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019:乙女には代償が必要か

「計画が漏れていたな。ここに来ることが決まったのは、いつだって?」

 晶斗がプリンスに訊ねた。

「私達が乗ってきた飛空艇のフライトプランは、搭乗後に私が指示しました。事前の情報漏れは考えられません」

 プリンスが飛空艇に乗るまでパイロットも行き先を知らなかったのだ。

「コルセニーの使徒の狙いはユニスですから、ユニスに追尾が付けられていたかもしれませんわ」

 だが、アイミアの意見はプリンスがあっさり否定した。

「仮に、コルセニーの使徒の『目』がユニスに付けられていたとしても、私達の先回りまでは出来ないでしょう」

 だったら、なぜ?と誰かが質問する前に、プリンスは可能性を一つ、付け加えた。

「もっとも、古代理紋の護符の力を利用して、ユニスのシェインの特異性を探知された可能性は捨てきれませんがね」

「またわたしのシェインのせい? じゃあ、わたしがいなければいいじゃないの。もう帰るわッ」

 プリンスが何と言おうと、もう我慢の限界だ。ユニスは晶斗とアイミアを押しのけた。氷の床に上がろうと右足を掛けて前屈みになったところを、後ろから髪を引っ張られる。晶斗だ。

「こら、一人だけ抜けようなんて、ずるいぞ」

「はなしてよッ、プリンスとアイミアさんには(だま)されるし顔は腫れるし、嫌なことは思い出すし、ご飯はないし、わたしはフェルゴモールへ帰るのッ!」

 ユニスのお腹がグーッと鳴った。

 なんでこんな絶妙のタイミングで鳴るのよ!?

 恥ずかしいのと哀れみの視線が痛いのとで、ユニスはへなへなと氷の床に両手をついた。一気に疲れを感じてへたり込む。

「なんだ、お腹がすいていたのね」

 アイミアはユニスを後ろから羽交い締めに抱えると、ヨイショッと氷の無い円内に戻した。ユニスがじたばた暴れても離さない。

「食事は軍用糧食(レーション)を用意してありますが……」

 プリンスも晶斗も困惑顔だ。

「上等じゃないか。すぐ食わせてやるから落ち着けよ」

 晶斗がプリンスにメシにしようぜ、レーションはどこだ、と訊いている。

「暴れてもしょうがないでしょ。何が嫌なのか説明しなさいよ」

ユニスは、長身のアイミアに背中から抱っこされたままで、足が床に付かなかった。シャールーン帝国では貴族階級は体格が良い。

 伝説では皇族の始祖である神フェルゴウンは巨人であったという。

 守護聖都フェルゴモールを作ったという、初代皇帝フェルギミウスの流れを汲む皇族と貴族階級は、ルーンゴースト大陸の古代世界に存在した巨人族の末裔だと伝えられている。

「レーションは嫌いよ。放してよ、盗賊団は捕まったし、わたしはもう必要ないじゃないの」

 ユニスはとりあえず、目先の苦情を申し立ててみる。

 通じないことは解っているけれど。

「落ち着きなさいってば。迎えが来るまではここに居るしかないんだから。ご飯が足りないなら私の分もあげるわよ?」

 アイミアには、ユニスが空腹で錯乱したと思えたらしい。アイミアとは長い付き合いだが、幼い頃から行動パターんを知られているから、てんで子ども扱いされる。

 ユニスは、うぐぐ、と呻いて、下を向いた。もうだめだ。本当に帰りたいもう一つの理由も告げるしか、逃げ道はない。

「わたし、……が、できないの」

「え、なんて?」

 アイミアが聞き直す。

 ユニスはゴクリと息を呑み込んで、告白した。

「……わたし、お料理がぜんぜんできないの」

 すると、ただでさえ氷だらけで寒かった室内温度が、さらに低下した。靴底が痛いほどに底冷えしている。晶斗とプリンスはなぜか目配せを交わしていた。

「あなた、いきなり何を言い出すのよ。レーションは暖めたらそのまま食べられる携帯食料よ」

 アイミアはユニスが料理出来ないのを知っているから動じない。

「知ってるわよ、弁当代わりに買ったことがあるから。でも、美味しくないから嫌い。遺跡地帯なら村で何か買えると考えていたから、自分では何も用意できなくて、食べられる物が何も無くて、もう耐えられない……」

 アイミアがいきなり手を離した。

 脱力していたユニスは垂直に落とされ、ドベチャッ、と床に尻もちをついた。

「いったーい、急に放さないでよッ」

 ユニスはお尻を両手で押さえながら、顔を上げた。

「ひどいわ、アイミアさ……。あれ?」

 フロアは無人になっていた。

 強盗団の男達を封じ込めた氷の塊も、どこにも無い。

「晶斗? プリンス!?」

 ユニスは床に座ったまま、ゆっくりとフロアを見回した。

 空間移送した覚えはないが、どこか別の場所へ来てしまったのだろうか。

 静かだ。

 耳が痛いほど。


――カッ……。


 突然、遠くで硬い音が響いた。

 ユニスは息を止めた。


――コッ、カツン……。


 小さいが、靴音だ。

 誰かがフロアの奥の廊下を歩いている。

 こちらへ来る。


 フロア奥の通路に人影が現れた。


 プリンスだ。


「ええっ!?」

 ユニスは素っ頓狂な声を上げた。目を瞠る驚きと、涙がこぼれそうな安心感に、一気に襲われた。

「良かった、プリンス、みんなはどこにいるの?」

 ユニスは振るえる膝を両手で押さえながら立った。寒くはないが、ポンチョの前を右手でしっかり掴んで合わせる。

 プリンスが来てくれたなら、もう安心だ。どんな変な場所へ空間移送していたとしても、元に戻してもらえるだろう。

 プリンスは左手に太刀を持ち、まっすぐ前を見つめて歩いてくる。

「晶斗はどこ? アイミアさんは? 何があったのか、教え……?」

 ユニスがハッと目を瞠った時には、すでにプリンスは目の前に迫っていた。

 避ける暇もなかった。

 真正面からぶつかった衝撃は感じられなかった。

 プリンスはユニスの身体をすり抜けた。


 ユニスは全身がガクガクと震え出した。

「う……そ……、どうして? わたし、実体が無いの?」

 覚えているのはアイミアに落とされたところまでだ。

 プリンスは窓辺に立った。外を眺めている。

 ユニスはハッとしてプリンスの横へ走った。

「外が見えるわ。明るい……今は、昼間なのね?」

 大きな窓からは、曇り空の下でもなお鮮やかな碧の湖が見えていた。


 プリンスが窓から離れた。

 大股にフロアを通路の方へ戻って行く。

「あ、待って、置いていかないで!」

 ユニスはプリンスの後を追った。

 だが、視界がグルリと回転し、よろめいて、フロアの真ん中で転んだ。


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