049:乙女は過去の記憶を抱きしめる
ユニスは見晴らしの良い場所に出て麓を見下ろした。
オレンジ色の光点がいくつも見える。村の入口付近だ。
あれは松明の明かりだ。この日、村には、光球を光球を作れるシェイナーが不在だった。村人は夜の山へ入るため、獣避けの用心に、捜索に出る村人の数だけ松明を用意したと聞いた覚えがある。
山の風景は昼と夜とでまるで異なる顔を持つ。慣れた者でも夜の山は危険だ。
山へ入る一本道で、突然、松明の灯りが消えた。
ユニスは、その場所がよく見える位置まで、斜面を下りた。
「あの辺りに空間の歪みでもあるのかしら?」
ユニスはシェインの目を凝らした。
透視が利かない。
山へ登る道と村へと続く道の境界の辺りは漆黒の闇に包まれている。
と、先刻の場所から数百メートルは離れた場所に、ポツンと光点が出現した。
オレンジ色の松明の光点だ。地上に並んだ星粒のように瞬いている。
「え!? まさか、空間移動したの!?」
灯りの隊列がわらわらと乱れた。空間移動に驚いた村人が混乱をきたしているとしか思えない。
山道を行く村人が、歩いても歩いても、道の景色が変わらない。目的地に着いたと思ったら、なぜか出発点に戻されていたりする。その正体は魔物の悪戯だったとか……。今夜みたいなおかしな夜に、空間の歪みに巻き込まれて異次元の道をいつまでも巡り続けたら、それこそ子供の頃に聞かされた民間伝承だ。
ユニスは村人の様子を透視した。幸いにも歪められた道は山と麓が隔絶されているだけだ。途中で引き返せば村へは帰れる。
ユニスは辺りを見回した。そして、初めて、周囲にはひどい歪みの空間が漂っていることに気付いた。
「なんてこと……いまは、この山の全域が歪みの中にあるんだわ。まるで、遺跡の中の迷宮みたいに」
ユニスは急いで斜面を登った。
山道の左右を透視する。
道に沿った空間は混沌としていた。そこかしこで空間が切れている。途切れた先は別の場所へとランダムに繋がっているのだろう。
「迷宮の通路と同じだわ。肉眼で見えるのとはまるで違ってる。村の人たちが、とんでもない場所へ移動してしまうかも……」
ユニスは月を仰ぎ見た。
「月齢も違う。あの日は新月だったのに」
目を閉じた。
もう一度、洞の中を透視する。
小さなユニスとマユリカはスヤスヤと眠っていた。
「ここはわたしの過去の時間に間違いないわ。わたしに必要だった事故は済んだから、もう助けが来てもいい頃だけど……」
ユニスは斜面を登った。
細い山道に立つ。
「ここだけじゃない。辺り一帯がひどい空間になってるんだわ。あの子達が来たせい……じゃないわね。もしかして、空間異常は、時間を移動したわたしたちのせいだったの?」
古代の理紋はユニス達の時空間の移動に共鳴したのかもしれない。
小さなユニスとマユリカの遭遇した災難も? さらに未来、ロミの研究所での集団失踪事件も、この時空間の混乱に巻き込まれた可能性も出てくる。
この世界がユニスのせいで狂ってしまった?
もしも、元の時間軸に戻らなかったら?
この自分は、いや、この世界はどうなるのだろう。
ユニスは、ぶるっと身を震わせた。激しく頭を横に振る。皮膚のすぐ下を流れる血がひどく冷たく感じられた。
「そんなこと、ない。夜明けまでに、時空間の混乱は収束するはずよ。それに、ここが迷宮なら、崩壊させられるわ」
遺跡を崩壊させるには、遺跡の核である光珠を取ればいい。だが、遺跡は建築物のような物体だ。自然の山の中に出現した異常空間には、隠された迷宮の中の迷図みたいな空間や、構成の核となるラディウスが存在しているのだろうか。
ユニスは細い道の横手に降りた。
洞の真正面を通るのは避けた。
子供たちは眠っているが、不用意に近づけば洞の入り口近くにいるマユリカが、ユニスの気配に気付くかもしれない。
木に身を隠しながら回り込む。
ユニスは、あちこちに存在する歪んだ空間に用心しながら、こっそり洞の様子をうかがえそうな場所へたどりいた。
さて、どうやって、小さな自分の現状を変えないように、この事態を少しでも良くするかだが……。
ユニスは、木の幹に手を着いて爪先立ちになった。
その瞬間、冷たい手がユニスの口を塞いだ。同時に胴に回された片腕が、ユニスの体を軽軽と抱え上げた。




