057:解けた時空間には気を付けよ
結界、と言っても、境界線があるわけじゃない。ただ、外部からはその内側に入れない。近付いてもそこから先には進めない、目に見えない壁に囲まれた、一種の閉鎖された空間だ。
その内側では男が二人、大型の銃を構えていた。
――どうだ、仕留めたか?
――いや、まだだ。生体反応が消えないどころか、増えてやがる。
――いったい、あっちには何人いやがるんだ?
――あの女ひとりじゃなかったのか。
――くそ、仲間が隠れていたとは!?
――早く取り戻さないと……。
会話には焦りが感じられた。
彼らはどこかに隠れているアイミアを探している。
「敵にシェイナーはいないわ。シェインの媒体にしている古代理紋の力も、シェインの装置を使って発動させているだけよ」
ユニスは透視した光景を伝え、透視の視線をずらして銀の菱形の護符に焦点を合わせた。
古代理紋の複製品は、黒いトランクケースの中央に嵌め込まれた紋章のようだ。銀色の菱形には九つの白い貴石は嵌め込まれていない。だが、かつて目にしたセビリスの紋章と似ている紋様だ。そして、ユニスのシェインにそっくりなこの波長。
「間違いないわ、セビリスの紋章のレプリカよ」
ユニスは、シェインの手を伸ばした。
古代理紋に手が届く。両手でそれを握りしめる。手の中に破壊の意思を込めた瞬間、銀の紋章は爆発した。
パーンッ!
振り向いた男達の顔が驚愕に歪む。
空に響き渡った破裂音は、ユニス達にもはっきり聞こえた。
直後、ゴオッ、と凄まじい突風が来た!
「キャッ!?」
結界で圧縮されていた空気が解放された風だ。ユニスの長い髪は吹き上げられ、くしゃくしゃになった。
「ユニス!」
プリンスの鋭い呼びかけに、ユニスは両手で髪を押さえながら顔を上げた。
「セビリスの紋章は破壊した。結界は解けたわ」
「よくやりました。晶斗!」
プリンスへ、晶斗は頷いた。
「ああ、俺が行くから、援護してく……」
左の方で、ガサガサと音がした。
晶斗とプリンスの手がガードナイフと剣に掛かる。
灌木の茂みが揺れて、黒いガードベストの護衛戦闘士が現れた。豊かな胸の目立つ長身の女だ。左の小脇に黒光りする自動小銃を抱えている。「アイミアさんッ」
黒いサングラスを掛けているが間違いない。女護衛戦闘士アイミアは、ユニスの隣に滑り込んできた。
「ハーイッ、ユニス、おじゃまするわね、……と?」
アイミアは体に付いた木の葉や草を払い落とし、左肩に落ちた長い黒髪を荒荒しい仕草で背後に振りやった。高い位置で一つにくくられた艶やかな黒髪は、ユニスの柔らかい金茶の髪とは異なってもつれもせず、サラサラと垂直に背に落ちた。
「助かったわ、バシル。こっちの人は、初対面でいいかしら」
アイミアは黒いサングラスをはずして、晶斗に軽く会釈した。
「アイミア、こちらは東邦郡の晶斗です。ユニスと私はいつも通りで」
プリンスのことは、お忍びの魔物狩人バシルではなくプリンスと呼ぶように。そして、プリンスとユニスへは、七星華乙女会の会長としての態度で相対せよということだ。
「あら、そうですの。ユニス、ご無沙汰だったわね」
プリンスの許可を得たとばかり、アイミアは晶斗へも親しみを込めた微笑みを向けた。
「でも、こっちの彼とは初対面ね。プリンス公認ファンクラブ、七星華乙女会の総会長アイミア・リフレートよ……あら?」
アイミアは晶斗の顔をしげしげと眺めた。なんだか釈然としない表情になる。
「変ね、実際に会うのは初めてなのに、そうじゃない気がするわ。記憶力はいい方なのよ。もしかして、守護聖都の護衛戦闘士の溜まり場で見かけたかしら?」
「いや、俺達は、守護聖都フェルゴモールでは会ったことはないね」
晶斗が困惑気味に否定する。
「あ、そうよね。ユニスともしばらく会ってなかったし」
アイミアはチラリとプリンスの方を窺い、何かに納得したように頷いた。
ユニスはだんだん怖くなってきた。
「アイミアさん、どうしちゃったのッ!? まさか、記憶喪失?」
「また馬鹿なことを言い出すわね、あなたは。なんで私が記憶喪失なのよ。先月、乙女会の勧誘で会ったじゃないの」
アイミアは左手を伸ばしてユニスの頭をくりくりとなぜた。アイミアにはいつも子供扱いされている。七星華乙女会の勧誘で会う時なら、全力で反抗もするが、今日はその気力がさっぱり湧かない。
「アイミアさんに会ったのが、今月はこれが初めてなのね。……ということは、時間軸が狂っちゃったんだわ。わたし、時空間の移動に失敗したんだわ」
ユニスはガックリうなだれた。




