050:ど根性の発揮には注意が必要かもしれない
「え!?」
いきなり体が宙に浮き、ユニスはとっさに息を止めた。
ぐるんと視界が反転する。
圧迫された腹部から、体がくの字に折れた。
誰かの肩に担がれた!?
両足は、揃えてしっかり持たれている。
ユニスは自分の身長より高い位置から地面を見下ろしていた。
揺れている。ガサガサと枝や葉をかきわけて、移動している。
怖くて声も出なかった。運ばれている間中、シェインを使えるようになったことも忘れていた。
運搬者の歩みが止まった。
「よっしゃ、ターゲット確保したぞ!」
晶斗だ! とわかった瞬間、ユニスは一気に頭に血が昇った。恐怖が霧散した代わりに、怒りが瞬間沸騰する。
「下ろしなさいよッ!」
ユニスは頭を上げ、空を睨んだ。
空中に白い点がきらめいた。宙を漂う水の分子が集められ、水滴となり、熱を奪われ、氷の粒に結晶する。瞬く間にバケツ一パイ分に増殖したそれを、晶斗めがけて降り注いでやった!
「おワッ、いてッ、冷たッ!」
雨あられと降る氷つぶてに、晶斗が悲鳴を上げた。ユニスには当たらない。軌道は計算済だ。晶斗の左肩に手を付き、怒りを込めて、思いっきり晶斗の太腿の前を蹴り上げ、飛翔した。
垂直に飛び上がった空で、とんぼ返りをうつ。
雲間が晴れて、真円の月が煌煌たる顔を顕した。
ユニスは晶斗から少し離れた草の上へ、音もなく着地した。
まっすぐ立ってよろめきもせず、ユニスは自分の身の軽さに満足してほくそ笑んだ。ここの空間は迷宮に似ている。歪みの作用に満ちている今なら、重力も迷宮と似た感覚でコントロール可能だ。
「痛いなあ、ヒールのカカトがめり込んだぞ」
晶斗は、左脚の前についたユニスの靴跡を軽くはたいた。
「乙女になんてことするのよッ! 心臓が止まるかと思ったじゃないのッ」
ユニスは頭ごなしに怒鳴りつけた。
「そりゃ、すまない。でも、苦労したんだぜ、歪みを避けてこっそり忍び寄るのに」
「声を掛けてくれればいいじゃない。氷の粒で済んだのを幸運だと思うのねッ!」
ユニスはずんずん歩いて、晶斗の前に立った。
と、ユニスの左横に、音も無くプリンスが現れた。気配を消したプリンスは、ユニスが近付く前からその場所にいたのだ。ユニスはギクリと体を震わせた。まったく気付かなかった。晶斗もプリンスも気配を消すのが得意のようだ。
「私が晶斗にそうした方がいいと言いました。子どもにあなたの存在を気付かれたくなかったのでね」
プリンスは反省どころか、悪戯っぽい笑みさえ浮かべ、洞のある方角へちらりと視線を走らせた。
ムカついた! 二人はやっぱりユニスを誤解している。
ユニスは洞の方へ顎を大きくしゃくってみせた。
「あの子達はグッスリ眠っているわ。ここでの会話なんて、聞いていなかったもの。それとも、わたしがあの事故を止めに来ると思って心配していたわけ?」
ユニスはじっと二人を見つめた。
微妙な間が空いた。
晶斗は目を逸らした。
「じつは、そうです。私達がこの時空間へ来た理由を他に思いつかなかったので」
プリンスは、まっすぐに目を合わせてきた。ユニスの思考を見透かそうとする強い視線だ。ユニスの方がたまらなくなって目を逸らした。いろいろ勘ぐられるよりも、自分から喋ってしまう方がマシだ。
「おあいにくさま、期待を裏切って悪いけど、わたしは自分の現在を変える気はないわ。このわたしがわたし自身であることを、ぜーったいに、何が何でも、ほんの少しも変えたくないの」
きっぱり宣言したユニスを、二人は黙って見つめている。
「でも、故郷の山に登るのが怖かったから、この時間まで来なかったんだろう?」
晶斗は、プリンスから子供のユニスの事情を聞いたのだろう。
ユニスは、晶斗を睨みつけた。
「故郷の山がなんぼのもんよ。じゃあ、訊くけど、時間をさかのぼれるとして、晶斗は変わりたいと思うの。ここでこうしている自分じゃなくて、別の考え方をする、未知の他人のような存在に?」
晶斗は首をすくめた。
「たしかに、あんまり面白くなさそうなシミュレーションだな。疑って悪かったよ」
「失礼しました。我我は冷凍少女の精神力を見くびっていたようです。許してください」
プリンスは軽く目を伏せた。
やっと無言の圧力が消えた。
二人はユニスの次の言葉を待っている。すっかり落ち着いた二人の態度に、ユニスは、自分のイラつきをぶつけたのが急に恥ずかしくなった。
「もういいわよ、許すわよ。わたしもキツい言葉で言い過ぎたわ。本気で怒ってるワケじゃないから」
ユニスは、いからせていた肩の力を抜いた。




