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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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53/75

053:洞の奥で夢見る乙女は時を旅する

 くうくうという寝息が聞こえた途端、ユニスは涙が出そうになった。

 過去の自分はなんて小さく、弱々しいのだろう。

「自分には触らないでください」

 耳元でプリンスに囁やかれた。

「わかってるわよ」

 ユニスはぶっきらぼうに応えた。こんな風に注意されると、信用されていないみたいで嫌な気分だ。


 プリンスも晶斗も足音一つ立てずに移動した。

「音を立てても平気よ。疲れきって眠っているから」

「ここにある歪みは門だけだ。ここは迷宮空間じゃない」

「古代理紋と、洞を構成しているシェインは最初から別個に作られたのでしょう」

 晶斗とプリンスは一通りの調査を終えたようだ。

「変な感じね。過去と未来のわたしが同じ場所にいたら、わたしの中にある古代理紋の力は二倍にならないのかしら」

 今、古代理紋は小さなユニスの中にあり、同時にユニスの中にもある。

「考えられるのは共鳴現象ですが、その心配もなさそうですね」

 プリンスは小さなユニスの側に屈んだ。小さなユニスの頭にそっと右手を置く。撫でているようにも見えたが、プリンスのことだから、シェインの診断でもしているのだろう。


 ふと、晶斗が小さなユニスを見ていないことに気付いた。

 晶斗と視線が合った。

 心配してくれている。

「なんともないわよ。忘れていないもの。セビリスの紋章は強烈で、わたしの中に焼き付いてしまったけど、わたしは普通の生活ができる程度に平気だったの」

 ユニスは晶斗へ微笑を返した。


「だが、ユニスの見た古代理紋がどんなものか知ることはできませんでした。……こうしていても、読み取れませんから、時間の経過は関係ないのでしょう」

 プリンスは、小さなユニスの頭に置いていた手を静かに外した。地面に片膝を付き、小さなユニスの顔を見つめている。その横顔は冷たいほどに完璧で、子供に対する憐れみや悲哀のような感情めいたものは、一切読み取れなかった。


「この子達が保護されたあと、守護聖都では、ユニスの記憶から、失われたセビリスの紋章を引き出そうと、あらゆる手を尽くしました。しかし、ユニスの潜在意識の奥深くに埋もれてしまった古代理紋の正確な紋様を細部まで甦らせることは、ついに叶わなかったんです」

「そりゃ、しょうがないさ。子供の記憶だ」

 晶斗の意見に、プリンスは生真面目な表情で同意した。

「ええ、けっきょく、研究機関による調査は、私が途中で打ち切らせました。ユニスが成長するにつれ、シェインを発揮するようになったので、シェイナーとしての成長を見守る方針に切り替えたんです」

「そして今に到るわけか……あッ!?」

 小さなユニスが、身じろぎした。

 三人は押し黙った。かわいい寝息に耳を済まして、やっと安堵する。

「で、シェイナーのお二方、ここから先の解決策は?」

 晶斗が小声で訊ねた。

「古代理紋が小さなユニスの中に入ってしまった。で、どうすれば、タイムスリップは作動するんだい。というか、早く何とかしてくれよ」

「歪められた山の空間を正常に戻せば、時間は普通に進むはずね。わたしと小さなわたしが揃っても、何も起こらない……で、どうすればいいの?」

 ユニスだって考えてもわからない。とりあえず、問題をプリンスに投げてみる。

「私が探査しても、これ以上の歪みや別の空間はありません。この時空間に来た理由は、ユニスの事故で間違いありませんから、タイムスリップを引き起こすのはユニスのシェインですよ」

