011:襲撃は突然に
玄関フロアは、真っ暗闇になった。
大きな窓から見える外もまた大雨が降っており、真夜中のように暗い。
正面玄関の両開きのドアが、左だけ、音もなく内側に開いた。
室内よりは温みのある風が吹き込んできた。
複数の人の気配がぞろりと忍び込んで来る。ドアが開け放されても、光の無い室内では何も見えない。
「おい、ライトを点けろ!」
男の声がして、中央の天井付近に、ポッ、と丸い明かりが点いた。水色の小さな光だ。遺跡探査に使われる打ち上げ型人工光球の、弱弱しい光の真下に侵入者が六人、玄関扉の外にも人影があった。
「なんだ、誰もいないじゃないか!」
怒鳴り声がした途端、天井の人工光珠が消失した。
「え? おい、どうした……!?」
箱の後ろで、シェインの小さな結界を張って隠れていたユニスは、男達が入って来るとすぐに、天井の氷柱を増やした。室内の気温が急激に低下する。扉が開いていても、摂氏マイナス二十度だ。吐く息が真っ白になっているのを透視で確認する。
「げえ、寒いッ!?」
暗闇の恐怖と謎の急激な気温の低下に、侵入者達は慌てふためいた。
キンッ!
澄んだ金属音がした。暗闇で小さな火花が生まれ、太刀を振るう白い影が浮かんで消えた。プリンスだ。白っぽい銀髪と白い戦闘服が、闇の中でかすかに閃く。
「わあッ!?」
「ギャッ!!!」
男の悲鳴と金属音が止む。
重い打撃音が連続した。
それを最後に、フロアは今度こそ静まった。
「ユニス、明かりを!」
プリンスの合図で、ユニスは両手の上にシェインの光球を三つ創造し、三方へ投げ上げた。
たちまちフロアに光が満ちる。
フロア中央で、プリンスが太刀を鞘に収めていた。その足下に、ガードベストを着込んだ男が二人、長々と手足を伸ばして倒れている。床には太い鉈刀が落ちていた。床に血は流れていない。
晶斗は玄関扉の前にいた。奥の廊下の入り口にはアイミアが立っている。
ユニスは箱から離れ、晶斗の横へ移動した。
晶斗は暗視グラスを額に押し上げた。
「六人か。俺が三人、プリンスが二人、姉御がひとり。残りは?」
「外にいるわ。こいつら、シェイナーじゃないわ。それからアネゴはやめてよ」
アイミアは足下で横向けに寝ている男の背中を軽く蹴った。男はごろりと仰向けになった。無精ヒゲが生えた顔は白目を剝いている。
「アイミア、まとめて拘束を、ユニス、外のは?」
プリンスが鞘の先で、側に倒れている男の黒いゴーグルを払いのけた。この男も白目を剝いている。その近くには、刀身の真ん中で二つに切られた長めのガードナイフが落ちていた。
「もちろん、逃がしてないわ」
ユニスは右手の指を鳴らした。小気味いい音がして、壁際に付いていた氷柱が、いっせいに落下する。同時に肌に温みを感じた。室内の気温が元に戻ったのだ。
晶斗が玄関ドアの右側を開放すると、すぐ前に、いびつな氷の連山があった。
「た、たすけてくれ、このままだと体が腐っちまう」
五つの白い峰に五つの頭部が突き出ている。鎖骨から下の部分、腕と下半身を氷でガッチリ固められ、泣きわめく大の男五人のオブジェだ。いずれもガードベストを着込み、武器や幅広のアイテムベルトを身に着けた護衛戦闘士風の男達だ。
「おれたちは金で雇われただけだ。その女の子を、こ、この湖の対岸の洞窟へ連れてこいと言われて」
「他のことは知らない、本当なんだ、殺さないでくれ」
男達は口々にわめき散らした。
「これは悲惨だわね。さすがは冷凍少女、逆らう者に氷結地獄を見せるって噂は、本当だったんだ」
アイミアは氷山の周囲を一周した。
「へえ、そんな噂があるのか。俺、逆らわなくて良かった」
晶斗がしみじみ安堵したふうに言ったので、いつか実体験する日が来たら念入りに凍らせてあげなくては、とユニスは記憶のメモ帳に記しておいた。
「見事な氷山ですね。中央駅で作った氷山より水の純度が上がっています」
プリンスの褒め方は嬉しくない。それにしても、氷山を制作する度に、氷の成分分析までされていたとは知らなかった。
パキパキと氷の中で音がする。氷は成長している。氷山の麓から何本もの細いタケノコ状の氷が這い上っていく。男達の足から腰へ、腹から腕を伝い、胸を取り巻いて、刻一刻と分厚くなっていく。
「さーて、と、あたしを誘拐しろと言った愚か者はどこの誰かしら。あら、静かねー。言えないなら、そんな頭はいらないでしょう」
ユニスがにんまり微笑むと、男達の顔面が蒼白になった。
彼らは全員普通の人間だ。職業はフリーの護衛戦闘士といったところだろう。遺跡地帯にはごろごろしている。ただし、この程度の戦闘でシェイナーへの対処すらできないのは三流レベル。小金欲しさにつまらない犯罪行為に加担するていどに、裏社会でも最下層に属する連中だ。
這い上る氷は、男達の首の付け根に幾重にも巻き付いていく。氷の触手の先端が一番手で顎に触わった男が耐え難い悲鳴をあげた。
「連絡は、守護聖都フェルゴモールにある酒場を使うッ。そ、その店のバーテンに合い言葉を言う。古き三柱の神々の名だ。こっちはイーシャで、やつらはコルセニー。『フェルゴウン』を呼んでくれと言えば、あいつらのボスに取り次いでもらえる」
「その酒場はどこ?」
ユニスは冷たい声で訊いた。
「セルレイ」
それは、湖の精の名前だっただろうか。強盗団はルーンゴースト大陸の神話と伝説に思い入れがあるようだ。