014:乙女の真意
「サイメス製の空間干渉装置よ。これを作動させている間、圏内に居るシェイナーはシェインを使えないし、シェイン系の機器も稼働できない。でも、サイメス製の爆弾は爆発させられるわ」
アイミアが左手に持つ装置をユニスは凝視した。以前、よく似た物を別の場所でも見たことがある。その時と同じように透視が利かないから、本物に間違いない。
「君が私を裏切るとはね」
プリンスの言葉を聞いたアイミアは、唇をギュッと引き結んだ。が、すぐにニッとふてぶてしい笑いに変えた。
「アイミアさ……」
「ユニスは黙ってなさい!」
アイミアはユニスをジロリと一瞥した。
「大公殿下を裏切るなど、心臓を抉られた方がマシですが、これも仕事ですわ。理解していただくしかありませんわね。太刀をこちらにくださいませ。あなたもよ、シリウス、そのガードナイフをこちらに寄越しなさい!」
アイミアの指示通りに、プリンスと晶斗は太刀とガードナイフを床に置いた。アイミアがつま先で触れると、プリンスの太刀が消えた。晶斗がチッと舌打ちする。
「シェインで隠したか。さすが、守護聖都のシェイナーだな」
アイミアは干渉装置をベルトにつけ、晶斗のガードナイフを左手で拾い上げた。
「いいナイフね。これは私がもらっておくわ。お嬢ちゃんは武器を持っていないけど一番危険だから、シェインを封じさせてもらうわよ。それを首に巻きなさい」
どこから出したのか、アイミアは左手で黒い紐をユニスに放った。
足下に落ちた黒い紐を、ユニスはゆっくりと拾い上げた。
「わたし達を敵に回すなんて、おばさん、いい根性してるわね。シャールーン帝国で生きていけると思っているの」
「シェインの封呪を編み上げたチョーカーよ。こちらに向けて留め金を掛けなさい」
ユニスが黒紐を手にしてプリンスと晶斗を見ると、つけろ、と二人から目で指示された。紐は細い金属の糸を寄り合わせたもので、留め金に透明な石が付いている。ユニスは紐を首にかけ、前で留め金を止めた。
「はずすためのキィワードは私だけが知ってるわ。これで、お嬢ちゃん、あんたは私に逆らえない。まず、おばさんと呼ぶのをやめなさいね。でないとひどい目に遭わせるわよ」
睨みつけてくるアイミアの目を、ユニスはまっすぐに見据えた。
「わかったわよ、おばさん」
ユニスはふて腐れた口調でそっぽを向いた。
バチンッ!
凄まじい音がユニスの左頬で聞こえた。
ユニスは後ろへ倒れかけ、途中で止まった。背後からプリンスに抱き止められている。ユニスは右手でプリンスの腕に縋りついた。左手で左耳に触る。晶斗の手が顎を持ち、顔をグイと上向かされた。涙で潤む右目に、晶斗の顔は歪んで見えた。
「くそ、何をしやがったんだ」
「え?」
ユニスは目を瞬いた。左の頬が急速に熱くなってきた。左手を頬に当てた。目の下までがぷっくりと腫れている。ただの平手打ちじゃない、何か付けられた!
「アイミアさん、どうし、て?」
ユニスは晶斗を押しのけ、プリンスから離れてひとりで立とうとした。が、視界がグラリと揺れた。ふと我に返ると、ユニスはプリンスの腕に抱え込まれていた。ヒヤリと冷たい指先がユニスの左頬に触れた。
「アイミア、次から殴るのは私にしなさい」
プリンスは珍しく低い声だった。
「いいえ、閣下、この娘に受けてもらうのが一番効果的ですもの。さあ、そろそろ上に行きましょう、仲間に紹介するわ」
アイミアが促すと、晶斗がユニスとプリンスの前に立った。
「よほどいい条件で契約したんだろうな。武器も人数も、ただの強盗団のレベルじゃない。相手はどこの組織だ。サイメスか?」
晶斗が訊ねると、アイミアは声を立てて笑った。
「噂より頭が切れるじゃない、東邦郡一の護衛戦闘士は。自分の目で確かめればいいわ。さあ、三人ともフロアにもどってちょうだい」
アイミアに追い立てられ、晶斗を先頭に上階の玄関フロアへ戻ると、男達がざわついた。先に拘束された者達の拘束が解かれている。彼らはまだ失神から醒めていないので、床に転がったままだ。
武器を携えた男達は、遺跡地帯でよく見かける護衛戦闘士と発掘家の中間みたいなガードベストや防護服を着込んでいた。その顔はいずれも無精ヒゲや傷痕で覆われ、ハンサムとは言い難い。彼らの人相に共通するのは、長年の荒くれ仕事で鍛えられたと覚しきふてぶてしさだった。
「お、アイミアか。こいつら、誰だ。なんでここにいるんだ?」
その男は手に、小型衝撃波爆弾を持っていた。晶斗が玄関に仕掛けたやつだ。切られたコードがぶらさがっている。コルセニーの使徒は、晶斗が巧妙に仕掛けておいた罠を看破し、短時間に難なく解除したらしい。晶斗もそれに気付いたようだった。
コルセニーの使徒には、晶斗みたいな一流と呼ばれる護衛戦闘士、あるいはそれに等しい腕を持つ元軍人か傭兵がいる。そこら辺の無法者を寄せ集めた団体ではなさそうだ。
「ご挨拶ね。契約通り、冷凍少女を取りにここまで来たのよ」
プリンスに抱えられていたユニスは、俯いていた顔を上げた。
急に辺りが、シン、とした。
「おい、その女の子に何をしたんだ?」
ユニスは声がした方を見ようとしたが、左頬の痛みが強烈になり、左目の目蓋が半分塞がってしまった。涙が止まらない。右目だけの視界に映ったのは、太い眉をギュッとしかめた無精ヒゲ面の男だった。
先ほど監視カメラの画面で先頭にいた首領だ。