026:乙女は回顧に恐怖する
「あの日の夜、私達は建物ごと空間の歪みに巻き込まれました。計測されたデータから、次元の断層に落ち込んだのを理解しました。景色が落ち着いてから、湖と植物相の変化を調べて、おそらく数万年単位で過去への時間を遡ったところまでは突き止めたのですが、シェイナーがいないから理律も理紋も、肝心なところが何もわからなくて、帰還の可能性は、ほとんど諦めていました」
ロミはプリンスに訊ねられるまま、どんな暮らしだったのかを話した。
文明と切り離されてしまったロミ達は、古代の自然を相手に、生き延びる術を手探りした。さいわい、湖は魚貝類が豊富に生息していた。森では食用植物が採取できたので、食物に困ることは無かった。食物の加工や生活道具の加工に必要な道具は、研究所の機器や備品が揃っていたので不自由することはなかった。
今日は、そうして一年間暮らした記念日だった。ロミは白い花を少し多めに飾ろうと、外から摘んできたところに、ユニスが現れたという。
語るうちに、ロミの表情は虚ろになった。体験した出来事が信じ難くてまだ怖いのだと、最後にポツリと呟いた。
明け方には天候が回復して、保安部隊と警察の飛空艇が到着した。
ユニスは強盗団を氷結させていたシェインを解いた。
氷山は速やかに溶け消え、賊の大半は失神状態のままで拘束された。
プリンスは保安部隊や警察の隊長と話している。
その間にアイミアは森の中へ行き、ヴィグに跨って戻ってきた。
ヴィグは大型バイクに似たシェイン仕様のマシンだ。タイヤは無く、下部は平たい小判型の着陸脚だ。メタルブラックの車体は地面から二十センチ位の高さに浮かぶ。飛翔モードで地上百メートル上空まで滑空飛行が可能、単独の移動には便利な乗り物である。
「私が護衛戦闘士として、宰相閣下にできる協力はここまでなの。先にフェルゴモールへ帰るわ」
アイミアはヴィグの座席に横座りになり、ユニスと晶斗に向かい合った。
「そりゃ残念だな。ここからが面白いかも知れないのに」
晶斗が惜しむと、アイミアは奇妙なものでも見るように、晶斗を見詰めた。
「遺跡で遭難までした人が、たいした好奇心ね。あいにく、私は自分をよく知ってるのよ。自分に無理な仕事は受けないのが信条なの」
「アイミアさん、守護聖都に帰っちゃうの? コルセニーの紋章はどうする気よ」
強盗団は捕まった。アイミアが帰るのは自由だが、好奇心で訊ねてみる。七星華乙女会会長アイミアは、ユニスの知るシェイナーの中ではシャールーン帝国で五指に入る強い能力者だ。また、七星華乙女会は理紋の独自研究もしている。アイミアがコルセニーの紋章かも知れない古代理紋に興味を持たないはずがない。
「守護聖都には別件で用もあるのよ。あとは任せるわ。古代理紋はあの御方が研究しているライフワークだから、二人とも頑張ってね」
アイミアは、飛翔モードで垂直上昇して、北の空へ去った。
晶斗は、アイミアが空の彼方に去るまで見送っていた。
「すごい美女だったのに、これでお別れとは残念だ」
「わたしは、なんだか納得できないわ。アイミアさんもコルセニーの紋章探しで雇われたんじゃなかったのかしら。今帰ったらプリンスに怒られないかな」
ユニスはモヤモヤした気分だった。ユニスのよく知る七星華乙女会の会長の行動にしては、あっさり退きすぎだ。
「彼女も護衛戦闘士だ。アイミアの仕事は、盗賊団の隠れ家を突き止めることだったと言ってただろ。俺達の登場の方が、番狂わせだったんだよ。彼女の任務は無事終了、契約は完了した。多少、アクシデントはあったが、護衛戦闘士としちゃ、ほぼ完璧な仕事ぶりだったな」
晶斗の同業者としての素直な評価だろう。
「ずいぶんアイミアさんと仲良くしてたのね。アイミアさんがいないと、寂しい?」
ユニスはそっと晶斗の表情を窺った。睡眠不足で目の下に多少隈がある。それ以外は元気そうだ。時空間の狭間に立った悪影響は無いらしい。
「なんだ、妬いてるのか。守護聖都に戻ったらデートでもしようか?」
「まさか! これからのことを話したいだけよ。晶斗はプリンスと、正式な仕事の契約をしてるんでしょ」
「まあな。東邦郡へ来たのは代理人だったが、俺が引き受けたのは『コルセニーの紋章に関する調査への参加』と『冷凍少女の護衛』だった。じつは、この二つの名称が出た時点で、本当の依頼人の見当は付いていたけどね」
晶斗は、身振りで建物のほうへ行こうと促した。
「わたしを狙っていた強盗団は全員捕まったわ。東邦郡へ帰らないの?」
ユニスは晶斗と並んで歩いた。
「まだ、コルセニーの紋章が残っている。きっとこっちの方が、強盗団の何倍もやっかいだぞ」
晶斗は保安部隊の方へ顎をしゃくった。
「アイミアがここへ来たのが、本当に偶然だと思うか。プリンスは最初の狙い通りに『コルセニーの使徒』から本物の紋章の在りかを聞き出すことに成功したんだ。あいつの考えは、さっぱりわからん。まだまだ油断するなよ」




