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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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045:回帰行シフト2

 プリンスは頭を抱えた。

「この山にはユニスとマユリカの遊び場があったんですよ」

「アンタもここへ来たことがあるのか」

「いいえ、私は報告書を読んだだけですが、青い花の咲いている秘密のお花畑に遊びに行こうとして事故にあったということでした」

「ここかよ!? いったい、何が起こるんだ。とにかく隠れよう」

「いや、どこに隠れる場所があると?」


 野原の真ん中だ。草の丈は短い。子供でも、土手から覗き込めば晶斗とプリンスの姿は丸見えだ。木の生えている所まで野原を突っ切るには、いかに俊足の二人といえど距離がある。


「シェインで隠れようぜ」

「時空間の異常が在る場所で空間操作はしたくありません。別の手を使います」

 プリンスは身を起こし、土手を登りきった。

「あ、おい、こういう場合は、人に会ったりして、過去を変えちゃいけないんだろ?」

 晶斗を無視してプリンスは道に立った。

 やってくる二人を迎える。

 突然現れた見知らぬ男に、小さなユニスとマユリカは、びっくりした顔でその場に立ち尽くした。

 二人の目は、プリンスの顔に惹きつけられた。食い入るように見つめている。幼い顔が淡い薔薇色に染まり、幸福そうな微笑みが浮かんだ。

「こちらに来てはいけない。村に戻りなさい」

 プリンスは優しく言った。


 ユニスとマユリカはコクリとなずいた。くるりと方向転換した。元来た方へと歩き出す。二人はちらちらとプリンスを振り返った。でも、歩みは止めない。大人の言いつけを守る良い子なのだ。


 プリンスは道から降りてきた。

「あぶないところでした」

 プリンスは土手を背にして座る晶斗の横に、どっかりと腰を下ろした。

「いいのかよ、あんなので?」

 晶斗はどうにも釈然(しゃくぜん)としない表情で、土手の上を指差した。

 プリンスは涼しい顔でうなずいた。

「ユニスは事故に遭った日、山で若い男の姿をした神様を見たという証言をしていましてね。マユリカ嬢の証言も一致しています。そのため二人は、山の神のご神託を受けた巫女ではないかと騒がれたという記録があります。これがそのオチの正体でしょう」


「アンタが神様なんて、世も末なオチだぜ。……、おい?」

 晶斗は顔をしかめた。ところが、プリンスの反応が無い。

 プリンスは青ざめていた。

「なんだよ、いまさら、ヤバイのに気が付いたのか。姿を見せるのは俺の方が良かったのかな」

「二人がケガをするのは、この直後です。神に出会って、村へ帰ろうとしたが、よそ見をしていて道の脇に滑って落ちた。そこは古い穴があって……」


 遠くで甲高い子供の悲鳴がした。


 土手を昇ろうとした晶斗よりも、プリンスの方が速く動いた。

 プリンスは左肘の強烈な一打を晶斗の顔に見舞った。

 晶斗は土手の下まで転がり落ちた。仰向けで低い呻き声をあげ、上半身を起こすと、血を吐き捨てた。

「……やりやがったな……」

 晶斗は口の端に流れた血を左手の甲で乱暴に(ぬぐ)った。

「落ち着きたまえ、これは過去の出来事だ。今行くのはまずい」

 プリンスは冷静に告げた。

 晶斗は握った右拳を震わせた。

「やりすぎだ、バカ野郎。殺す気か」

 もう一度、草の上にゴロリと寝転んだ。

「あいにく、東邦郡(オリエント)のシリウス相手に手加減はできなくてね。それで少しは頭が冷えましたか」

 プリンスは土手を降りて来た。晶斗の横にどっかり腰を下ろす。


 小さな女の子達は泣いている。ふいに泣き声が大きくなった。奇妙な反響(エコー)がかかって聞こえる。音が反響する空間の大きさが変わったようだ。


「小さなユニスが古代理紋の隠されていた空間を見つけたようですね。そこでセビリスの紋章を見た……。忘れ去られていた古代の理紋です。優れたシェインの資質を持った女の子が二人侵入した影響で、古代理紋は何千年ぶりかに発動したらしい、というのが、トリエスター教授の見解です」

「ややこしい話だな。それで二人はどうなった?」

 晶斗の問いかけに、ひと呼吸の間をおいてプリンスが答える。

「小さなユニスが、発動した古代理紋の力をすべて吸収しました。それで古代理紋は失われました。朝になってから、ユニスがマユリカを連れて山の麓に帰ってきたそうです」


 女の子の泣き声が小さくなった。

 ユニス、と聞こえた。マユリカが呼んでいる。ユニスはだいじょうぶなの? そこになにがあるの?――ユニスの返事は聞こえない。


「おい、なんとかならないのか」

「なにも。ユニスがセビリスの紋章を見つけなければ、この時間軸の異常が正されないのでしょう」

 プリンスは両手の指先を組み会わせ、祈りのように額に当てた。

 晶斗は両手で顔を覆った。

「ちくしょうッ。ああ、わかったよ、くそったれ。俺の知っているユニスのシェインは、この事故をきっかけに発揮されるんだな。俺達は二人が無事に帰ってくるのを知っている。……あと何時間、辛抱すりゃいいんだ?」


 晶斗は指の隙間から夜空を見た。

 プリンスは天を仰いだ。


「陽が落ちても二人が帰らないので、家族が村役場に届けました。夜になると村人が山の捜索を始めました。しかし、二人は見つからなかった。ユニスがマユリカと一緒に帰るのは夜が明けてからです」

 泣き声が一人分しか聞こえなくなった。

 ユニスとマユリカのどちらだろう?

 晶斗は草の上に足を伸ばした。片膝を立てて土手の傾斜にもたれる。

「……ほとんど拷問だぜ、これは」

 晶斗はかすれた声で呟いた。

 プリンスは、血走った目を晶斗へふり向けた。

「私が平気だとでも?」

 剣の切っ先のようなその視線を、晶斗は冷ややかに受け止めた。

 二人の距離は、剣とガードナイフの間合いギリギリだ。いくら冷静さを欠こうとも、命懸けの最後の一線だけは無意識に引いてある。お互い因果な職業病だ。

「そうは言わないが、アンタはシェイナーだ。何でもいいから、できることはないのかよ?」

「あの子達を助けるのは簡単です。私達が穴から救出すればいい。シェインもディバインボーンズも必要ない、成長したユニスがシェイナーになれず、いつか砂漠の遺跡地帯で護衛戦闘士(ガードファイター)のシリウスを救助しなくてもいいならね」

 プリンスは一息に喋った。

 晶斗は顔を背けた。

「噛みつくなよ。……俺が悪かった」

 風に乗って途切れ途切れに女の子のすすり泣きが聞こえる。

「なあ、俺の知っているユニスは、この世界のどこにいるんだろう?」

 晶斗は上半身を起こした。

「ユニスはこの山をよく知っていますから、事故の前に来なかったということは、怖くて山に登れないのかもしれません。時空間の異常には気付いているはずですから、この近くにいるはずです」

 プリンスは左手首の腕時計を見た。

「我我がここに来てから三時間。遅すぎますね」

「ここで待っていても来ないなら、俺達が山を降りるか?」

「彼女がシェインを使えば、私にも探知できるんですが……」

「あーあ、俺達って役にたたねーな」

 晶斗は両腕を広げ、草の上に大の字になった。


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