028:乙女は森で魔物を醒ます
その場所は、森の詳しい地図にも、きちんと記されていた。
小さな小屋ほどもありそうな、丸みを帯びた大岩が鎮座している。大岩の下の方は一部分が崩れて、地面との堺目に、ポッカリ穴が開いていた。
ちょうど大人ひとりが入れるくらいの大きさだ。
「これが入り口か」
晶斗は岩から手を離した。装甲手袋内蔵の触診センサーは、掌面から読み取った情報を分析する。この辺りの岩は少少磁気を帯びており、普通のセンサー装置では計測しにくいという。この森では、自分の位置を知るためのコンパスなども、特殊加工したものでないとすぐに狂って使えなくなるらしい。そのために、昔は多くの遺跡探険家や調査隊が遭難したという言い伝えまであった。
「で、守護聖都からは、こっちの件には、応援は来ないのか?」
「要請していませんからね。私とユニスでシェイナーが二人いますから、必要な手は足りています」
晶斗が三つほどのセンサーチェックをする横で、プリンスも別の計測器を使っていた。プリンスはシェイナーだから透視やシェインでの読み取りができるが、機械装置による計測は、研究のためのデータ収集だ。
「なんでだよ。古代理紋を発見したら、現場保存とか運ぶのとか、いろいろ必要じゃないか」
「強盗団の話では、三人のシェイナーがイカレたという古代理紋ですからね。接触するのは最低人数がいいでしょう」
ユニスは機械の操作はさっぱりなので、近くの小さな岩に座り、足をプラプラさせて待っていた。
退屈だ。本当なら、今頃は、親友のマユリカと一緒にリゾート地でノンビリ過ごしていたはずなのに……。
「よし、センサーチェックは終わった。お嬢さま、やっと出番だぜ」
「はい、お疲れさま~」
ユニスは岩に座ったまま目を閉じた。
「集中するまでもないわ、穴が開いているから、丸見えよ。奥に部屋が作ってある。木の箱がいくつも置いてあるわ。そこに銃なんかの武器が少し……。やだわ、ゴミが散らかってて、とっても汚い。人が寝泊まりしていたみたいね」
ユニスは大岩の方を見もせずにスラスラ答えた。よほど体調が良いのか、はたまた気分が良いせいなのか、透視力が異常に冴えている。今なら苦手な地面の下まで、楽に透視できそうだ。
「でも、理紋は……視えないわね」
けっきょく透視できたのは、そこまでだ。地中には岩盤の壁があった。ザラッとした物を舐めたような感触にぶち当たって、ユニスは透視を遮断した。岩盤は密度が詰まり、その先に空洞は感じられなかった。
「奥の穴は、わりと狭い空間よ。何かあるなら、もっと奥か、あるいは透視しても見えないように、何かシェイン避けになるものを使って隠してあるかだわ」
ユニスは座っていた小岩から飛び降りた。
プリンスは大岩に手を掛けて、穴を覗き込んだ。
「特に物理的なトラップも仕掛けられていませんね。シェインも歪みも感じられない。今まで見つからなかったのは、この大岩がうまく塞いでいたからでしょう。これが自然の物か、人工的に置かれたものなのかは、わかりませんが……」
「古代の理紋って、壁に刻んであるのかしら?」
「そうとは限りませんよ。天井か地面か、置物のように飾ってある物かもしれない」
「よし、入って調べてみるか」
晶斗は一番に穴へ入ろうとしたが、
「晶斗、どいて。シェインで岩を移動させて入口を広げるから」
ユニスが大岩に触った途端、大岩が、鳴動した。
晶斗はユニスの腰を左腕一本で抱き上げ、後方へ跳んだ。
大岩から離れた場所で下ろされたユニスは、地面にペシャンとお尻を付いた。晶斗の姿を目で追った時には、晶斗はすでに大岩の前で大型のガードナイフを構えており、プリンスも太刀に手を掛けていた。
大岩が急速に膨らんだ。
頭部と手足が生えた。
グウウーン、と伸びた!
腕の先に五指が開いて、こぶしを握る。開いては握り、握っては開く。なめらかに動くのを確認しているようだ。
頭部らしき岩の顔面部分に、陰影が刻まれる。目が窪み、盛り上がるとも言いがたい潰れた鼻に、裂け目のような一文字のごつい唇。大岩の巨体にふさわしい、無機質で感情の無い顔貌。
「こりゃ、やべえわ、おい、いったん退くぞ」
晶斗はナイフを鞘に収め、プリンスと頷きあった。
「へ?」
「逃げるぞ」
岩の巨人像が大木のような足で動き出す前に、晶斗はユニスを左腕で抱き上げ、疾走に移っていた。
灰色の岩石を鑿一本で荒っぽく彫り上げたような巨人像は、石の関節を軋ませて動き出した。その吹き荒ぶ嵐のような咆哮は、森の梢を震わせた。




