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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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051:乙女は幽霊化を拒否する

 野原の土手の下で、平らな場所を選び、車座になった。

「じゃあ、晶斗もプリンスも、ここが迷宮みたいな空間なのは理解しているのね。あの洞の中で何が起こったのかも知っているのね」

「さすが、冷凍少女は察しがいいね」

 晶斗はさっき氷の粒をぶつけられてからというもの、頻繁に『冷凍少女』を繰り返すようになった。

 だったら、期待に応えるのも冷凍少女の役目だろう。

「御褒めに預かり光栄だわ。サービスしとくわね」

 ユニスはチラリと晶斗の頭上を見遣った。そこの空間がキラリと光り、透明な氷の粒が一掴み分、晶斗の頭上に出現してぶちまけられた。

 ワッ、と晶斗が頭を抱える。

「根に持つやつだなー」

 晶斗はつむじにこんもり乗った氷の粒を払い落とした。

「へーんだ、そっちこそ」

 ユニスはツンとして、晶斗から顔を背けた。

「二人とも目の前の問題を忘れているんじゃないですか」

 プリンスに氷よりも冷たい目で睨まれた。

 ユニスと晶斗は横目で睨み合ってから、ふんっとそっぽを向いた。

「二人ともいい加減にしなさい。いがみあってて、本当に帰れなくなったら、どうする気ですか」

 ついにプリンスに怒られてしまった。


「で、ここまでの現象を整理すると、わたしの方があの子達に早く出会っていたのね。でも、晶斗とプリンスがここにいたのには気付かなかったわ」

「俺達の方は、ユニスが見つからなくて焦ってたんだぜ。俺達の方があの事故現場のより近くに出たのは、どういうわけなんだろう?」

「過去において意味があった場所へ、我々が出現した、ということでしょうかね」

 プリンスが考え深げな表情になる。

 場所の意味はユニスも考えた。

 この野原と古い洞、山から村へと到る道。すべてユニスの大切な思い出の構成成分だ。けれど、プリンスが言うほどに深い意味があるとは思えない。

「この場所にセビリスの理紋があったのは、変えようのない事実だわ。そして、この時間軸でセビリスの古代理紋を見たのは、子どもだったけどわたしの意思よ。でも、だからこそ、セビリスの理紋があった洞以外の場所には、子どものわたしにも、大きくなったわたしにも、特別な意味は無いはずだわ」

 ユニスは記憶を探った。子供時代の遊び場所は他にもたくさんあった。

 晶斗とプリンスは喋るユニスを黙って見守っていた。

 一陣の風が吹き抜け、プリンスの銀の髪を乱した。

 晶斗は、つと、顔を上げた。

「時空間の歪みに、理屈の通った意味付けをしようとするから、こんがらがるんじゃないか。ここに成長したユニスと子供のユニスがいて、俺とプリンスはいない。成長したマユリカもいない。子供達の問題は過去の事故だ。タイムスリップに巻き込まれているのは成長したユニスと俺達の問題だ」

「なぜ、時空間の歪みの中に在る私達とセンサーが、歪みの外に居るあの子達の存在を検知できるか、そこが問題ですね」

「俺達は時空間の狭間にいるようなものだから、機械が感知できる実体が無いということかな」

 晶斗はユニスに左手首のセンサーを見せた。性能のいいシェインのセンサーは、生物が発する目に見えない輝きの『生命光(オーラ)』まで検知できる。それが映らないのは、生きていない、ということにもなる。


「やだわ……これじゃ、わたし達は死んでいるみたいじゃないの」

「というより、今は俺達が、この世界の現実に対する歪みの現象なんだ」

「我我はこの時空間では、現身(うつせみ)の存在ではないんですよ。この時間軸の人間から見れば、実体の無い、幽霊のようなものですね」

「でも、わたしはプリンスを見たのを覚えているわ。実体がある人間だったわ」

 ユニスは手の下の草をむしった。数本がまとめて引きちぎられた断面から、夏草の青い匂いが立ちのぼる。

「わたし達には実体が在るはずよ」

「我我は人間の形をした歪みのようなものですから。シェイナーになら視えるかも知れませんが検証はできませんね」

「その仮説が正しいとして、けっきょく、これからどうすればいいの。ここで、わたし達のシェインが使えるのは夜明けまでなんでしょう」

「タイムスリップに関わる時空間の歪みは、まだ巨人族のシェインの影響下にあるはずです。時間が経てば月の位置は変わるのに、ここから見える月の位置はまったく変わっていませんから、私達が何かをするまで、この山一帯の時間は停滞しているでしょう。しかし、限界時間が設定されていると言うことは、ここ以外の時間は普通に流れているはずです」

 涼しい風がプリンスの銀の髪を揺らしていく。

 ユニスは月を見上げた。

「あの日は新月で、真っ暗だったはずよ。この夜空はおかしいわ。考えられるのは、歪んだ時空間が重なっているということね」

「おそらくは古代の(とき)です。私達がタイムスリップを始めた日は満月でした。それもこの場所が時空間の狭間にある証明ですね」

「わたし達だけがこの世界から切り離されて、時空間の狭間にいるのね」

 ユニスはプリンスを見て、晶斗を見た。

 怖いとは思わなかった。

 満月の下、三人で青い花咲く野原に座っている。

 まるで、きれいな夢の中にいるようだ。

 こんな時、人は時間を停めたくなるのかも知れない。

 美しくもはかない一瞬を、永遠に引き伸ばしたいと望んで。

 でも、過去の現実はそれを許さない。

 洞の中では、幼いユニスが眠っている。

 幼い自分が悪夢を記憶に刻み込んだこの時間(とき)を、大人になったユニスがもう一度体験するなんて、夢にも思わずに。

 今のこの時に、幼い友人は側にいないけれど、新しい仲間が一緒だ。

 ユニスの記憶に残る原風景は、今日を境に、時空を超えた新たな視点で塗り替えられる。なぜならユニスは明日の朝、新しい一日が始まったのを知っている。

「わたしは、山に入る橋の上に出たわ。あれがここでの始まりの時間じゃないかしら。じつは古代に行ってからシェインが使えなかったの」

「シェインが使えない?」

 プリンスと晶斗はギョッとしたようだ。

「で、今は?」

 プリンスは穏やかな言葉とは裏腹に、強いシェインの目でユニスの中を覗き込んできた。

 ユニスは黙って自分の内側を解放した。プリンスとは何度もリンクしている。今さら防御したところで、こじ開けられるのは時間の問題だ。解放した瞬間、本のページをめくるよりもたやすく、ユニスがここに到るまでのすべてを読み取られた。ユニスが一人で耐えていたあの時間の心理状態も、余す所無く。


「橋を渡って山に入ってから、だんだんと使えるようになってきて、すっかり元通りになったわ。それは、どうして?」

「幼いユニスが、古代理紋を吸収したからでしょう。これがユニスがシェインを使えるようになったきっかけですから」

「でも、それが、わたし達の今の状況が、どうリンクしてくるのよ?」

「時空間の歪みの中心は、俺達の目の前に居るということさ」

 晶斗はセンサーのスイッチを切った。


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