055:帰ってきた乙女は時空間の謎を推理する
無音の振動が空気を伝わってくる。ユニスは肌が粟立った。この感覚には覚えがる。能力者だけに解るシェインの波動だ。
ユニスは空を見上げた。敵がいるとおぼしき方角。その上空に、透明な水の波紋に似た揺らめきが大きく広がって、消えた。
直後、一発だけ音が響いて、銃撃は止んだ。
「今の、視えた?」
ユニスはプリンスに訊ねた。
「シェインの結界ですね。……ユニスに似ています」
プリンスの言うのは、シェインの性質がユニスのシェインと似ているという意味だ。強力な結界は銃弾をも防御するらしく、こちら側からの応戦も止んだ。双方とも、次の攻撃手段を考えつくまでの幕間だ。
「失礼ね、あんなに雑じゃないわ」
ユニスは笑って認めた。強力なところは似ているが、あの結界は網の目のような感じがする。ユニスなら、もう少し目を細かく編み上げた丁寧な結界を張れる。
「おい、謎の会話をするな。俺にもわかるように解説しろ」
晶斗が据わった目で睨んでいる。
「あちらの方で展開されているシェインの波長が、ユニスのシェインに似ているんですよ。セビリスの古代理紋の波長です」
「あっちにシェイナーは何人いる?」
「狙撃手二人のうち一人ですが、理紋の護符を利用できる程度の素人ですよ」
「例の古代理紋の複製か」
「ここがタイムスリップ前と同じ時間軸なら、強盗団も複製も同じ種類でしょう。捕えて、時間軸に変化があるのかを聞き出しましょう」
「え、なんで?」
ユニスはプリンスが何を言いだしたのか、一瞬わからなかった。
「もしもここが、大陸間条約が白紙に戻った時間軸なら、サイメスと戦争している可能性があります」
プリンスが口にしたのはあくまで可能性の話だ。
ユニスは唖然としてプリンスを凝視した。
半年前、長年膠着状態にあったルーンゴースト大陸ともう一つの大陸サイメスは、それぞれの大陸の代表団が平和条約を締結した。
その大陸間条約締結会議の際に、ルーンゴースト大陸の全権大使だったプリンスは、条約内容をルーンゴースト大陸側に有利に運ぶための陰謀を企み、ユニスと晶斗を巻き込んだ。ユニスと晶斗はプリンスにさんざん振り回され、結果、条約締結会議はプリンスの思惑通りに運ばれ、二つの大陸は平和な未来を手に入れた……はずだった。
「どうして半年前の事まで関係してくるのよ?」
「我々は三人で一万年以上の時空間を超えた。条約締結会議も、この三人が直接関わって大陸の歴史を動かした、運命の分岐点でした。我々が主観している時間軸以外に変化が一切無いと考えるのは、楽観的すぎるでしょう」
プリンスは淡淡と説明する。冗談ではなく、本気でそう思っているのだ。
「過去にいた時から、いつもよりイラついているなとは思っていたが、そこまで最悪の事態を想像していたのかよ」
晶斗の声は呆れ気味だ。過去の山で、ユニスが一人で行動していた間、晶斗はずっとプリンスと一緒に行動していた。再会した時、晶斗の左頬は赤く腫れていたし、プリンスは冷静なようでいて、隠しおおせないほど険しい雰囲気を残していた。何かがあったのだと察するには十分だった。だから、ユニスは訊かなかった。
「我々は一万年以上の時空間を超えました。その結果、コルセニーの紋章と言われていたセビリスの古代理紋に関わった時間がすべて正されました。強盗団はもちろん、我々の帰還場所がズレた程度に、ルーンゴースト大陸全土の運命も、どこかが修正されたはずです」
「じゃ、じゃあ、これって、ホントにサイメスが攻めてきたかも知れないってこと?」
ユニスが戻りたかった元の時間軸とは、もちろんタイムスリップ前にいた時間軸だ。ユニス自身も自分のままでいたかったし、そうなるように運命を選択した。こんなに苦労して戻ってきたのに、ルーンゴースト大陸の歴史が悪い方に変わっていたりしたら、苦労が水の泡になる。
「ユニス、落ち着け、戦争になったらこんな所に狙撃手二人なんてことがあるか」
晶斗は苦笑していた。ユニスは顔面が熱く火照った。解っているはずなのに、プリンスの言葉にはいつも翻弄される。
「アイミアがいるなら、このシチュエーションは間違いなく強盗団絡みですね。私が命じたアイミアの任務が元の時間軸と異なっていなければね」
プリンスの話で、また一つ謎だったパズルのピースが嵌まった。ユニスは頭の中で情報を組み立てた。アイミアは、やっぱり事の初めからプリンスの指示で動いていた。だったら、ユニスの個人情報が強盗団に漏れたのは……。
考え込んでいたユニスは、プリンスの声で我に返った。
「アイミアは強盗団の隠れ家を探していました。ここで応戦しているということは、潜入に失敗した可能性があります。あるいは、私が探索を命じる前の、我々が中央駅で再会する以前の時間まで戻ったかも知れません」
「わたし達がまだ守護聖都にいた時ね」
三人が再会したのは、守護聖都の中央駅だ。なぜ、三人が揃った時間からの再スタートにならなかったのだろう。
「パラドックスか!? 守護聖都に別の俺達がいるなんてことは……」
「古代の巨人族は神々ではありません。古代村の村長を信じるしかないですね」
うへえ、と晶斗はうめいた。




