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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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027:契約書には注意を払え

 旋風(せんぷう)が木々を揺らした。

 盗賊団を積んだ輸送機と警察の飛空艇が飛び立った。

 保安部隊の人達が次次とプリンスに敬礼して飛空艇に乗り込んでいく。保安部隊の飛空艇は、現場保存のために一小隊と機材を残し、最後に離陸した。

 そして、プリンスは、ユニスと晶斗の方へ戻って来た。


「時空間の歪みの始末には、ルーンゴースト学術院(アカデミア)の研究班を呼びました。時空探査の専門家チームです。今回は歪みのポイントが特定できているので、前もって予防措置を取れば、いきなり消失する危険はないでしょう」


 ロミ・ルイセ博士は、時空間の歪みの影響よりも、文明から切り離された一年間の自給自足生活のために、心身が弱っているらしかった。心の方はプリンスの美貌を見て癒せたようだが、身体の方は専門の医師に掛かる必要がある。

「ロミさんはどうなるの?」

 ユニスはプリンスに訊ねた。

「あの保安部隊の飛空艇で、守護聖都にある軍の病院へ運ばれます。これで我我による消失事件の調査はひとまず終了です。ロミ以外の行方不明者の安否は不明ですが、彼らの行き先は一応、判明しましたので」

 調査終了。――ユニスは目を細めた。出発前には遺跡の調査に行くと言われた。移動中の飛空艇では、消失事件の調査にすり替わった。これでプリンスは、本来の目的に焦点を絞るだろう。


「強盗団が見つけたという、コルセニーの紋章を見に行くつもりね」


 ユニスは、プリンスがひどく近くに立っているのに気付いた。

「もしかしてシェインで予知でもしましたか?」

 藍色の瞳がユニスを見下ろした。嘘を見抜くのに長けた目だ。思考の隅隅まで暴かれそうな強い視線だ。理由も無しに途中で一人で帰りたい、なんて言ったら、我が(まま)だと怒られそう。


「いいえ、何も視ていないわ。でも、わたしはよく考えたら、晶斗と違って、仕事の契約はしていないのよね。建物の調査は済んだから、これで帰らせてもらうわ」


「おや、それは変ですね。ここにちゃんと今回の契約書がありますよ」

 プリンスはさっと右手を振り下ろした。

 その手に一枚の紙が現れる。

 ユニスの目の前に書面が突き出された。文章が数行。その下にユニスの名前が手書きでサインされている。

「そんな馬鹿な!?」

 ユニスは目を剥いた。しかし、見れば見るほど、書面は正式、サインもユニスの直筆で間違いない。手に取ろうとしたが、プリンスはすい、と後ろに手を退き、ユニスには渡してくれなかった。

「こんなの見た覚えがないわ」

 仕方なく眺めるだけ眺めて、ユニスは頭を(ひね)った。


「ほら、ここをよく読んで下さい。この契約書の有効期限は、コルセニーの墓が発見されるまで、と書いてあります」

「え、まさか」

「ほら、こちらの晶斗のものと同じ契約内容です」

 プリンスは左手にもう一枚を出現させた。確かにそう書いてある。しかし、この契約内容は、現状とは微妙に一致しないのではないだろうか。

 横から覗いた晶斗が、あっ!?、と目を瞠った。

「これ、違うだろ。前の時の契約書じゃないかッ!?」

 晶斗が手を伸ばしたので、プリンスはサッと後退した。その両手から契約書が消える。目にも留まらぬ早業で、シェインのポケットに隠されたのだ。


「さすがはシリウス、いい勘です。ですが、もっと早くに行動に移さないとダメでしたね」

 プリンスは勝ち誇った笑みを浮かべていた。あまり感情をあらわにしないプリンスにしては珍しい。

「あんたに言われたかないぜ。……ちくしょう、またかよ」

 晶斗が右手で額を押さえた。

「もっとも、どうしても嫌でしたら、違約金を支払って契約破棄、という方法もありますが……」

「え、ほんとに!?」

 小金ならある。ユニスは前回の仕事で、遺跡で見つかる窮極のお宝『光珠(ラディウス)』を入手して売却した。遺跡探索の報酬は高額だが、今なら倍額くらい、即金で叩き返せる貯金ができた。お金か自由かを選ぶなら、もちろんユニスは拘束が嫌いだから、自由を取る!

