042:タイムはスリップしやすいから注意するべし
ユニスは辺りの樹木を観察した。鬱蒼とした森は、強盗団の隠れ家を見つけた森と同じ森のはずだ。しかし、木木の様相が微妙に異なる。
「ここは違う森なの?」
ユニスの知っている森の木木はもっと細い木がたくさんあった。道もこんなに狭くなかった。
「そりゃ違うさ。俺達の時代にあるのは、今生えている木の子孫だから」
晶斗が笑った。
「あ、そういうことね」
ここは遠い過去だ。ユニスの時代の森の木木はずーっと後の、子孫なのだ。この木木はこれから世代交代を繰り返し、ユニスの時代にまで命を繋いでいく。
一本の巨木の根元に深い穴が開いていた。穴の縁は、降りやすいように、下へ向かって土が階段状に整えられていた。
「私達の時間軸は奥の部屋にあるそうです」
村長について穴に降りた。
始めの部屋は明るく乾いていて、中には大きな木の箱がたくさん並んでいた。
村長が、これは空の箱だ、と説明した。秋の収穫時に中身を詰めて奥の保管室へ入れるという。
「こんなの、来たときはなかったわ」
「時間と空間がずれていたせいですね。この状態が、この時間の正しい現在なんですよ」
奥への鍵は開いていた。
見えない門をくぐる。
「きゃあ、すごく寒い!」
理紋の在る部屋は強烈に冷えていた。壁も天井も白く凍りついている。
木箱の他にも、果実らしい物が入ったカゴが壁際にギッシリと並んでいた。
「ぜんぶ凍っているわ。ここは冷凍庫なのね」
「夏の間に森で採集した木の実や果物をここで保存しているそうです」
「すごいな、あの理紋が光ってるぞ」
晶斗の声に、ユニスは顔を上げた。
正面の壁に菱形で銀色のセビリスの紋章が、燦然と輝いていた。
「すごい輝きだわ。シェイン全開って感じがする。でも、わたしたちには何の影響もないのね」
「もともと強力な上に、ここは古代です。あれは理紋の力が弱まる以前の、本来のパワーなんですね」
そこで村長が話しかけてきた。
「三人で理紋の前に並べと言ってますよ」
プリンスが同時通訳する。
「プリンスの方が、あたしよりも意思の疎通がスムーズみたいね」
「そうでしょうか。彼らの言語は私達には発音しにくいですが、会話は普通に通じますよ」
「きっとご先祖様だからだ。そういうの、わからないのか?」
晶斗も巨人族がプリンスの遠い血族だと思ったらしい。
だが、プリンス本人は、考古学的ロマンの欠片もなく冷静だった。
「そう言われても、ピンときませんね。うちの一族の先祖は、一万五千年前にはこの辺りにはいなかったはずですし。もっとも、すべては伝説の彼方です。ここが神話成立以前の時代なら、真実は誰も知りませんから」
その時、ユニスたちの会話の内容を悟ったのか、村長が会話に入ってきた。
『君たちはフェルゴーだ。特に君は間違いなく』
今使用されたその単語とその意味は、間違いなくプリンスを指していた。ユニスは確信した。
「俺にはフェルゴーしか聞き取れなかったけど、プリンスのことだったよな」
晶斗にもそう聞こえたらしい。
「わたしもよ。さっきから何度も聞いたけど、わたし達人間のことなのかしら。他にも意味が在るみたいだけど……プリンス、フェルゴーって何なの?」
「私達のことらしいですが、含まれている意味が大きいので一言では説明できません。それより、理紋の前に来てください」
プリンスが村長が話すのを同時通訳する。
「これから時間の歪みと空間の路を開くから、帰りたい場所を考えなさい。特にユニスがしっかりイメージするように」
「わたしが? どうして?」
「ここの鍵を開けた張本人だからだそうです。時空間の移動は不安定なので、帰る時間を間違えないようにと」
「ということは、彼らは時間を自由に操れる能力があるんだな。シェイナーにそんなことを出来るなんて聞いたことがないが、彼らはいったい、何者なんだよ。本当は神神なのか?」
晶斗が訊ねた。
プリンスは村長たちを一瞥した。
「この古代の巨人族は、我我が想像するような神神ではありません。彼らもシェインを使いますが、それは、私の知るシェインとは何かが根本的に異質です。タイムスリップについては、時間移動できることを知識として知っていても、過去や未来には興味がないようですよ」
「でも、この人たちはわたし達のいた時間の世界を知らないわけでしょ。だから、わたしを道先案内人にするのよね。もしも、わたしが行き先のイメージを間違えたらどうなるの?」
すると、村長がくすっと笑ってプリンスに話しかけた。
「どこか別の場所へ行ってしまうそうです。その時は、必ず接点となった同じ場所から、もう一度移動するように、と言ってます。ただし、やり直せるのは、そのための特殊な稼働をさせた理紋の働きが利いている間だけです。猶予はおよそ二十四時間。月の位相が次に移行するまで。村長は、時空に開けたトンネル内でも私たちのシェインが行使できるように、理紋の波長を調整していてくれるそうです」
プリンスが説明を終えないうちに、ユニスが見ていた風景がぐにゃりと歪んだ。
頭上から闇が降りてくる。
ユニスの視界は、あっと言う間に真っ黒に塗りつぶされた。




