044:回帰行シフト1
晶斗とプリンスは見透しのいい野原にいた。
小さな青い花が一面に咲いている。
山並みかすむ空の下、なだらかな傾斜に耕作地が広がる。用水路は幾何学模様を描き、その向こうにかやぶき屋根が点点と見える。
「ルーンゴースト大陸の、どこかの田舎だよな。東邦郡って雰囲気はしないから、シャールーン帝国の田舎ってとこか」
晶斗は腕組みして田舎の景色を一望した。
「この風景はシャールーン帝国の東の方ですね」
プリンスの冷厳な美貌には焦りも困惑もなかった。山の景色を眺めて考え込む様は、思索にふける哲学者のようだ。
「彼らが失敗したとは思えません。私たちの方がしくじったのでしょう。ここが正しい帰還場所ではないのは確かです」
「で、ユニスはどこに行ったんだろう?」
「また一人で飛ばされたようですね。彼女の持つシェインは特殊だから、古代の理紋が関わるとシェインの稼働する『力ある場』から弾かれるのかも知れません」
プリンスの見解に、晶斗は、フーム、と顎に手を当てた。
現在のユニスがシェインをほとんど使えない状態になっているなんて、二人は想像すらしていない。
「だとしたら、ここはどこなんだろう。古代とは空気の匂いが違うな。なんとなく、俺達の時代みたいな感じがするんだが」
「ここの景色には見覚えがあるような気がするんですが……」
プリンスは視線を右から左へと巡らせた。
「宰相閣下に見覚えがあるなら、守護聖都の近くか」
「あの山脈の見え方から、守護聖都から東へ百キロほど離れた場所だと思いますが。……ああ、わかりました。ここは、ユニスの生まれた村の郊外です」
プリンスの指差す方に、細長い鉄塔があった。
『理律の収束塔』だ。立体化された理紋の作用によって自然の中から抽出されたシェインのエネルギーは塔に貯蓄され、村の各家庭に分配される。調理や灯り、冷暖房など、生活に必要な機器を稼働させる伝統的なシェインのシステムだ。
改良の進む都市部と違い、シャールーン帝国の田舎町は古い伝統がそのまま残されている所も多い。
「あの鉄塔の先端飾りが鳥の翼のようでしょう。この村の伝統的な装飾ですが、ユニスが十二歳の時に凍らせて破壊しました。職人の手による一点物で、同じものは世に二つと在りません。壊れた収束塔は一年後に撤去され、違う場所に新しいのが造られました。私たちの時間にあれは現存しないんです」
プリンスは鉄塔を眺めて目を細めた。
「な~るほど、ようやく合点がいったぜ。俺達はユニスの過去の時間軸に巻き込まれているんだな」
晶斗は低い声で返した。
「けっきょく、始めからユニスを中心に事件が起こっていたんだ。ここがユニスの思念に反応した結果の場所なら、どんな意味があるのか、俺にも教えてくれないか。アンタのことだ、どうしてユニスがいる所に限って時空間の異常が引き起こされたのか、仮説くらいは立てているんだろう?」
「そろそろ訊かれるとは思っていましたが……。ユニスのシェインはセビリスの古代理紋から発症した後天的なものです。一年前の理紋の研究所の事件は、おそらく盗賊団が偶然、セビリスの紋章の封印を解いて発見したことに発端があると思われます。ただ、ユニスと時空間の異常との関連性までは説明がつきませんがね」
「アンタのシェインでもわからないのか」
「私は神人ではありませんから」
プリンスは苦笑した。フェルギミウスは皇室の祖だ。ルーンゴースト大陸を創造した神神の血を引く初めの人間で、神に等しい神力を持っていたという。
「じゃあ、質問を変える。ユニスの過去には、いったい何が在るんだ? いつもは悩みなんて欠片も無いみたいなやつだぜ。そんなユニスが戻りたいと後悔するような時間なんてのが、あいつの過去のどこかに転がっていたのか。本人が忘れていても、アンタが調べさせた記録には何か残っているだろう」
「この場所ならわかります。ユニスが古代理紋を見つけた日でしょう。それがユニスがシェインを発現するきっかけとなった事故です。ユニスが後悔しているかどうかは不明ですが……」
プリンスは珍しく言葉尻を濁した。
「あいつのトラウマか」
「私が調査させた時には、ユニスもマユリカも、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の後遺症はありませんでした」
「ユニスはその事故を止める気かな?」
「それはなんとも。今、この世界のどこかにいるユニスが、この時間軸の正体に気付いているのかどうかもわかりませんしね」
「とにかく捜そうぜ。ユニス本人がいないとラチがあかない」
晶斗はすばやく振り向いた。
「誰か来るぞ。土手の上だ」
二人は低い土手を登った。上の道に出る少し手前で草むらに身を伏せる。これで上からは二人の姿は見えないはずだ。
「ユニスかな?」
「違いますね。シェイナーの気配はしません、村人でしょう。でも、私達の姿を見られるとまずいかな?」
遺跡地帯とは縁のない片田舎の村だ。遺跡の発掘や護衛戦闘士の用向きは無い。魔物狩人も需要は無い。平和を絵に描いたような村だ。怪しい余所者がうろついていると警察に通報されたら困る。
「どうやら子供です。私が見てきます」
「おお、気をつけろよ」
プリンスは中腰で土手の上まで行った。
道を覗いている。
プリンスの端正な横顔が引きつった。
晶斗は急いで土手を上った。
「どうかしたんか?」
「女の子が二人来ます。見覚えのある子たちです」
陽気なかわいい歌声が聞こえてきた。
村に続く方の道から、二人の女の子がやって来る。仲良く手を繋いで、愛らしい姉妹のようだ。ひとりは晶斗のよく見知った金茶色の髪と瞳をしている。もうひとりの子は、金茶色の髪に黒い瞳だ。
「あの金茶色の目の子はユニスだよな。黒い目の子はマユリカちゃんか。二人とも顔は子どもの頃からあんまり変わっていないんだな」
「シェイナーには、稀に歳を取るのが極端に遅い者が出ることがありますが……ユニスは童顔ですから」
「本人も気にしていたな。……やべ、こっちへ来る!?」
晶斗は慌てて頭を引っ込めた。




