056:乙女は魔物狩人に利用される
轟音と共に、近くの岩が吹き飛んだ。
爆風で木々が激しく揺れている。
木の葉が舞い散り、岩の破片が飛んでくる。
「きゃあッ!」
だが、飛んできた岩の破片は覆いかぶさってきた晶斗の体で遮られ、ユニスには当たらなかった。
「爆弾じゃない、すげえ威力の大型銃に替えやがった。おい、閣下、シェインで潰せるか?」
「武器だけを潰しにくいですね。パワーだけは強力な護符なので、弾かれます」
プリンスはすでにシェインの攻撃をしていたようだ。
今度は右の方で爆発音が上がった。
二回目の爆発、続けて三回目……攻撃は、右へ、右へと移動していく。そして……五回目。ユニス達の頭上へ、土や木の葉がパラパラと降ってきた。
爆音の余韻が薄れると、森は静かになった。
「……終わったの?」
ユニスは立とうとした。
晶斗が腕を放してくれない。
ユニスはあきらめてしゃがみ直した。
「いや、わからんから、透視してくれ」
「結界の外側しか視えないもの。プリンスは?」
「狙撃手の二人とは別の気配もありますが、シェインを妨害する装置を使っているんでしょう。私にもこれ以上は視えません」
「今のうちに、あの建物まで逃げるか?」
元理律研究所の建物へ。ここからあの大きさに見えているなら、距離は四、五百メートルというところだろう。
プリンスは却下した。
「高台へ登る途中に、開けた場所があります。格好の狙撃の的になりますよ」
「どっちにしろ逃がしてくれないなら、こちらから先に潰しに行くか。ユニス、俺が行くから、シェインで援護してくれ」
「その前に結界を解かないと。ユニス、先に、あちらの理紋を破壊してください」
「二人とも、指示は一度にひとつにしてくれる?」
ユニスが口を尖らせると、晶斗とプリンスは顔を見合わせた。晶斗がうなずき、プリンスに先をゆずる。
「シェインの波長を辿って、行き着いた先にあるシェインのパワーを分解してください。壊すのは得意ですよね?」
プリンスの言う破壊方法とは、おそらくユニスが遺跡でいつも使っているシェインの応用なのだろう。ユニスにとっての得意といえば、遺跡の破壊。だが、遺跡は大きい。適当な場所に大ざっぱに穴を開ければいいだけだ。
「それって、結界に護られた空間にある小さな護符だけを、ピンポイントで狙うのよね。そんな細かいこと、経験無いわ」
ユニスは、むっつり口を歪めた。せっかく正直に申告したのに、プリンスは形良い眉をひそめた。
「まったく、世話のやけるお嬢さんですね」
正面からプリンスの左手がにゅッと伸びてきて、ユニスの頭を真上から、グワシッ、と掴んだ。
「あいだだだ、なにをッ!?」
頭を鷲掴みにされた。ユニスは両手でプリンスの手を外そうとしたが、ビクともしない。
「おい、アンタ、女の子の頭に……あ、シェインを使うためならいいのか?……い、いや、やっぱり触ったらだめだろう!?」
晶斗は立ちかけ、慌てて身を屈めた。立ってしまうと、隠れている岩から上半身がはみ出てしまう。護衛戦闘士のくせに一瞬、危険を忘れたらしい。
「晶斗は黙っててください。ユニス、透視に集中しなさい」
「痛い、プリンス、手を放して!」
「自分のシェインの波長は解っていますね。向こうにそっくりな波長がありますから、そこにリンクするつもりで視なさい。とっかかりは私がつけます」
プリンスの手の力が少しだけ緩んだ。
「うう、難しいのに……」
ユニスはしぶしぶ目を閉じた。プリンスがユニスの透視力を借りるだけなら、頭を掴む必要は無い。これはユニスの逃亡防止ともっと強力なシェインを強制執行するためだ。体も心も逃げられない。
ユニスの瞼の裏に、細い光が一条映った。光の糸は、まっすぐに一直線に走っていく。これがプリンスのつけた『とっかかり』だ。
ユニスは暗闇の中で、光の筋を辿った。
と、光が途切れた。
敵の結界にぶつかった!
光のカケラが瞬いて消える。
透視で視えるすべてが完全な漆黒に塗り潰された。
「……まるで闇夜を覗いているみたい」
これのどこがユニスのシェインと似ているって?
「なるほど、透視が利きにくい。これはシェインではない……どうやら空間干渉機を使っていますね。こちらに特殊なシェイナーがいるとわかったから、機械を使って結界の防御力を強化したのでしょう」
プリンスの声を聞きながら、ユニスは目を開けた。明るい景色に目が眩み、慌てて閉じる。
頭が重い。プリンスの手はまだユニスの頭の上にある。横を見れば、プリンスは目を閉じていた。
プリンスはユニスより強いシェイナーだ。当然、透視力もユニスより利く。そのプリンスが、ここまで真剣に集中するのは初めて見た。
「空間干渉機って、サイメス製のやつね。アイミアさんが持っていたのと同じ?」
もう一つの大陸文明サイメスでは、ルーンゴースト大陸とはまったく異なった科学技術が発達した。空間干渉機は、シェインを必要としないサイメスの科学技術によって、歪みのコントロールを可能にした装置だ。その性能は、ユニスが知るだけでもシェインの行使を妨害したり、強力なシェイナー並みに遺跡の異空間にアクセスするなど、非常に実用的だ。
プリンスが目を開けた。ようやくユニスの頭から手をどけてくれた。
「つい先日までサイメスの軍事機密だったのですが、この分だと、普通に闇市場に出回っていますね。アイミアは密輸商人に接触して入手する手筈でした。近年、ルーンゴースト大陸の闇市場では、サイメス製の強力な武器の類いが頻繁に取引されているんです。困ったことに、欲しがるルーンゴースト人が多くてね。正体がわかったところで、ユニス、理紋を破壊しなさい」
「でも、空間干渉機の影響する範囲では、シェインは使えないんじゃないの?」
「あの結界の力は、セビリスの古代理紋です。深い根源ではユニスのシェインに通じる同じ力ですから、ユニスにセビリスの結界は無効なんですよ」
わかればできますね、とプリンスに促され、ユニスは目を閉じた。再度、古代理紋の波長を辿ることに集中する。
今、ユニスの透視力はプリンスのシェインとリンクしている。だが、プリンスのシェインはユニスの陰に隠れている。でないと二人とも、セビリスの結界に弾かれてしまうからだ。
暗闇の中に、一条の光の筋道。
ユニスは、その淡い光へ指先を伸ばした。
ふいに、音楽が聞こえた。心地良いメロディーのような、優しいとさえ表現出来そうな音色が響いてくる。かすかな旋律は細い糸のようだ。その糸を捉え、慎重に辿っていく。
やがて音の根源が視えてきた。
それは銀色に輝いていた。
小さな菱形の理紋の護符は、武器を運ぶための大きな黒いトランクケースに取り付けてあった。




