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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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34/75

034:乙女は古代理紋に召喚される

 その瞬間、ユニスは首筋の産毛が、ぞわっと逆立った。

 次の部屋への境界線らしき辺り。未知の場所へ一番に足を踏み入れたことをさっそく後悔だ。

「ここって、空気が変だわ。何かがおかしい……。これも空間の歪みなのかしら」

 始めに通過した部屋の二倍は広い空間だ。サッカーフィールドくらいは入りそう。黒い土の地面は(なら)され、ゴミひとつ落ちていない。だが、ユニスも晶斗もプリンスも、それぞれの探知方法で、この場所に人間が居た痕跡を読み取った。

「嫌な空気だわ。ここで誰か死んだのかしら。ネガティブなエネルギーね」

「三人……いや、少なくとも五人以上の血液反応があるぞ」

「かすかですが、シェインを使った痕跡もあります。古代理紋に負けたというシェイナーのものかも知れません」

 プリンスが右手の人差し指を唇の前に当てた。空気の匂いを味わうかのように、唇が細く開けられている。

「血の匂いはそんなに古くありませんね。せいぜい一週間前後でしょう。ここで魔物にでも襲われたか、仲間割れでもしたのか……」

「あ、見て、あの壁!」

 真正面の壁の中央に、銀色の淡い光が浮かび上がっている。横に長い菱型だ。

「あれだな。明かりを点けてもいいか、肉眼で確認したい」

 晶斗はゴーグルを額に押し上げた。

「シェイン系以外のライトにしてください」

 プリンスは注意した。古代理紋は眠っている。うかつにシェインで刺激すれば、覚醒するかもしれない。晶斗は、ガードベストの胸ポケットから銀色の軍用ライターを出した。

 晶斗がライターの火を近付けると、中央部分に嵌め込まれた九つの白い貴石が金色に(きら)めいた。

 銀の菱型は縦横五十センチ程度、大人が持ち運べる絵画くらいの大きさだ。表面に細い銀線で、唐草模様に似た複雑な紋様が描かれている。中央部分には、円形にバランス良く、九つの白い貴石がはめ込んである。

「これは岩に刻んであるのかしら。それとも、別に作られた物が貼り付けてあるのかしら」

 ユニスは古代理紋の真ん前に立った。

 晶斗は左手を壁とボードの(ふち)ギリギリに左手を付いた。ガードグローブの甲の部分が暗く点滅する。ディスプレイに触診結果が表示されたらしい。

「ボードと壁の岩は結晶構造が違う。理紋は三センチほどの厚みがある。別に作られた物が、ここの壁に埋め込んであるんだ。掘り出せばいい」

 晶斗が腰の後ろからガードナイフを引き抜いた。それを壁とボードの狭間に突き立てる寸前、プリンスが晶斗の手首を掴んだ。

「念のためですが、古代理紋には極力触らないでください。物理的な衝撃でも、どんな発動をするかわかりません。三人のシェイナーがどうイカレたのかを聞きそびれてしまったので、事前の対応策が無いんですよ」

「ああ、わかった。でも、理紋に触らない(ふち)ならいいだろ。ユニス、これが入る袋みたいなもの、持ってないか?」

「カバンは持ってない。でも、手で触らずに、私のシェインのポケットに落とし込むのは、どうかしら。空間操作は自分の回りだけで済むし、その理紋が落ちてくる位置で、口を開けて待っているわ」

「いいね、それ、いこう」

 ガツッ、と、晶斗は、ガードナイフの刃先を壁に食い込ませた。


 ぴちょん。


 どこかで水滴の落ちる音がした。

 晶斗が手を止めた。

 ユニスは、息を呑んだ。

 プリンスは太刀の柄を握り、抜刀の構えになる。

 時間が凍りついた数瞬。

 湿気が急速に強くなった。

 金属臭混じりの冷たい水の匂いがした。


「何かが発動したようです」


 プリンスの言葉が終わらないうちに、白い(もや)が漂ってきた。


 ユニスは右の頬に手で触った。

 指先が濡れた。触った瞬間は温かかった水滴が、すっと冷えていく。

 空気中の水分が凍りついて地面に落ち、黒い土を白く化粧する。

 ユニス達の呼気は純白に曇った。


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