020:乙女は本音を告げる
お尻に衝撃を感じて、ユニスは悲鳴を上げた。
「いったー……いッ!? え?」
呻いたユニスの頭上で、アイミアが額の汗を拭っていた。その顔には激しい苦悩と厳しい決意が表れている。
「くっ……お馬鹿なのは知っていましたが、ここまでひどいとは。もう、これ以上見逃せませんわ。七星華乙女会の長として、こんな娘をあなた様のお側に近づけるわけにはいきません。やはりもっと幼い頃から強制入会させるべきでした。いいえ、今からでも遅くはない、私たちが責任を持って、教養と行儀作法を叩き込みます。守護聖都に戻ったら、さっそく手配しますわ」
「ええ、それがいいでしょう。今度は私も止めません」
アイミアの宣言に、プリンスも力強く頷いている。
「待って、どうしてそうなるの!? それに、わたし、実体があるの!?」
ユニスは自分の両手を見下ろした。それまで見守っていた晶斗がユニスの右に片膝を付き、ユニスの肩を叩いた。ユニスはとっさにその手を掴んだ。
「良かった、晶斗は掴めるわ」
「うん、俺はここにいるし。落ち着いて喋れよ、今の一瞬で、何かあったのか?」
晶斗が生真面目な顔で、ユニスの目を覗き込んだ。晶斗の黒い瞳にユニスの顔が映っている。
「プリンスがあっちの通路から歩いて来て、ぶつかったら通り抜けて、ここは昼間だった」
「そうか。……よし、とりあえず今からひと眠りして、それから考えろ」
「なんでよ!?」
ユニスが晶斗に噛みつく前に、プリンスが冷静に説明を求めてきた。
信じてもらえる自信は無かったが、ユニスは、床に落ちるまでの瞬間に見た光景を説明した。
アイミアとプリンスは難しい表情になった。二人ともシェイナーだ。空間異常があれば感知できる。だが、ユニスの語ったタイミングで、時空間の歪みらしき現象が起こった事には気付いていないという。
「となると、ユニスの幻覚か、空間に刻まれた過去の記憶が再生されたか、ユニスが別の時間を透視したか、ですかね」
プリンスは頭から否定はしなかった。ユニスが見たプリンスの姿が過去の光景の再現でなければ、未来の可能性が高いという。
「信じてくれるの?」
「俺も信じるぞ」
晶斗が生真面目な顔で言う。
「え、ほんと?」
「ほれ、証拠だ。危険性が無い程度だから言わなかったが」
晶斗は左手首のバングルを見せた。その表面に、内蔵の空間センサーが数分前に計測していた歪みの小さな波長を表示する。それはごくわずかな変化のため、持ち主の晶斗に出現だけは知らされていたが、危険性も緊急性も無い安全レベルの範囲にとどまっていた。
「裏付けが取れましたね。我我シェイナーは、人間に危険の無いものであれば、ただの自然現象として脳が処理するので、気付かないこともあるんですよ。ユニスの見た私の姿は、近い未来の光景でしょう。明日はまだここに居る予定にしていますから、未来予知の可能性がもっとも高いですね」
「予知能力のあるシェイナーの話は東邦郡でもたまに聞くが、ユニスにその能力があったのか?」
「シェイナーは、特出した能力ではなくとも勘が働くことはよくあります。ユニスは訓練されていない分、本能で動くので、この空間で起こる出来事を敏感にキャッチした可能性はありますよ」
「しかし、ユニスの生存本能が働いたのなら、危険な未来ではありませんの? ユニスが見たのは閣下の御姿ですし、退去された方が御身のためですわ」
「一応、我我はこの施設の調査に来たので、明日まで留まりたいのですがね」
プリンスがアイミアに苦笑を向けている。
そういやそうだった、とユニスは当初の目的を思い出した。
この施設で謎の行方不明事件があったのが、一年前の今日だったという。だからプリンスは、ユニスの保護という名目をかざし、護衛役の晶斗までわざわざ東邦郡から呼び出して、ここへ来たのだ。
「そういや、迎えが遅いな。一度目の連絡からとっくに一時間は過ぎただろう?」
晶斗はバングルで時間を確認した。
ユニスは異常な空間を覗いたショックですっかり忘れていたが、強盗団が襲撃する前から、プリンスは調査を切り上げることにしたのだ。
「確認してきます。今度は大人数を移送できる輸送機も必要ですし……」
プリンスは守護聖都へ連絡するため、一人で外へ出て行った。
「今夜は来られないようです」
戻って来たプリンスは重い口調で告げた。
「守護聖都方面で、午後から低気圧が発生して上空が荒れています。上空では歪みの発生も確認されているので、飛空艇が飛ばせないんです。守護聖都のシェイナーが総出で対応に当たっていますが、今夜中は無理でしょう」




