003:女神にも事情はある
もしも本物の古代女神のシェインを内包した器物を見つけたならば、それは莫大な財宝を手に入れたにも等しい。さらに、そのパワーを利用できるとなれば、ルーンゴースト大陸を震撼させかねない大発見だ!
「おい、その~……コルセニー、って何だっけ?」
のんきな晶斗の発言で、ユニスはソファからズリ落ちた。
「遺跡に入るなら、ルーンゴースト大陸の主要な神々の名前くらい、覚えておきなさいよ!」
ユニスは簡単に説明した。
コルセニー、イーシャ、フェルゴウンの三柱の神の名とそのエピソードは、ルーンゴースト大陸創世神話の要だ。
三柱の神のうち、イーシャは失われ、フェルゴウンは皇家の祖となった。
伝説を信じるならば、プリンスは現皇帝の直系曾孫だから、主神フェルゴウンの直系子孫ということになる。
ところが、三柱のうち、コルセニーの名は創世記の一行にしか記述されておらず、その最後がどうなったのか――神々の国に還ったのか、人間のように亡くなって冥界に行ったのか、あるいは現世で存在を完全に消失したのか――を伝える伝承が、どこにも無い。
だから、コルセニーは今もどこかに『在る』というのが、ルーンゴースト神話研究における通説だ。
シェインの研究でもマイナーな部類に入るから、世間には晶斗のように忘れたとか、知らない人もいるだろう。
これが盗賊団となると、より世俗的な欲望と目的で『神』を探す。
ルーンゴースト大陸における神々の力とは、シェイナーの使うシェインと同義語になる。もしも、大陸のどこかに埋もれている未知の神神あるいはその力を手に入れたら――――その者は、人とは比較にならぬ強大な『神のシェイン』を手にできると信じられている。
それこそが、古代からルーンゴースト大陸で『神』の謎と力を巡って争いが絶えない理由のひとつだった。
「なるほど、謎の古代神の手掛かりか。神話に由来した名称なんて、世の中には腐るほど出回っているぞ。アンタのことだ、直接動くだけの確証があるんだろ。それを見せろよ?」
こんどは晶斗も重要性が理解できたらしく、声音はやや張りつめた感があった。
おかげでユニスにもプリンスの思惑が見えてきた。
古代神の伝説が絡む事件には、もれなくシェイナーも絡む。この事件は、理律省長官であるプリンスが、司法の垣根を越えて出張ってくるほど、やっかいな案件でもある。
万が一にも『コルセニー』が真物なら、シャールーン帝国が一番に手に入れなければならない、重大な問題なのだ。
「学術院の古い文献や研究以外でコルセニーの名を聞くのは珍しいんです。強い神の名を騙りたいなら、他にもいろいろありますから。彼らはこれまでにない神の『力』を顕す名としてコルセニーを選びました。ということは、コルセニーの名を連想する『何か』を、どこかで見つけたのではないか、とね」
プリンスは遺跡の研究家としても有名だ。ルーンゴースト大陸の神話に出てくる神々の名前くらい、そらで覚えているのだろう。
「未登録の遺跡は無数にあるぜ。特定するのは不可能だ」
晶斗は一般的な意見を述べた。未知の物品を入手するとなると、思い浮かぶのは新しく出現した未登録の遺跡だ。だが、遺跡探索で人間に有益な物品を発見するのは難しい。稀少品を拾えるのは、宝くじに当たる確率に等しいのだ。
「知っている者から聞き出すのが一番手っとり早いので、まずは仲間になりました。すると、これをもらいました」
プリンスはコートの内ポケットからカードを出した。掌サイズのカードだ。水平にされた白い表面に光が揺らめいて盛り上がる。光の粒子が焦点を結ぶと、ユニスの頭部映像が立体的に形成された。
「彼らの次の標的は、帝国で最も有名なシェイナー、冷凍少女ユニスの誘拐です」
プリンスはカードをユニスに渡した。
「わたしの写真をわたしが見たって、仕方ないんじゃないの?」
ユニスはぷりぷりしながら受け取った。カードを見た。頭をカナヅチで殴られたような衝撃を受けた。
映像の背景は、ユニスの自宅だ。寝室の窓越しに、タオルで髪を拭いている。着ているパジャマは三日前におろしたお気に入り。この角度での撮影は、二階の窓の外からしかできない。撮影者は、窓のすぐ外の、中庭の木の上から撮影したのだ!
