023:時空間の狭間
サロンルームの中央、床の一メートルほど上方に、薄黒いもやが浮かんでいた。
その空間に薄黒い三日月形の亀裂が入っているようだ。
もやは、ぐるぐると流動しながら大きくなった。目を凝らして見れば、黒い粒子の集合体だ。どんどん色合いが濃くなる。粒子が密度を増していく。
見る間に、ひと抱えほどもある球状に膨らんだ。それがグニャリと上下に伸びて、刻一刻と形状を変えてゆく。
やがて、人間らしい五体を備えた後ろ姿と成った。
長身の男だ。黒いガードベストに腰の後ろの大型ガードナイフ。ユニスがよく知っている護衛戦闘士の装備だ。
「晶斗?」
ユニスは、そろり、と左側から前に回った。
短い黒髪、日焼けした額に迷彩色のバンダナを巻いた精悍な顔。
やっぱり晶斗だ。左腕を曲げ、左手首の腕輪型センサーに真剣な目を注いでいる。その口は何かを呟くように動いている。
「なに? なんて言ってるの?」
何も聞こえない。ユニスは晶斗の口元を必死で見つめた。
『ゆ・に・す』
確かに、そう動いた。ユニスに読み取れたのはそれだけだ。
晶斗が目線を上げた。顔は動かさずに、目だけを動かして左右を見渡している。ユニスの幻覚でなければ、晶斗には、ユニスが見えていないのだ。
――もう、夢でも幻でも、なんでもかまわない!
ユニスは晶斗の視線を捉えたくて、一歩だけ前に出た。
いきなり、晶斗の声が聞こえた。
「……か? 俺はこの時空間の歪みの狭間に立っている。こっちからのアプローチはこれが限界だ。ここは不安定で時間がおかしい。ユニス、俺の前に来い。ユニス、聞こえるか? どこにいるんだ?」
「晶斗!」
ユニスは両手を伸ばした。
手は空を切った。
晶斗には実体が無い?
違う、時空間の狭間にいるから、ユニスとは空間の位相がズレているだけだ。
ユニスは立ち位置を変え、晶斗の真正面から両腕を差し伸べた。
突然、晶斗の右手がサッと伸びた。左腕を掴まれた。力強い腕がユニスを引き寄せ、ガードベストの硬い胸にユニスの額がぶつかる。
しっかりと抱きしめられた。
確かな現実の手応え。
「確保したぞッ!……うわあッ、なんだこれッ!?」
救出成功の嬉しい表現にしては、晶斗の反応はおかしい。
晶斗の胸にすがりついたまま、ユニスは恐る恐る上を向いた。
ユニスを両腕に抱えながら、晶斗は前を向いてあんぐり口を開けていた。
近くに立つプリンスとアイミアも目を瞠っている。この二人がいるということは、ユニスは無事に元の時空間へ戻って来たのだ。
ユニスのすぐ後ろで、上ずった声がした。
「な、なんで、ここに、プリンスが、いえ、宰相閣下がいらっしゃるの。ここはどこで、あなたたち、だれなのよ?」
ユニスの長い髪の先をしっかり握って、ロミがへたりこんでいた。




