052:新しい過去の記憶は鮮やかに
夜の野原に静けさと緊張感が戻った。
「わたしが中心? じゃあ、正しいポイントは、この野原?」
ユニスが自分を指差したら、晶斗が笑った。
「小さい方のユニスの居る所だよ」
晶斗の言葉に、プリンスも頷いている。
「私達のユニスが、セビリス由来のシェインを使える冷凍少女になるまでが、時空間の歪みが発生する過去の時間軸だったということです」
「子供のわたしは時空間の歪みには関係無いわ。晶斗とプリンスがここにいるのさえ知らないのよ」
ユニスはいぶかしんだ。今のプリンスの言い様だと、プリンスも晶斗も、ユニス自身が時空間の歪みそのものだと思っていることになる。
「迷宮状態となったこの山一帯の歪みを正すためには、ラディウスとなる要の部分を破壊する必要が在る、のよね。それとも、歪みの中心はわたしだから、そのわたしを、この世から消さなければならない、なんて、言わないでね?」
「ご心配なく、この場合、ラディウスの破壊というのは、あくまで喩えですから。貴女は過去にリンクした。ここは、現在と過去のユニスに繋がる現在進行形の未来であり、時空間移動の特異点です。始めに移動した古代のポイントは、セビリスの紋章の前でした。あれが歪みの中心で、私達が集う正しいポイントです」
プリンスは朗らかに言った。
「けっきょくは、古代理紋がポイントだというオチじゃないの」
ユニスは洞の方へ向いた。とりあえず、ホッとした。危険物として、過去の時間軸でプリンスに抹殺される可能性だけは無くなったわけだ。
「でも、わたしがもう一度、この時空間に来なければならなかった理由って、何だったの?」
「それはやっぱり、幼児期の心的外傷だろう」
幼児並みの無邪気な発言を漏らした晶斗は、ユニスに睨まれ、口を閉じた。
「直接、確かめましょう。このままでは時間が過ぎるばかりです」
プリンスが立った。
「時間が停滞したのは、子供達が洞に入ってからだったな。どうしてタイムスリップできる限界時間の方は普通に進むんだ?」
晶斗も立ち上がる。
「私達がいるのは、シェインで歪めた時空間の狭間です。ここから見える月の位相は、時空間の狭間の歪んだ空間から見えている古代の月なんですよ。私達の滞在する時空間の歪みは範囲が限定されています。外部との時間のズレが、数分かあるいは数時間かはわかりませんが、歪みを維持するシェインが消えたら、世界は朝にはなりますよ」
「子供達にまた姿を見られたらどうするの?」
ユニスは訊ねた。
「また神様のフリをして誤魔化します」
プリンスはさっさと洞の方へ歩いて行った。
「自分で神様って言うかよ。ユニス、行こうぜ」
晶斗に手を取られ、ユニスはのろのろと立ち上がった。
プリンスの後に従って洞へ向かう。
晶斗が右横からユニスの顔を覗き込んできた。
「なあ、子供のユニスがさっきプリンスに会った記憶は、まだあるのか?」
晶斗から、プリンスが子供に姿を見せた事情は、ユニスも聞かされた。
「記憶している映像はさすがに薄れたけど、すごく綺麗な男の人に遭った、というのは今も覚えているわよ。この辺の土着信仰の神様って、本来は女神様だけど、わたしが子供の頃から持っていた神様のイメージって、なぜか守護聖都の男の神様のフェルギミウスなのよね。きっと、将来は確実にプリンス・ファンになるように刷り込みをされていたんだわ」
鴨の雛がタマゴから出たとき、初めて見たモノを親だと思いこむ習性がある。
ユニスの人生を変える節目に、生まれて初めて目にした神にも等しい美貌がプリンス本人だったのは、幸か不幸かわからない。どちらにせよ、この後のユニスの人生に多大な影響を与え、現在も苛烈に与えすぎているのは否めない。
ずっと不思議だった。子供の自分が見たのは、いったい誰だったのか、本当に神神の降臨を見てしまったのか、と。この事件の後年、子供のユニスがプリンスを見た時、似ていると思ったことはあった。だが、この事件当時、プリンスは守護聖都フェルゴモールにいた。年上だけどまだ少年だった。この事件と結び付けられる要素は何一つ無い。
この時間軸で、ようやく過去と現在が結び付く。ぼやけていた記憶の映像が鮮明になる。成長したユニスが知っている大人のプリンスの美貌が、ユニスの記憶の奥底に埋もれていた過去に上書きされ、新たな記憶として保管される。
この世界で三人だけが知っている時空間を超えた真実は、ありのままに受け止めるしかない。それがユニスの出した結論だ。
「長年の謎が解けて、すっきりしたわ。神様の正体がプリンスで、いっそ清清しいとも思う。どうせプリンスファンなのは変わらないだろうし、子供の頃の初恋もプリンスだったもの。シャールーン帝国、もとい、七星華乙女会の常識では、おかしなことではないもの」
ユニスはきっぱり応えた。七星華乙女会に所属してはいない。だが、会の規約は、幼少時より会長アイミアと会う度に説明されたので、体に染み込んでいる。
「はは、そりゃ……良かった、な」
晶斗の返事は妙に気が抜けていた。
洞に入る穴の前で、プリンスが振り返った。
「怖いなら、私と晶斗だけで入りますが?」
「別に、平気よ。そうでなきゃ、大きくなってから一人で遺跡には入らないわ」
穴を下りて、数歩進んだ狭い通路の右側の方で、マユリカが膝を抱えてうずくまっていた。くうくうと規則正しい寝息が聞こえる。
「わたしに先に行かせて」
ユニスは足音を殺し、ゆっくりと急斜面を下った。
開け放された門をくぐるのは、たやすかった。
小さなユニスは、右を下に、胎児のように体を丸めて眠っていた。暗い色の地面には、金茶色の長い髪が扇状に広がっていた。




