033:迷宮は生きている
「どれが正しい通路なのかしら」
ユニスは右から穴を数えた。歪みの解析はユニスの得意だが、
「……変ね、九本ともトンネルみたいだけど、透視しても出口が視えないわ」
古代からずっとここにあった天然の洞窟だ。入ってきた入口からここまでの空間は安定している。たとえば未固定遺跡のように、あちこちに漂う歪んだ空間の作用で、通路をまっすぐに歩いているのに、いつの間にか別の場所へ移送されてしまうような不安定さは感じない。
この洞窟を遺跡に喩えるなら、中に歪みを内包したまま外郭が固定された状態、というのが、もっとも近いだろう。
おそらくはシェインで空間を弄り、侵入者を惑わせる迷宮に仕立ててあるのだ。
ここは、古代理紋を盗人から護るための人工的な迷宮だ。
「正しい道は一つとは限りません。複数ある場合もあります」
プリンスの見立てでは、人間のシェインによる小細工は感じないらしい。
「センサーの計測だと、真ん中の直径が最小だ。一番大きいのは右端。どっちもフェイントなら、オレは左の方を選ぶかな」
晶斗は左端の穴を指差した。最大と最小以外の七つの直径は、七つともほぼ等しいという。
「入口の大きさ以外で、晶斗が左を選ぶ根拠って何なの?」
「俺の勘。基本的に人間は右へ移動する動物だから、普通なら右に罠を仕掛ける。だから左を選ぶのは、まず一般的な選択だ。ここには俺達より先に強盗団が入っている、シェイン以外の仕掛けがあるかもしれない」
晶斗が用心を促した。
「うーん、じゃあ、これが未固定遺跡の踏破だとしたら、探索ができるタイムリミットって、どれくらいあるの?」
ユニスは焦ってきた。九つの穴の透視を初めてから五分は経つ。これが未固定遺跡の探索なら、危険は時間と共に倍増する。
「統計では一時間くらいですね。その間に場が固定化できなければ、危険と判断して退避します。たいがいは遺跡の入口近くの壁に傷を付けて、その傷の修復速度から、滞在できる時間を判定しますが……」
答えてくれたプリンスの見解では、この場所は安定している。だから、未固定遺跡の探索中のように、無自覚に巻き込まれたまま、異次元に連れ去られる危惧は無いらしい。
プリンスは続けた。
「ここでの懸念は、さっきの出入口のタイムリミットでしょう。あの動く錠前が、自然に元の状態に戻るタイプだとやっかいです。ここが生きている迷宮と同じ性質を持つとすれば、いま目視しているこの景色も、時間の経過につれて変化していくことも考えられます」
「けっきょく迷宮の探索に似てるんだよな。やっぱりユニスが選べよ、こういうの、得意だろ」
プリンスと晶斗がユニスに注目している。ユニスはひるんだ。
「そんな、期待されても!? どれも中の通路がよく視えないんだもの」
何度透視しても、九つのトンネルは途中までしかない。そこに行きつく度、ユニスは漆黒の闇のカーテンに包まれたような気分になる。
「まるで何も無いみたい。ぜんぶ行き止まりなのかしら。それとも、わたしが理解できないほど、ひどい歪みの空間になっているのかしら」
「そうですか、私も同じ景色を視ていると思うんですが……。確かに、こうして肉眼で確認できる位置にいるのに、私にも通路の先が視えないのは妙ですね」
プリンスが、珍しく美しい顔を曇らせた。プリンスのシェインはユニスよりも強い。シェインの強さは持って生まれた才能だが、シェイナーが『シェインを行使する』のは、シェイナー自身の体力と精神力の強さに比例する。鍛え抜かれた軍人でもあるプリンスはどちらも桁外れだ。
「プリンスにわからないなら、わたしにわからなくて当然よね」
ユニスは心が軽くなったが、プリンスにジロリと横目で睨まれた。
「それは逆でしょう。透視だけはユニスの方が優れているんですから、もっと集中してください。何らかの結果を出すまで、帰れませんよ」
「……はい」
ユニスはとぼとぼと前に出た。お腹が空いた。シェインを使うとお腹がへるのが早くなる。体力を消耗するのと同じだ。しかし、いまプリンスに空腹を訴えても、トイレ休憩より許可してもらえないだろう。 ユニスは透視に集中しようとした。背後で二人が低い声でボソボソと話している。内容までは微妙に聞こえない。
こっそり右目の端で後方を窺う。
晶斗が左手首のセンサーを示すのに、プリンスが軽く頷いている。ユニスの事を話しているのではなさそうだが……プリンスと視線が合いそうになり、ユニスはサッと前を向いた。胸に不安が込み上げる。
二人に不審に思われるような変なことをしたっけ。
それとも、呆れられるような失敗をやらかしていた?