「タイムスリップなんてできないわよ」

「もう一つ、小さなユニスが自身が『ラディウス』に当たる特異点だという可能性は残っていますが……」

「おい、迷宮みたいにラディウスを破壊しろなんてことは、言い出すなよ?」

 晶斗の口調は真剣だった。

 ユニスは総毛立った。

「それはやめて。でも、わたしは生きているから、その可能性はなかったのよね?」

 ユニスは恐る恐るプリンスに確認した。

「いくら私でもそこまで無茶は言いませんよ。しかし、古代と過去と現代と、三カ所の時空間に共通するのは、ユニスだけですから、たまには自分でも考えてください」

 プリンスは気分を害した風もなく、さらりと返してきた。ついでに、厳しい指摘付きだ。

「う……反省します」

 ユニスはがっくり俯いた。自分にできなくても、最終的にはプリンスが何とかしてくれるだろう……。確かに、プリンスと一緒の時は、そんなふうに考えている節がある。

「そんなこと言われても、タイムスリップなんて初めてだし、どうしたらいいかわからないもの」

「皆、初めてですよ」

 正論だ。

 プッ、と変な音がしたので晶斗を見たら、口元を痙攣させていた。笑うのを堪えているらしい。

「巨人の村長さんが言ってた接点となった場所がわからないんじゃ、どうしょうもないわ。だって、わたし達は、初めはそれぞれ違う場所に出現したでしょ」

「俺とプリンスが野原で、ユニスは山の麓だったな。その意味は?」

「どちらも小さなユニスとマユリカを見ました。しかし、私と晶斗は、この出来事の傍観者でしょう」

「メインはユニスだよな」

「そうね、古代理紋に、マユリカは関係ないわ。古代理紋を見たのはわたしだけ。ここにいる小さなわたしが、古代理紋の力をすべて吸収したから……」

 ああ、そうか。

 ユニスは、腑に落ちた気がした。

 ゆっくりと壁を振り返る。

「この時間に失われた古代理紋の代わりに、わたしがここに来たんだわ」

 ユニスは両手で黒い土壁に触れた。

「簡単すぎて、うっかりしてた。共通点は古代理紋なのよね。古代と過去と、現代の三つ。元の時間軸で、古代人の冷蔵庫にあったコルセニーの紋章はセビリスの紋章で、子供のわたしが吸収したセビリスの紋章は、まったく同一の性質を持つ理紋だった。このわたしのシェインも、そうだから」

 鍵はセビリスの紋章だ。

 そして、古代と未来で理紋が発動した条件は、ユニスのシェインだ。

「わたしがシェインを使えるようになる時間を過ぎなければならなかった。そうしないと、一連のタイムスリップ事件は起こらないのね」

「おそらくは」

 プリンスは屈んだまま、ユニスの方へ顔だけ向けた。

「今、ここに、皆がいるのは、わたしのせいなの?」

 ユニスがこの時間軸に、プリンスと晶斗を連れてきた。

 プリンスが子供達に姿を見せた。

 その直後、小さなユニスとマユリカは道を戻って古い穴に、落ちた。


「子供達の運命は、過去の出来事です。ここにいる誰も、その運命には関わっていません。もしも、小さなユニスが古代理紋を吸収しなければ、その瞬間に、我我が消えていた可能性もあります」

 プリンスの言う可能性を、ユニスはすぐには想像できなかった。プリンスと晶斗と出会わない未来のシミュレーションをいくつか考えて、違うと気付く。なんのことはない、子供のユニスが古代理紋の吸収に失敗したら、ユニスもマユリカも、死んでいた。

 ユニスが消えれば、プリンスと晶斗には出会わなかった。

 タイムスリップは起こらなかった。

 ただ、それだけのこと。


「わたしがここに留まってしまったのね。間違えたのではなく、寄り道でもなく、ここがわたしに必要な、通過地点だったから」

「それで筋は通るな。ユニスは自分のものである理紋を見つけるまでの時間をたどり、俺とプリンスは接点の範囲内で待たされていたんだ」

「古代理紋を起動させるメインは、ユニスでしたね。それなら時間の前後関係が説明できます」

「わたしの意思でタイムスリップが起こるなら、わたしは元の時代に帰りたい」

 ユニスは壁から手を離した。


 黒い土の中から、銀の菱形が浮かび上がる。光り出したそれには実体が無い。純粋な光で構築されている。古代理紋の(かたち)だ。


「これで、いつでも使えるわ」

「この子達はどうする。ここに置いていくのか?」

「記録では、小さなユニスとマユリカは自力で外の道に出ています。そこまでなら私達が連れ出してもかまわないでしょう」

 プリンスが小さなユニスを抱き上げ、入り口に戻ったところで、晶斗がマユリカを抱き上げた。

 小さなユニスとマユリカは、眠ったまま、洞の外へ運び出された。


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