013:裏切りは後にして
外の氷はそのままにした。ユニスのシェインで固めた特殊な氷だ。ユニスがシェインを解かない限り、雨程度では溶けたりしない。氷山に閉じ込められた男達は頭まで氷で覆われているから、雨に濡れて風邪をひくこともない。
ユニス達は建物の中に入り、玄関ドアに鍵を掛けた。念のためにプリンスが鍵の上からシェインの結界を張る。ドア全面に白色光が輝いた。目に見えない二重のロックだ。これで、たとえ鍵が壊されても、不可視のシェインの錠が破壊されない限り、プリンスにしかドアを開けることはできない。
玄関フロアの照明は点いていた。襲撃された時に暗闇になったのは、プリンスがシェインでどこかにある照明のスイッチをオフにしたからだ。
ユニスは天井に貼り付けていたシェインの光球を三つとも消した。
「なあ、ここの防犯システムは生きてるのかな?」
晶斗は玄関ドアの下に細い糸でトラップを仕掛けた。建物を破壊しない程度の小型衝撃波爆弾だが、敵が入ってきたら足止めになる。
「空調も生きているし、そちらも使えるかも知れませんね。地下の警備室へ行ってみましょう」
プリンスの案内で、玄関フロア左の廊下から、地下への階段を下りた。
建物の地下は三階まであり、セキュリティ管理室は半地下に位置していた。鍵の掛けられていたドアは、プリンスがシェインの空間操作で難なく解錠した。
室内へ踏み込むと、天井の照明が自動点灯した。十メートル四方くらいの四角い室内だ。室内面積の三分の一が警備システムの装置らしき機械で占められている。
プリンスが主電源のスイッチを見つけてオンにすると、システムはたちまち息を吹き返し、床から天井まですべての計器類が光を放った。
警備室の三方の壁に光粒子スクリーンが展開した。建物の内外ざっと三十カ所の光景が映し出される。外の監視カメラから送られてくる映像は十秒ごとに少しずつ角度を変えていた。
「へえ、ここって、半分はサイメス風なのね。初めて見たわ」
アイミアは興味深そうに警備室を見回した。
シャールーン帝国で用いられている機械は、シェインを基軸としている。目的とする用途に合わせ、シェインに沿った正しい形として表された理紋に水晶などの貴石を使用して作られるのだ。美術工芸品な部分の多いそれに比べれば、ここの装置類は非常にシンプルでメカニカルな外観だった。
「変わってるわ。これも新しいシェインの応用なのかしら? でも、なんだかおかしな雰囲気がする場所だわ」
ユニスは、手近にある緑の透明な半球盤に手の平を当てた。シェイン系ならユニスにも理解できる。ところが、装置内部へ伸ばしたシェインの手応えが、途中でプツリと切れてしまう。
「なにこれ、シェイナーの理解が及ばないなんて……。シェイナーが操作できない装置なんか、どうやって使うの?」
「この装置の半分はサイメスの科学技術を応用したものです。ここだけの実験的なシステムなので、指令はそちらのキイボードから入力してください」
プリンスが操作盤らしき物を指差した。
「そんなのわからないから、任せるわ」
ユニスは半球盤から手を外した。
「俺がやるよ。そっちの映像を見ててくれ」
晶斗はユニスと位置を入れ替わり、操作盤の椅子に腰掛けた。
「晶斗、わかるの?」
「俺はシェインを使わないから、指示を入力して使うのは同じだよ」
ユニスは右側の晶斗と場所を交代した。
「いいぞ、外の監視カメラも全部生きてる」
晶斗の両手がせわしなくコンソールキイの上を行き来すると、室内の機械装置のあちこちが反応し、左スクリーンの映像がいくつかズームアップされた。
「湖の方角を映してください」
「よし、こいつだな」
プリンスの指示で晶斗がコンソールキイを叩くと、ディスプレイの右片隅の映像が、中央に移動した。建物から湖の方角を監視するカメラは、岸辺に着いた小型船を捉えた。上陸してくる男達の姿が鮮明にズームアップされる。
「ツラの悪いヤツらだ、見ろよ、あの銃身の長い大型銃。サイメスのエレファントシリーズだ。サイメスから来た傭兵かな」
映像が別の角度に切り替わる。
プリンスがディスプレイの方へ身を乗り出した。
「今通り過ぎた男を拡大してください」
一枚の画像が切り取られて正面スクリーンの中央に移動し、一人の男がズームアップされた。岸辺にたむろする集団の中で、一際目立つ男だ。鋭い目つきにいかつい顔つき、装備は護衛戦闘士ふう。銃身の長すぎる銃を肩に担いでいる。
「彼がセルレイにいたシェイナーです。シェインはそれほど強くありませんが、コルセニーの使徒の首領です。やっと強盗団の本隊が到着しましたね」
「こいつがユニスの誘拐を計画した首謀者なんだな」
プリンスの言葉を受けて晶斗がディスプレイを熱心に覗き込む。
「なら、遠慮は要らないわね。みんな凍らせるというのは、どう?」
ユニスに注目が集まったが、皆はすぐディスプレイに向いた。画面では建物の正面にやって来た男達が人間入りの氷山を見つけ、あんぐり口を開けた。
「いいじゃないの、二つ目の氷山を作るだけよ。一気に拘束もできて、都合がいいと思うけど……?」
「アイデアは悪くないのですが、ネタバレしたので同じ手は通用しませんよ。あちらにもシェイナーがいることをお忘れなく」
プリンスはディスプレイを睨んだ。建物のすぐ外で、件の男達が激しく喋り合っている。
「音声を拾えますか?」
「ああ、これだな」
晶斗が手元のスイッチを切り替えると、男達の会話が聞こえてきた。
『なんてこった、ここは一年前から無人じゃなかったのか。誰の仕業だ?』
『全員やられているぞ。ボス、こいつらを、どうすれば』
『アイミアはどこだ、彼女もやられたか?』
「え、いま、アイミアさんって」
「ああ、こいつら、アイミアっていったな」
ユニスと晶斗が振り向くと、
「はい、動かないで」
ユニスのすぐ後ろに居たアイミアは、左手に小さな黒い楕円形の装置らしきものをトロフィーさながら掲げていた。