017:乙女の誓い
プリンスのこの微笑みを、ユニスは知っている。
かの大陸間条約締結会議の席上で、サイメスの全権大使団の運命を決めたあの時と同じ、プリンスが探索していた『何か』を見つけた合図だ!
次に何かが起こることを予測して、ユニスは身体を硬くした。
誰も動かない。
銃を構えた男達は、なお丸腰のプリンスに威圧されている。
首領だけは、驚嘆すべき意思の力でニヤリと唇を歪め、首を動かしてアイミアの方へ顔を向けた。
「おい、こいつにも封呪をかけたな?」
首領の声はさっきよりも低かった。
「あら、あたしを疑うの?」
アイミアは首領を睨むと、腰に左手を当て、優雅な動作で右手を挙げた。その右手の位置には、目に見えないシェインのポケット、つまりシェイナーだけが作れる空間に開けた専用収納場所シェインホールの出し入れ口がある。
空中に、唐突に長剣が出現した。プリンスの太刀だ。アイミアは伸ばした手で鞘の真ん中を握り、頭上に押し掲げたまま、笑みを浮かべた。
「わたしが裏切ったりするわけがないわ」
「あ? ああ、その太刀は宰相閣下のか? ちゃんと取り上げてたのか、そりゃ、疑ってすまなかっ……?」
面食らった首領が顎を引いた、その時だった。
「アルファルド・コル・レオニス・セプティリオン!」
明確な発音で、アイミアは詠唱した。
ユニスの首に巻かれた封呪の掛けがねがパチンと弾け飛ぶ。
シェインが使える!
気付きと行使は、思考の速さに等しかった。
冷たい風がフロアを吹き抜けた。
「私の真の主はこの世にただ一人だけ。初めから、下品なあなた達じゃないわ」
アイミアが言い終えた時、室内には人間を封じ込めた大きな氷の塊が、あちこちに転がっていた。アイミアは空中から太刀を下ろし、両手で捧げ持つと、恭しくプリンスに差し出した。
ユニスら四人が立つ場所を円く除いて、床は真っ白になっていた。
氷だ。
床は一面、ユニスの膝の高さにまで分厚く氷結していた。
「……変だとは思っていたが、知らぬは俺ばかりだったか」
晶斗がふてくされた表情で両手でバリバリと頭を掻いた。
「わたしも知らなかったわよッ」
ユニスは首から黒い紐を毟り取り、アイミアに投げつけた。
「アイミアさんと会うのは一年ぶりだけど、プリンスと一緒に知らん振りするし、何か裏があるんだろうと踏んで二人に合わせてたけど、こんな姑息な計画をしたのはどうせプリンスなんでしょ? だって、七星華乙女会の現会長がプリンスを裏切るなんて、世界の終わりの日になってもありえないわよッ」
ユニスの知る限り、七星華乙女会の発足は十五年以上前だ。それは、まだ少年だったプリンスが帝国上流社交界に正式に大公として出席し、マスコミを通じて全国民の前にお披露目した日だったという。
当時十代だった少女達が一目で熱狂的なプリンスファンとなったその三日後、アイミアを含む幹部という十二人の少女がファンクラブを結成し、宮内省に正式に届け出た。
彼女らの結束の絆は固く、騎士団並みの戒律が設けられた。入会するためには、淑女としての教養に加え、美しさと品格があるかなど、厳しい審査をパスしなければならない。月に二回、各地の支部で開催されるお茶会では、普段の素行も含めてチェックされるという、呆れ果てた変態的ストーカーの集まり……いや、世界一、熱狂的なファンクラブだ。そのしつこい……いや、熱心な勧誘を、ユニスは毎年、丁重に辞退申し上げ続けている。
「あら、よくわかってるじゃない。どう、今からでも遅くないから、あなたも入れば。私が幹部クラスに推薦してあげるわよ」
アイミアに背中をバンバン叩かれ、ユニスはゴホッと咳き込んだ。アイミアから離れ、晶斗の後ろにサッと隠れた。
「昔から、はっきり断りつづけているでしょ。群れるのは性に合わないのよ。それにアイミアさん達は、プリンスが冷凍少女のニュースに興味を持ったからって、こっそりあたしを締めに来たんじゃないの。あやうく誘拐事件になりかけたし、自分に公安警察の監視がついてて良かったと思ったのは、あの時だけだわ。もう、嫌なことまで思い出しちゃったじゃない!」
ユニスが晶斗を盾に顔を覗かせると、アイミアはテヘッと舌を出し、茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。
「アハッ、ごめんねー。でも昔のことだし、そろそろ許してよね。あとで非売品のファンアイテムをプレゼントするから」
乙女心が全開だ。十年前とまるで変わりがない。ユニスは側頭部で血管がまとめてぶち切れた音が聞こえた気がした。
「もう子供じゃないから、いりませんッ! それより、なんなの、これは。早くクスリを頂戴」
ユニスは赤く腫れた左頬を指先でつついた。時間が経ったせいか、アイミアに叩かれた直後の倍くらいに腫れ上がっていた。