022:乙女は風に誘われる
くすんだ金髪のボブヘア。理知的な白い額の、整った顔立ち。年の頃は二十歳に届かないだろう。半袖の白いワンピースはよく似合っているが、二、三年前の流行遅れのスタイルだ。
「冬の服装じゃないわよね。やっぱりここの季節は夏みたいね」
ユニスが首を傾げると、少女は明るい緑色の目でユニスをじろじろと見た。
「変なことを言うわね。あなたこそ、その暑苦しいコートは何なの。あなたはシャールーン帝国人みたいだけど、いったい、どこから来たの?」
少女は右手に小さな白い花束を持っていた。窓辺に置いてある花と同じだ。
「その白い花を、トイレの窓に飾ったのは、あなたね」
ユニスがトイレで見た花は、生き生きしていた。摘み取られて活けられてから、間もない時間だったはずだ。
「そうよ。あなた、勝手に建物に入ったのね。ここは関係者以外、立ち入り禁止よ。あなたは、守護聖都の軍人?……ではなさそうね。まさかそんな格好で、遺跡の探検家……には、見えないけど」
流行遅れのワンピースを着た少女に服装を指摘されたユニスは、自分の胸から下を見下ろした。上はポンチョを羽織っていても、中は軽いチュニックと秋用レギンスだ。短いブーツは二十センチのハイヒール。
遺跡地帯で、こんな格好で歩き回る女性はいない。そもそもこれは遺跡向きの服装ではないと、ユニスにだって自覚はある。
「えーと、それを説明するのは、ちょっと難しいわ」
ユニスは迷った。
彼女は強盗団や魔物ではなさそうだ。しかし、シェイナーでもない普通の人だ。ユニスが帝国宰相閣下との妙な関係によってここを訪れた理由を、なんと説明したものだろう。
「わたしはユニスよ。見た通りのシャールーン人。守護聖都フェルゴモールから飛空艇で来たの。あなたのお名前は?」
ユニスが礼儀正しく尋ねたら、ロミは険しい表情を少しだけ緩めた。
「私は、ロミ・ルイセ。ここの研究者よ。理紋の解析班で主任を務めているわ」
ロミが理紋の研究者と聞いて、賢そうなのにユニスは納得した。若いように見えて、ひょっとしたら、ユニスよりうんと年上かも知れない。
「ロミさんはシャールーンの人じゃないみたいね」
「ええ、私はサイメス人なの」
ロミは表情を引き締めた。ユニスの言い方が悪くて警戒心を呼び起こしたようだ。ゆっくりと後ろに下がっていく。
「サイメスの人がこんなところに居るなんて、珍しいわ。どうしてここに?」
ユニスはロミの方へ近付こうとした。
「動かないでッ!」
ロミが右手の平を向けたので、ユニスはその場で止まった。
「警備員が来るまで、そのままでいなさい。あなたが守護聖都フェルゴモールから来たとしても、ここは一般人は立ち入り禁止なの。迷子かわざとかは知らないけれど、ひとまず身柄を拘束させてもらうわ」
「えっ!? ちょっと待って、わたしはプリンス、いえ、セプティリオン宰相閣下に雇われたシェイナーなの、ここの調査に来たのよ」
プリンスの作った研究所の人間なら、プリンスを知っているはずだ。しかし、ロミの疑いの目つきは変わらない。でも『プリンス』という名称には反応を示した。
「あなたがシェイナーですって! でも、シェイナーって……シェイナーはもっと年を取った人じゃないの?」
研究所や軍に勤めるシェイナーや神殿の神官は、年配の男性が多い。極秘の研究所には政府関係者のシェイナーしか来ないのだろう。
「そんなことないわよ、プリンス、いえ、セプティリオン宰相閣下もシェイナーだけど、若いでしょ?」
ユニスのたとえに、ロミは、あっ、と口を開けた。白い頬にサッと朱がのぼる。
「あの方は……きっと特別なんでしょう」
シャールーンもサイメスも関係無い、ユニスのよく知る女子らしい反応に、微笑ましくなった。プリンスの美貌の効果は、大陸を越えて共通項だ。
――良かった、ロミさんは普通の女子だわ。とんでもない異次元に来たわけではなさそう。
ユニスは肩の力が抜けた。
「あのう、それで、あなたは何をしにここへ来たの?」
ロミの口調は、さっきよりも角が取れていた。だからといって、ユニスへの疑惑がなくなったわけではなさそうだが。
「だから、宰相閣下の指示で、この建物を調査に来たシェイナーなのよ。ここは一年前に消失事件の起こった現場で、わたしたちはその原因を探りに来たの」
ユニスが説明すると、ロミはなんとも奇妙なものを観るような目付きになった。
その時だ。
二人の間を涼しい風が吹き抜けたのは。
ユニスは驚いた。
ロミも驚いている。
風の温度は夏ではなく秋の気配がした。
そして、ユニスのいた正しい時間軸と同じ匂いも。
ロミも違和感を感じたのだろう、何度も瞬きをした。ユニスが見ている方へ、同じように顔を向けた。
サロンルームの入り口は、開け放されていた。
「あっちの窓は閉まっているはずだけど」
ロミは横目でユニスの表情をうかがっている。
「そうかしら。ロミさんの勘違いかもよ」
ユニスはサロンルームへ走った。




