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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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048:回帰行シフト4

 晶斗は草の上に寝ころんで、月を眺めていた。

「なあ、どうしてあの二人を見つけるのに、夜明けまでかかったんだ。村人は、この場所を知っていたはずだろ」

 小さなユニスとマユリカは洞の中で眠ってしまった。

 プリンスが透視で実況中継したから晶斗も知っている。

「この野原は山の中腹にありますからね。当時は、小さな女の子が二人だけで、ここまで来るとは考えなかったそうです」

 プリンスは草の上に膝を立てて座り、遠くを眺めていた。

 冴えた銀の月のような美貌は、疲労のためかいつもより白く見える。

「ユニスは昔から行動力があったんだな」

 晶斗は月を睨んだ。


「それでも、変だぜ。ここは村から山に入る一本道だ。探しに来たら、あの子達に気付かないはずがない。この辺りはシェイナーが多い地域だとユニスから聞いたことがあるぞ。シェイナーは捜索に出なかったのか」

「近在のシェイナーは出払っていたそうです。そして、奇妙なことに私達の居るこの辺りだけ、捜索範囲から抜けていました。後日、調査に来たシェイナーが、セビリスの理紋の影響だったという見解を出していますが、真相は不明です」

「なぜ、よりによって今日だけシェイナーがいなかったんだよ?」

「それは……」

 プリンスは晶斗へ向いた。眉をひそめている。


「守護聖都近郊の複数箇所で歪みが発生したんです。その緊急報告を受けた日でした。事態を収拾するため、シェイナーに緊急招集をかけ、各地の歪みに対応するよう、指示が出されたのが、この日の午後十四時でした。この村には歪みの発生は確認されていませんでした。ユニスとマユリカの迷子は夕方以降の事件だったので、守護聖都に報告が届いたのは夜になってからです。理律省が子供の捜索にシェイナーを派遣するよう指示を出したのは、その後でしたから」


「いや、アンタを責めてるわけじゃないんだ。いくらアンタでも、十年以上前は子供だったし」

「私はもう理律省にいましたから、私の責任でもあります。ただ、各地の歪みの発生と、この村で起きた子供の事故とを関連づけて考えた者は、私を含め、誰もいませんでした。後年、ユニスのファイルを見て、この事件が同じ日だったと知りましたが、それが何を意味するのか、わかるものはいませんでした」

「その、歪みの始末の方はついたのか」

「その方は問題なく。歪みの発生は自然現象でもあるし、夜明けまでにはすべて収束したので、特に気に留めなかったんですが……。それが、今日のここでの出来事と、どう繋がると?」

 プリンスは怪訝(けげん)な眼を晶斗に向けた。

「俺達は時空間の異常が発生したのを知っている。その理由もな。俺の隣には帝国一のシェイナーがいるのに、てんで役に立たないときた。宰相閣下、俺達は優秀なんだぜ。ユニス一人探せないなんて、おかしいだろうが」

 晶斗は寝ころんだまま、左ガードグローブのセンサーを操作した。

「やっぱりだめだな。子供二人分の熱感知しかできねー。シェイナーならどうやって探索するんだ?」

「シェインのセンサーです。自分の感覚(センス)を捜索範囲全域に網のように広げます。今も帝国中を捜しましたが、どういうわけか、ユニスの存在はわかりません」

 プリンスは前を向き、顎に右拳を当てた。

 晶斗は掲げた両手を左右に広げて草の上に落とした。

「俺達の捜すユニスは本当に消えちまったのか……とッ!」

 晶斗は、左手首を左手首を顔の前に持ち上げ、次の瞬間、腹筋で起き上がった。


「そういうことか。俺達のユニスが見つけられない理由がわかったぜ。おい、これを見ろよ」

 晶斗は左手首をプリンスの方へ突き出した。黒いバングルの上に、薄緑色の細い線が野原を立体映像化して区画に分けられたその範囲で、赤い光点が二つ点滅していた。

「これは小さなユニスとマユリカの位置だ」

 晶斗は腕を引き戻し、索敵の設定を変更した。

 立体映像から赤い光の点滅が消える。

「ほら、子供の反応を消して、俺とアンタの生体反応を表示するように変えても、反応が出ないんだ。機械の性能を信じるなら、俺達はここにはいないことになる。なぜだと思う?」

