001:再会のサプライズ
するどい!
光は銀色だ。
目を射るほど閃いた。
いきなり数十人に襲撃されるなんて。
離れた場所から、さらに別の剣戟の音があがる。中央駅で白中堂々、やけに荒っぽい襲撃者達だ。
でも、これで襲撃者の注意は、わたしから逸らされた。ユニスの味方も複数いるらしい。助けてくれたのは、誰?
ユニスは金茶色の髪をベージュ色のフードから翻した。
真正面に新たな一団が現れた。強盗にしては多すぎる。
――だったら、あなたたちには、これをお見舞いしてあげるわ。
ユニスは微笑んだ。
氷よりも冷たい一陣の風が吹き抜ける。
ユニスに迫っていた一団は、カチリ、と、その場で動きを止めた。
ざまあみなさい、か弱い乙女を襲撃するから、氷柱花みたいにされるのよ。逮捕されるまで、そのままで反省するといいんだわ。
背後で足音。
視界の左端で影が流れた。
いけない、死角へ入られた!?
取りこぼしたのはひとり、その男の右手には戦闘用ナイフ!
ユニスは大きく目を見開いた。振りかざされた鋼の刃に、ユニスの濃い金茶色の瞳が映り込む。
刹那、男の右横っ面を、黒いブーツが蹴り飛ばした!
男はフッ飛び、近くの石柱に左肩から激突した。
ユニスは、黒いブーツの主へ向き直った。
長身の青年は、黒いガードベストの胸の鞘にガードナイフを収めた。
「よお、久しぶり!」
右手を上げ、嬉しそうにユニスの方へ近寄って来る。
短い黒髪、額に迷彩色のバンダナを巻いたその顔は、よく日焼けした精悍な美丈夫だ。はっきりした黒い眉に黒い瞳、まっすぐ通った鼻筋に薄い唇は、ルーンゴースト大陸の東方民族の特徴があった。
「晶斗!?」
ユニスはフードを外した。金茶色の髪が腰まで流れ落ちる。肩にこぼれた一房は左手で後ろに振り払った。
「半年ぶりね。助かったけど、なんでここにいるの。東邦郡で活躍中じゃなかったの?」
ユニスは晶斗を見上げて、ちょっと驚いた。半年前に別れた時より、ずっと顔色が良い。二、三歳若がえったみたいだ。
無事に故郷へ帰れたのが良かったのだろう。
「俺の方は依頼人に招かれたんだ。まさか、こんなところで君と再会できるとはね」
晶斗は、さあおいで、と言うように両手を広げた。再会の感激でユニスが抱きついてくるのを期待したらしいが、
「また、あなたと会えて、嬉しいわ」
ユニスは腕の届く距離まで近づかなかった。
だって、わたしたちは恋人同士じゃないもの……。
微笑んで、見つめ合った時間は、一秒たらず。
晶斗はさりげなく両腕を下ろした。でも、その口元がつまらなそうに尖ったのは、ユニスの見間違いではない。
――あ、諦めた? でも、もしかして、わたしが飛びつかないのを残念だと思ったのかしら。
すでに晶斗は不敵な笑みに切り替えていた。ユニスに晶斗の本当の感情を見せてくれない態度は相変わらずだ。
「再会の場にしては、ちょっと物騒だったよな。俺には良い運動になったけどさ」
晶斗は背後に転がっている男達を一瞥した。晶斗が倒した襲撃者は、ざっと十数人。一般市民風のおじさんから駅に勤務する制服職員まで、変装はさまざまだ。床にはナイフや剣など、市民生活とは相容れない凶悪な得物が散らばっている。
この程度の連中なら、束になっても晶斗には敵うまい。晶斗は『護衛戦闘士』、それもルーンゴースト大陸東にある東邦郡で、トップクラスの腕利きだ。
「強盗の団体かな。それにしちゃ目立ちすぎだが」
「ほんとに不思議よね~。わたしなんかに目を付けるなんて」
今日のユニスは、外出着のレース飾り付きチュニックスタイルの上から、わざわざ地味なベージュ色のポンチョを羽織り、フードを深く被ってきた。お洒落のポリシーで二十センチのハイヒールは履いている。だが、通りすがりの強盗に目を付けられるような大金持ちの貴婦人風ではない。
ふいに、遠くで悲鳴が上がった。
唐突に、剣戟が止む。
普段なら午後の人出で賑わう広い構内が、シンとした。
まるでゴーストタウンに迷い込んだよう。周りに倒れているのは悪党ばかりときた。一般人に被害が及ばなかったのは良しとして、奇妙でもある。その疑問がユニスの顔に出たらしい。
晶斗が、俺さ、と切り出した。
「昨日の夜に依頼されて、今朝、依頼人が用意した飛空艇で来たんだ。依頼人は守護聖都フェルゴモールの大富豪としかわからない。で、待ち合わせに指定されたのが、ここだった。着いた途端に、ユニスが襲撃されていたってわけだ。強盗でなけりゃ刺客だが、狙われる心辺りはあるかい?」
晶斗は倒れている男達の方へ軽く顎をしゃくった。
「無いとは言い切れないけれど、その理由は、わたし達をここへ呼んだ人に聞きましょうか。晶斗も見当は付いているのでしょうけど、どうするかを決めるのは、それからでも遅くないんじゃない?」
「おおっ、相変わらず余裕だなー。かっこいいお嬢さん、どう、俺と付き合わない?」
「そんなに褒めないで。これでも忙しいから、プライベートのお付き合いはお断りしているのよ、ごめんなさ……」
