054:贈り物は希望でも現在進行するのは絶望
ユニス達は洞から出て、山道へ昇った。
満月は変わらず天頂にあったが、東の空の星が少なくなっていた。
夜明けの前兆だ。
もうすぐ太陽が昇ってくる。
「この子達は、村への道を歩いている所を発見されましたね。目覚めた正確な場所を覚えていますか」
プリンスが訊ねてきた。
「少し先の、曲がり角の木の下へ」
ユニスは細い山道の先へ目を凝らした。透視して確認するまでもない、自分の家の庭のようによく知っている道だ。
「わたし達は山道を歩いていて発見されるの。わたしが先に目覚めてマユリカを穴から連れ出したことになっているわ。夜明けまでに、わたしはマユリカを起こして、それから、泣き出したマユリカの手を引いて歩いて行ったの」
ユニスは木の下まで案内した。
小さなユニスとマユリカは、木の側の、乾いた土の地面に並べて寝かせられた。月明かりに照らし出された幼い寝顔には、涙の跡がくっきりとついていた。
ユニスはしばらく眠っている小さな二人を眺めていた。
昔、子供だったユニスは、村と小川と、青い花咲く野原だけの小さくて完全な世界に住んでいた。
同じ時は二度と来ない。大人になった今は、過ぎ去った時間が永遠に留まるはずもないことを知っている。
なのに、こうして佇んでいると、成長する間に失った何かが、もう一度完全な形で戻ってくることを期待してしまう。――それは錯覚だと、心のどこかで理解していても。
ユニスは動けなくなった。
今ならば、この先の未来が変わる可能性が残されている。心のどこかで囁く声が大きくなる。
この子達の未来のために、できることは本当に何も無いの?
ここは過去と未来の狭間。期待と混乱が入り交じる不安定な瞬間だ。
ユニスの心の奥底に埋もれていた、哀しみや後悔に彩られた記憶の断片が、バラバラに浮かび上がってはまた沈む。
これから子供達に起こるはずのそれらの記憶を、少しでも良いものにしたいと望むのは、いけないことだろうか……。
グイと左手を捕まれた。
晶斗の左手がユニスの右手を握っている。
「これでいいだろ、行こうぜ」
晶斗は容赦なくユニスの手を引っ張って歩き出した。
「え、あの、ちょっと、晶斗!?」
ユニスは後ろにいたプリンスに声を掛けようと振り向いた。その時、プリンスは子供達の方を振り返っていた。すぐに前を向いて追いついてきたプリンスは、ユニスと目が合ったが、何も言わなかった。
ユニス達は洞に戻った。
ユニスが作り出した幻のセビリスの紋章は、燦然と輝いていた。
その降るような銀の光の前に、三人で並ぶ。
「わたしたちは、元の時間へ帰りたい」
ユニスの言葉に反応して、菱形をした古代理紋の銀光が輝きを増した。
突然、光が消えた。
完全な暗闇だ。
ユニスは目を閉じた。肉眼で見えないなら、シェインの目で視ればいい。
闇の中に白い物がほの光っている。均整のとれた白い人のシルエットだ。銀髪に白い服だ。プリンスかと思った。だが、プリンスの気配は晶斗と同じく、ユニスのすぐ傍に感じられる。
銀髪の頭が、上向けられた。ユニス達が自分の上空にいるかのを知っていたように、その視線はまっすぐこちらに向けられている。
「この辺りは時空間の歪みがひどいな。少し直しておこう」
音声ではない意味だけが届いた。
「巨人の村の村長さん!」
古代村の青年村長は親しげな笑顔になった。ユニスのシェインが完全になった今では、心話はなめらかに通じた。
「心配しなくてもいい、新しい時空は君達のものだ。君達フェルゴーは、我われの未来の希望でもあるのだよ」
青年村長が喋り終えたとたん、一条の光が闇を切り裂いた。
雷鳴のような凄まじい音がとどろいた。
その直後、世界は明るくなった。
ユニスたちは、セピア色した風景にいた。それが、新しい生命を吹き込まれるかのように、スウッと色を取り戻していく。
見覚えのある深緑の森と碧い湖だ。
晶斗とプリンスは、洞での立ち位置のまま、ユニスのすぐ後ろにいる。
「ここは、元の場所ね、どの辺りかし……」
ユニスが振り向こうとしたら、いきなり晶斗に押し倒された。
ピシピシッ、と、続けざまに音がして、近くの木が揺れた。
空で、ターン、と軽い音がこだました。
「着弾からズレてる、遠距離狙撃だ!」
晶斗が何を言っているのか解らない。ユニスは立とうとして、晶斗に強い力で押さえ込まれた。息が詰まって窒息するかと思い始めた時、晶斗はユニスを抱えて移動した。灌木に囲まれた大きな岩陰に二人してうずくまる。
軽い音が連続した。上の方で木の葉や枝がはじけ飛び、パラパラ降ってくる。
ユニスは膝を抱えたままで、ぐるっと辺りを見回した。視界の右端の方は岩が途切れていた。その向こうに小さく元理律研究所の建物があった。よく見ようと首を伸ばしかけたら、いきなり、晶斗に頭を押さえつけられた。
「頭を上げるな!」
晶斗の鋭い声にビックリして、ユニスは首を竦めた。
大岩に背中をつけた晶斗は、真剣な様子で岩の向こうの気配を窺っている。
「遠すぎるな。こっちからはわからん。ユニス、透視を頼む」
「何を視るの?」
ユニスの隣に、プリンスの気配が降り立った。
「1.5キロ先に狙撃手二人、ただし、標的は我々ではありません」
今度は、近くで発砲音がした。一、二、三発。
森に響いたこだまが薄れて、急に静かになる。
ユニスはゴクリと唾を呑み込んだ。
「なんで、銃撃戦のただ中なの。ここは、古代理紋のあった遺跡ですらないわ。湖のすごい近くに来ちゃってるし」
「おい、閣下、どっちが敵だ? 向こうか、こっち側か?」
「向こうです。こちら側は私のよく知る者が一人」
「誰だ?」
「アイミア・リフレート」
ユニスの隣に片膝を付いたプリンスは、藍色の目を大岩に向けていた。その視線は茫洋と定まっていないようにも見えるが、透視をしているのだ。
キンッ、と金属同士を打ち合わせたような音がして、ユニスの頭上近くで岩の一部が弾け飛んだ。
「きゃあッ!?」
ユニスは頭を両手で抱えた。小さな岩のカケラが手の甲にピシリと当たった。敵はユニス達の位置を知った上で、この岩を狙っている。
刹那、ゥワンッ、と空気が震えた。