ユニスは体が震え出した。嫌だ、怖い。
帰ったらすぐに、家の中も外も、徹底的に調べなくちゃ!?
「こいつは……。ごく最近撮られたやつか?」
左横から覗き込んできた晶斗へ、ユニスはコクリとうなずいた。
晶斗はひどく剣呑な目付きになった。護衛戦闘士はしばしば犯罪者を追う賞金稼ぎのようなこともするらしい。晶斗には、ユニスがどれほど危険な状況にあるのかが理解できたのだろう。
「事態はけっこう切迫しているな。そいつらがユニスをターゲットに選んだ理由は、聞き出せたのか?」
身代金目的ではないだろう、と、晶斗。
遺跡を探索するシェイナーのユニスは、同じ年頃の女性よりは懐具合が豊かだ。しかし、強盗団に計画的に狙われるような資産や貯金は持っていない。
「詳しい理由は不明です。ただ優秀なシェイナーは使い道が多いですから、若い女の子なら扱いやすいと甘く見ているのかもしれません。コルセニーの件もありますから、洗脳して仲間にでもする気なんでしょう」
「仲間になんか、絶対ならないわ。わたしを狙うなんて命知らずにも程があるわ」
怒りが燃え上がり、恐怖は失せた。ユニスはカードを裏返した。白い裏面に綺麗な文字で『冷凍少女ユニス』。ユニスが超低温を自在に操るのに長けたシェイナーであることを、心無い人々が揶揄した呼び方だ。
ユニスは唇を噛んだ。忌々しいこの二つ名のおかげで、どれだけ辛酸を舐めてきたことか。
強盗団への恐怖が失せて、怒りの炎が燃え上がる。
思い起こせば小学校の運動会前日、学校を敷地ごと氷山にしたニュースが大陸中に報道されてから、児童ユニスの悪夢が始まった。家族親戚までもが帝国中の好奇の視線にさらされ、しばらく街へも出られなかった。
思春期以降、ユニスは一人で行動するようになった。すると、シェイナーの能力を欲する処から、次々と勧誘がくるようになった。
守護聖都フェルゴモールを拠点とするシェイナー協同組合みたいな正式な団体に始まり、果てはユニスの意思を無視して自分達の会社や団体組織へ連れて行こうとする、常識から少々逸脱した人々まで現れた。
そんな経験を積んで成長したユニスは、やがて、自力で事態を沈静化することを覚えた。
ユニスに邪な思惑で近付いて来た者共は、ことごとく返り討ちにした。それが後に、児童期の氷山事件を大きく膨らませたエピソードに発展し、大陸中に鳴り響く幾多のニュースとなるのだ。
今では、冷凍少女の名は、常識外れのパワーを発揮するという意味にも使われている。また、手に負えない、という意味にも使われる。
これが帝国の一般常識として、帝国制定の国語辞典に登録されたのは、ずいぶん前だ。もう一つの方の、氷の女悪魔セビリスの再来というのが正式に追加登録されたのは、ごく最近のことである。
「クズだな、その強盗団は。か弱い女の子相手に、何を考えているんだか。いいぜ、協力でも何でもするよ。さっさと全滅させようぜ」
帝国のゴシップに縁遠い外国人ゆえか、はたまた友人と思ってくれているのか、晶斗の反応はユニスには思いがけず新鮮なものだった。
「これ、処分してもいいかしら。持っていたくないの」
「かまいませんよ。それだけでは誘拐計画の証拠にはならないので」
プリンスの許可を得てから、ユニスはカードを見つめた。
文字の中心に、ポツリと黒いシミが出現する。一滴の墨汁を落としたようなそれは、次の瞬間、金色に輝いて発火した。ユニスの手の上で、金色の炎が燃えたち、白熱した球形と化す。数千度を超える白光色の炎の光だ。直視してはならないその輝きが網膜に焼き付けられる。
完全に燃え尽きるまで三秒足らずだった。
ユニスは軽く手を振った。紙より丈夫な特殊コーティングのカードは、一片の灰も残さず燃え尽きた。シェインで封じていたから火の熱さは感じていない。
ただ、ひどく汚い物を触ってしまったような、嫌な気分だけが残った。