「あのう、わたし、なにか……?」
ユニスがゆっくり振り向こうとしたら、
「ここを使っていたヤツらには、迷宮の踏破が出来るほどのシェイナーはいなかったのを、宰相閣下に確認したんだ。コルセニーの紋章のある場所は、近いはずだからさ。で、宰相閣下は、変わった遺跡の構造には詳しい。それをユニスに教えてやってくれ、ってね」
晶斗は堂々とユニスの言葉を遮った。
するとプリンスが晶斗へ、じろり、と、けっこう強い視線を送った。まるで「ユニスには余計なことを言わないように」と威嚇したようにもとれる目付きだった。
「ユニス」
唐突にプリンスに呼びかけられた。
プリンスが、ジィー、とユニスを見下ろしている。
「え? あ、きゃあッ、はいぃッ!?」
「なんで悲鳴をあげるんだよ?」
呆れる晶斗を無視して、プリンスはまっすぐにユニスを見据えた。
「つまり、こういうことですよ。古代理紋が隠された遺跡には、一定の構造があるはずです。九つの穴は侵入者を惑わせる幻影でしょう。つまり、古代のシェイナーの仕掛けた罠です。推測ですが、九という数は、一と九でしか割り切れない素数ですから、迷宮の奥に九の素数で表される守護の陣が組んであると考えられます。盗掘者を迷わせる見せかけの通路です。正しい路は一つ、古代理紋が隠された部屋は、間違いなくすぐ近くにあります。このたぐいの仕掛けは、鍵を正しく解錠した者に従うはずですから、迷うことなどありませんよ」
プリンスにしては、へ理屈っぽいような……。九つの守護の陣って、なんだろう。迷宮の奥にそんなものがあるなんて、ユニスは聞いたことも無い。
ユニスは左斜め45度に首を傾げた。プリンスは冗談を言わない。理紋の研究家だから、そんな珍しい事例も知っているのだろう……と、納得する。
「じゃあ、幻影が消えれば、正しい通路がわかるのね。どうやって消せばいいの?」
「ユニスが望めば消えます」
「幻影が消えればいいのに、って?」
ユニスが呟いた途端、九つ穴は、消えた。
そして、中央に一つ、真円に近い形の入り口が出現した。
「あ、あれね。向こうに大きな空間が開いているわ。その奥に何かあるわ」
「成功だ」
パン、と手が叩かれる音がした。
晶斗とプリンスがハイタッチをしたらしい。
「こんどは何なの?」
「いえ、幻影が全て消えたので、喜んでいたんです」
「そうそう、盗掘に慣れた者ほど、迷う仕掛けだったな。あの強盗団は、遺跡の盗掘の経験はあまり無かったんだろうな」
プリンスと晶斗が何を言いたいのか、今度はユニスにもわかった。ヒントはさっきのプリンスの説明にある。
「鍵を開けた者の思念に反応するというところは、本当だったのね。この洞窟に仕掛けられた罠は、入口を開けたわたしに対して発動した。わたしが勝手に想像した人を惑わせる迷宮の幻影を見せていたんでしょ?」
「そういうことです。実際、珍しいケースですがね」
「普通に説明してくれれば良かったのに。わたしが消えろと念じれば済んだのよね」
「思い込みが大切なので、下手に説明すると、逆に思念が固定されて、消えない可能性もありましたから。よく解けましたね」
プリンスは微笑んだ。
褒められても嬉しくない。正しい道は見えたが、引っ掛けられた屈辱感は拭えない。ユニスは二人にプイと背中を向け、とっとと歩き出した。
「おいこら、一人で行くなよ」
「なによ、晶斗だって面白がってたんでしょ。どうせわたしは、プリンスに言われたとおりにコロコロ思考を変える単純なアホよ。二人で勝手にわたしを笑ってれば!」
ユニスは一人で奥へと踏み込んだ。