「だったら、払うから、すぐ破棄し……」

「おい、気をつけろ、依頼を受けた側の勝手な都合による違約金は、契約料の十倍返しだぜ。依頼人がゴネたら三十倍までいくぞ」

 晶斗が口を挟んだ。

 細かく計算するまでもない。今回の報酬額も高額設定だ。プリンスは、遺跡探索の必要経費には気前がいい。この三十倍の違約金を支払えば、ユニスの貯金は軽くマイナスになる。

「護衛戦闘士は遺跡の契約規定に詳しいですね。その通りです。借金しても破棄するのは無理ですから、あきらめて一緒に来なさい」

 プリンスは脅迫の意図をあっさり認めた。


「ああ、もう、やっぱりこうなるのね……」

 ユニスは腹を(くく)った。アイミアが去った時、プリンスは保安部隊や警察隊への対応で忙しくしていた。逃げようと思えば、逃げ出す隙は、たぶん、あった。それでも残っていたのはけっきょく、ユニスの意思だ。

「いいわ、最後まで見届けるわ。コルセニーの紋章も気になるから」

「それでこそユニスです」

「わたしらしいって、どういうこと」

「もちろん、遺跡の探索が好きなところですよ」

「褒め言葉と受け取っておくわ。今回の報酬はすぐ振り込んでね」

「守護聖都に戻ったら、すぐ手配しましょう。何時戻るかわかりませんけどね」

「あら、宰相閣下は、次の国会までに守護聖都に戻るとわかっているもの。あと二週間でしょ」

「ふ、だんだん知恵が付いてきましたね。――善処しましょう」

 仮面のような微笑みを貼り付けて会話するユニスとプリンスとは逆に、晶斗は露骨な渋面を作った。


「おい、待て。そっちの話はついたんだろうが、俺の分は寄越せ。書類を二重にしてやがったな。俺はきっぱり断るからな」

「なんのことかわかりませんね。十分休憩したら、森の奥の強盗団の隠れ家へ向かいます。二人とも、準備をよろしく」

 悔しそうに唸る晶斗を尻目に、プリンスは保安小隊に合流すると、一緒に建物へ入って行った。


「晶斗はどうして怒っているの? わたしはよくわからなかったけど、あの契約書は、本物なんでしょ?」

「ありゃ、あれだよ。以前、守護聖都から脱出するのに、トリエスター教授に雇われた事にするための、間に合わせの契約書にサインしたことがあっただろう。あの時のだ。書類をうまく二枚重ねてあったんだよ。だから、名前の部分だけは、俺達の本物のサインというわけさ」

 晶斗が気付かなかったんだから、ユニスが気付かなくても当然だった、と言う。


 ユニスは目を丸くした。今の今までそんなに前から騙されていたなんて、思ってもみなかった。

「なによそれ、まるで詐欺みたいじゃない!?」

 しかし、考えてみれば、プリンスには何度も騙されている。いくつものその内訳は、命に関わる危険度が高いか低いかの違いでしかなかったような……。


「そう、典型的な詐欺の手口だよ。笑い事じゃない。あれを取り戻さないと、本当にコルセニーの墓を見つけるまで、これからもずっとあいつにこき使われるぞ」

 晶斗が書類の細工に気付いた理由は「あのサインをした時にペンが紙に引っ掛かって、晶斗の晶の文字が少し歪んでしまったから」いつ書いたものかが解ったという。


 ユニスは戦慄(せんりつ)した。

 これまでに遭わされた理不尽な出来事の数数が走馬燈のように蘇る。

「冗談じゃないわ、期限がコルセニーの墓を見つけるまで、なんて、曖昧(あいまい)な期限、ほとんど無期限じゃない。どうやって破棄すればいいの?」

「これから見に行くコルセニーの紋章が、契約内容に該当する『墓』だと主張して、強制終了をかけてやる」

「そっちもこじつけのような気が……」

「あいつ相手にグダグダ言ってられるかよ。それとも、これから年中、あいつのコルセニーの墓捜しに付き会いたいか」

「それもヤダ。きっと途中で休暇も取らせてもらえない気がする」

「だったら、とっとと準備するぞ。今の間にトイレでも行って来いよ」


 プリンスが集合を掛けたのは、それからきっちり十分後だった。


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