047:回帰行シフト3
生命がけの、極限の集中だった。
この集中力をつけるために、大人のシェイナーは、血を吐くような訓練を何年も積むというのに。
シェインの才能のない普通の人間なら、こんな風にはならなかった。
雑多な思考がある大人なら、できなかった。
小さなユニスが元元持っていたシェインの資質が無理矢理引き出され、生存本能が唯一の正しい方法を選択した。
古代理紋の力は、速やかに小さなユニスの中に取り込まれた。時間の経過と共に光は弱まっていく。
――シェインヲ恐レルコトナカレ。シェインハ、人間ノ思イ通リニナルモノダ。
小さなユニスが無意識に呟いている。
大人のユニスは自分の思考状態もだいたいは覚えていた。これは大人がしていた会話を聞いて、断片的に覚えていた継ぎ接ぎの思いが浮上しただけだ。そんなふうに、冷静に分析できた。
「そうよ、落ち着いて。シェインはコントロールできるの。光が収まってから外へ出ればいいのよ。その時にはセビリスの紋章はこの世から失われているから……」
昔から、ユニスの村には、山に女神セビリスがいるという言い伝えがあった。雪と氷に閉ざされた山で遭難した狩人が氷の魔物に襲われた話、雪の山道で村人がセビリスの使い魔・氷狼を見たという伝説だ。人の命を奪うというこの伝説ゆえに、女神はしばしば女悪魔と呼ばれるようになったのだ。
「これがその正体だった。だから、わたしがここで見たのは、セビリスの紋章だったと教えられたんだわ。他の誰も見たことが無い、すでに失われたという古代理紋……」
ユニスは目を開けた。
視える。ユニスのシェインの視線は、小さなユニスと完全にシンクロしていた。
小さなユニスの前で、理紋の光は消えた。すっかり力を奪われたのだ。紋章が刻まれたボードは崩れ始めた。自らを維持する力さえ失って、古代からの歳月が一気に襲いかかり、あっという間に、古代の理紋はボロボロの塵となって崩壊した。
ボードのあった跡形すら残らなかった。
地面に落ちた塵は土と見分けがつかなくなった。
次の日から、村の大人や調査に来たシェイナーが目を皿にして探しても、何も見つからなかったわけだ。
小さなユニスとマユリカから、大人は根気よく聞き取り調査をした。何人ものシェイナーが面談した。でも、小さなユニスは子供だったから、うまく説明できなかった。それが記録に残されたのだ。
――コレデ安全ニナッタ。マユリカト一緒ニ、オウチニ帰ラナクチャ。
小さなユニスはくたびれた。
洞から出るつもりはあった。でも、動けなかった。洞の入り口で待つマユリカはうずくまっていた。その頭がコクリと傾く。マユリカも本能で安全を確信したのだ。気がゆるんだら眠ってしまった。
小さなユニスも、その場でことんと横になった。
大人のユニスは意識の力を総動員して、透視を打ち切った。
ユニスは、両腕で抱えた膝に顔をうずめた。
大きくなった今なら、五歳の女の子をひとりずつ抱き上げて、洞から連れ出すことも可能だ。
そうしてはならないことも、よくわかっている。
これはとっくに解決した出来事だ。
ユニスの中にある思い出のひとかけら。
そっと触れても痛みはもう無い。心のどこかにある白く乾いた傷口からは、二度と見えない血も流れない。
ユニスは顔を上げた。
辺りが暗い。
空には月が出ている。
「とうとう夜になっちゃった……」
もうすぐだ。村中総出の捜索が始まるのは。
だが、小さなユニスとマユリカは、夜が明けるまで見つからない。
ユニスは木の幹に手を突いて立った。
今夜は満月だ。煌煌たる金色の光で、山の道辺は本が読めそうなほどに明るく照らされている。夜道を行くにはありがたい夜とも思えるが……。
「なにかが変だわ。……まだ終わっていないの?」
ユニスは洞のある方角へ歩き出した。




