043:乙女は記憶を友に歩む
ユニスは漆黒の空間にいた。
暗闇だから右も左もわからない。移動する際の空気の動きも感じない。
でも、運ばれていく。
ユニスは緩やかな流れの中にいると感じた。人間の知覚では計り知れない巨大な流れだ。あらゆる空間へと続き、永遠の向こうにまでも流れ込む。
――ここは時間の海の潮流。
ユニスの脳裡にそんな言葉が閃いた。それは自分で思いついたのか、誰かが囁いたのかは判別できなかった。晶斗はこんな蘊蓄を言わない。プリンスなら言いそうだが、二人が近くにいるのかもわからなかった。
突然、ユニスは光に包まれ、目が眩んだ。
世界に光が戻った、あるいは、ユニスが光のある場所に到着した。
水の流れる音が聞こえる。
ユニスは恐る恐る目を開けた。
なだらかな緑の風景。のどかな田園地帯だ。
田舎らしい家屋の屋根が見える。
ここは小川にかかった橋の上。
ユニスは木製の手すりから下を覗いた。幅の狭いせせらぎだ。流れの真ん中に亀に似た形の飛び石がひとつ。大人なら一歩で跳び越せる。
「ここって、まさか……!?」
ユニスはグルリと三百六十度を眺め回した。
森の向こうに見える低い山並み、耕作地と田舎家の屋根。
ユニスの記憶に刻み込まれている故郷の風景そのものだ。忘れようもない、子供だった頃、毎日のように遊んでいたお気に入りの場所。
「ここはわたしの……」
ハッとして、ユニスは辺りを見回した。
「晶斗、プリンス、どこにいるの?」
ユニスはシェインで半径数百メートル以内の気配を探った。
――あ、シェインが使えた!
懸命に晶斗とプリンスの気配を探ったが、近くには人間はおろか小さな生き物の気配すらも感じられない。
ユニスはシェインの目を一気に空の高みに放った。
世界を見下ろした。
だが、晶斗とプリンスはどこにも気配すらなく……いや、何かが違う。
ユニスは刹那に感じたかすかなシェインの感覚を留めようとした。
「透視はできる……んだけど、視える範囲がすごく狭い? 掴める情報が限られているんだわ。これじゃまるで、やっと透視ができるようになっただけの子供みたいな初心者じゃないの……!?」
とにかく落ち着かなくちゃ、と、深呼吸する。
「正しく時空間を移動できていれば、三人一緒にあの湖の側へ帰還できたはずよね。だって、ここは今回の事件とは何の関係もない、わたしの故郷だもの。と言うことはつまり、時間と場所がずれてしまったということで……」
時空間の移動に失敗した
村長から受けた忠告を思い出す。
必ず接点となった同じ場所から、ふたたび移動しなさい。移動可能な時間は、約二十四時間。月の位相が変わるまで。
「でも、ここは接点じゃないような気がするわ。じゃあ、晶斗とプリンスのいるどこかが接点なのかしら?」
どちらにせよ二人を捜さねば事態は進まない。
ユニスは村に行く方へ橋を渡った。
畑の中の小道に立った時、かわいらしい歌声が聞こえてきた。
ユニスも知っている懐かしい童謡だ。
単純なメロディーの繰り返し。
村の方から、田舎道を小さな子が二人、てくてくと歩いて来る。年の頃は五歳くらいの女の子たちだ。似通った金茶色の長い髪が双子の姉妹のよう。赤いスカートと水色のスカートは同じデザインのお揃いだ。
「なんか見覚えがあるような……?」
赤いスカートの子が、ててーッ、と走り出した。それを水色のスカートの子がはしゃぎながら追いかける。二人の金茶色の長い髪がやわらかく風になびいた。
二人は笑いながら走っていく。二人の声が聞こえてくる。
――こら、マイ・ユーニス、とまれーっ!――
――かけっこよーっ、マーユ・リカー――
「あの子たち、わたしと……親友の、マユリカ? じゃ、ここは、わたしの過去の世界!?」
女の子たちは、山の方へ行く。
「まさか……ここは……あの日なの?」
ユニスは呟いた。
無邪気に笑う女の子達は小川の橋を渡った。二人の姿は山の方へどんどん小さくなっていく。
「……ダメよ」
そっちへ行くと怖い目に遭うわ。
二人とも戻ってきて。
今なら、この時間なら間に合うの。
まだ引き返せるのよ……。
ユニスの足は勝手に動いた。まるで見えない糸に引かれるように、女の子達の後を追った。