「私達は死者ではない。私達の存在は、この空間の圏外にあるようですね。たぶんここは、時空間異常の台風の目のような場所なんでしょう。私達は時空間異常という嵐の目の中にいるようなものです」

 謎が解けた嬉しさに、空の月に劣らず銀の美貌が輝き出す。

「それならこの雰囲気の理由が分かります。遺跡(サイト)の迷宮と同じ、私たちがこの地に降り立ったその時から、山全域が迷宮と化していたんでしょう。私のシェインでも時間の向こう側は探知できませんからね」

 迷宮は次元と空間の歪んだ空間の塊だ。通常ならば範囲を限定された遺跡と呼ばれる現象の中にある。

 ただし、目に見えぬ歪みは自然界にも存在する。山全域が歪みの領域と化すのは、珍しいが前例が無くはない。

「そういうこった。俺達には時間の歪みまでは視えないが……」

 晶斗はポケットから黒いサングラスを出した。ブラックオパールの光沢を放つ合成レンズには、シェインによる歪みを視る特殊加工が施されている。空間の歪みを解析して人間の目が理解できる映像に変換された解析画像は、実際の風景に空間の歪みが幾何学的な緑の蛍光線模様で重ねられていた。


 歪みの形状はさまざまだ。ポッカリと空間に開いたいびつな形の穴もあれば、ひと筋だけの亀裂もある。それが辺り一帯を覆い尽くしている。


「おーお、波長を変えて視りゃ、ここいらの空間はガタガタだぜ」

 肉眼ではまっすぐに見えていた道も、直線ではなかった。今はたくさんの正方形のパネルが風景の中に散らばっているようだった。

 山の夜景をスクリーンに、蛍光緑の幾何学模様があちらこちらを浮遊している。歪んだ空間が重なっている処は、パネル状の物体がいくつも重なっているようだった。歪みがひどければ、パネルの重なる部分も多く、蛍光緑の色合いも濃淡さまざまだ。

 センサーによると、歪みの領域は山をすっぽり覆い尽くしていた。ブラックオパールのレンズ越しに視える夜景は、輝く緑のオーロラで構成された幻想世界さながらだ。

「空間の(みち)があちこちでぶち切れてるな。安全な空間がまとまっている場所は、俺たちがいるこの野原くらいだ」

 次元と空間の歪みは混乱を引き起こす。一歩先は、目の前にあらず、山の裏側に出るかも知れない。時間すら不安定だ。一夜が明ければ、三日か半年後か。最悪の場合、何十年もの歳月が過ぎているかも知れないのだ。

 晶斗は黒いレンズを額に押しあげた。

「さーて、これが遺跡の迷宮なら、限定された空間を踏破すれば安定するわけだが、山ごと歪んだ領域を、どうやって踏破する?」

「山が歪んでいるわけではありません。時空間の歪みがこの付近に重なっているんでしょう」

 土手を見上げたプリンスは、さっきとは打って変わって愉快そうだった。

「遺跡の外郭(がいかく)が無い迷宮みたいなものですね。ユニスなら喜んで迷図を探すかも」

「あいつなら、ためらいなく迷宮の核となるラディウスを取って、崩壊させそうだな。なにせ、データ取りとか学術的価値なんざ、てーんで気にしないからさ」

 晶斗は笑った。

 プリンスはうなずいて立ち上がった。

「迷宮が崩壊すれば、歪みも失われる。そこが接点(ポイント)です。歪んだ時空間が元に戻れば、私たちの時間も正されるでしょう」


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