた人間がどこかにいますからね」
新情報だ。ユニスはギョッとしてプリンスの横顔を見つめた。
「アンタ、また、黒幕の焙り出しのために、俺達を踊らせているのか。サイメスのテロじゃないなら、今度はどこだ?」
晶斗がプリンスを睨んだ。
「サイメスの武器をあの規模で密輸入するには、あの連中は小者すぎるんですよ。この事件はいろいろと根が深いのでね。ユニス、どのくらい出来ましたか?」
プリンスはユニスへ顔を向けた。ユニスは顔を伏せた。二人の話を聞いていたら、護符の処理を忘れていた。
「これからやります」
ユニスは右手に持った護符をギュッと握り込んだ。護符の記憶が完全に消えたのを確認する。理紋の効力も抜いた。もうただの銀細工だ。
「一個ずつだと一晩かかっても終わりませんよ。まとめて片付けなさい」
「それでもこの量だったら、三時間くらいかかるわよ」
「今から三十分で全部終わらなければ、アイミアを呼んで地獄の特訓……」
「死ぬ気で三十分でやります」
ユニスはプリンスの言葉を遮った。七星華乙女会幹部の前で同じ事をやれば、万死に価するとして粛清の対象にされるだろう。
「よし、俺が時間を見ておいてやる」
今から三十分な、と晶斗が腕時計の文字盤を見せた。
晶斗の裏切り者~、と、ユニスが必死で護符の処理をする横で、晶斗とプリンスは喋り続けた。
「アンタの本命は武器の密輸の方だな。今度もサイメス人の組織が絡んでいるのは間違いないんだろう。またあっちの政府か?」
「そこまでは不明ですがね。ただ、武器の方は、すでにルーンゴースト大陸に相当数が出回っていると考えた方がいいでしょう。帝国では空間干渉機を警戒しています。あれは我々にとって銃よりも危険な武器ですから」
晶斗もプリンスも、とんでもなく物騒な内容を、世間話でもするような軽さで喋っている。
――また大きい事件を調査するのに、利用されているのね。もう、早く帰って眠りたい……。
ユニスは護符の処理に集中した。二回目は二個、三回目は五個、と、少しずつ処理する量を増やしていく。慣れてきたら数十個まとめて効力を『分解』した。護符は個別にさまざまな記憶を含んでいたが、ユニスは淡淡と消去していった。