ユニスの断り文句が終わらないうちに、右横から音も無く近付いてきた白いコートの背がユニスの視界を遮った。
白いコートの主は、左手に太刀を持ち、晶斗と同じくらい長身だ。
これはまずい。ユニスは二十センチのハイヒールを履いてやっと百六十センチ以上になるから、この二人に寄りすぎると、ずっと顔を見上げていなければならず、首の後ろが痛くなる。
ユニスはそうっと後退して、適度な距離を取った。
「ここで会うとは奇遇ですね。どうやら上手く片付いたようだ」
錆の効いた低い美声だ。長めの黒髪が、白い額でサラリと揺れる。目鼻は黒い大きなヴァイザーで覆われ、見えるのは端正な唇だけ。それでも比類無き美貌は隠しきれない。帝国宰相閣下にして直系皇族のセプティリオン大公。シャールーン帝国の国民的アイドルとして絶大な人気を誇る、通称『プリンス』、その人だ。
「しらじらしいわね、やっぱり代理人を使ってわたし達をここへ呼び出したのは、プリンスだったのね。どうして駅で待ち合わせたら襲撃されることになるの?」
ユニスが抗議すると、間髪入れずヴァイザーの奥から鋭い視線が返された。
「ユニス、私がこの姿の時は魔物狩人のバシルだと教えたはずですが……」
プリンスの怒りのオーラを浴びて、ユニスはぴたりと口を噤んだ。
いかに暗色の大きなヴァイザーで目鼻立ちを隠そうとも、間近で見れば顔立ちはわかる。国民の間では複製画や写真が飛ぶように売れているのだ。シャールーン帝国では知らぬ人はいない。どうして本人は、この程度の変装で別人になりきれたと思えるのだろう。
「よ、久しぶりだな、魔物狩人バシルさんよ」
晶斗は苦笑いしつつ、右手を上げて挨拶した。
「さっそくだが、俺たちを呼んだ理由を聞かせてもらおうか。昼日中の駅で団体に襲撃されるなんて、手が込みすぎているだろう」
「駅を待ち合わせ場所にするのは一般的だし、刺客は手土産とでも思ってください。我々の再会には、このくらい刺激がある方が面白くありませんか」
プリンスは澄まして応じる。
「なんか知らんが、アンタの思惑通りにいったってわけだな。だったら、そろそろ本題に入ってくれよ」
晶斗は口の片端を歪めた。少し離れた場所に転がるプリンスが倒した数は、ざっと二十人以上。晶斗の倒した倍だ。
「じつは、ある強盗団がユニスを狙っていると、とある筋からの情報提供がありまして。面倒なので、こちらから情報を流して敵をおびき寄せました。今日、この時間に、シャールーン帝国で有名な『冷凍少女』ユニスが、東邦郡の友人を迎えに駅へ来るとね」
プリンスは、ユニスの二つ名をわざわざ出した。氷温を操るのが得意なユニスに付けられた、ありがたくもない二つ名だ。
晶斗の前で言うなんて、プリンスはあいかわらず意地悪だ。
もう一つの『氷の女悪魔セビリス』と呼ばれるよりはマシだけど、ここで言う必要があったのかしら。
「それでわたしも、プリ……じゃない、さっき、バシルさんを見つけた直後に、襲撃されたのね。時間通りに」
ここに来たのは、プリンスのお膳立て。どうりでプリンスと晶斗は、じつにタイミングよく、ユニスと強盗団の間に割って入ってくれたわけだ。
ユニスは昨日、プリンスの代理人から連絡を受けた。
指定されたのは、中央駅の構内にある中央広場。目印となるモニュメントも何も無い、だだっ広いスペースだ。時間厳守を念押しされて来てみたら、昼間なのに清掃中立ち入り禁止だの、工事中通行禁止だのと、あちこちに看板が立てられているではないか。
強い指示を受けていたユニスでさえ、立ち入るのに躊躇した。それが一般の通行人が来なかった理由だ。
「こういうのは、一カ所にまとめた方が片付けやすいと思いまして」
「そうね、わたしはこぼしちゃった分もあるけど、全体で効率は良かったかも」
プリンスに同意して、ユニスは背後へチラリと視線を送った。
そこからは、冷たい空気が流れてくる。運動して熱いから、気持ちが良い涼しさだ。晶斗も同じ感想を持ってくれるといいのだが。
ふーん、こいつが例の、と、晶斗が感心して見上げている。
「これが冷凍少女の得意技か。そういや、こうして実物を見るのは初めてだな。ひい、ふう、みい……、と、いったい何人まとめてあるのか、たいしたもんだぜ」
そこには、巨大な氷山があった。中央広場の高いドーム天井すれすれにまで聳え立つ。歪に大きな氷山の麓は、広場の床面積の半分をゆうに占めている。
すばらしく透明な氷の中には、人間が閉じ込められていた。
今にも標的に襲いかからんと武器を手にした刺客が、総勢五十二人。ユニスも指さし確認して数えた。氷柱花ならぬ氷柱人間だが、死んではいない。これはユニスが特殊能力で作った特殊な氷ならぬ氷、彼らはこの中で眠っているだけなのだ。
惑星ルーンゴーストには、もっとも広大な大陸ルーンゴースト限定で生まれてくる特殊能力者が存在する。
それが『理律使』だ。
この世には、世界を構成する絶対の法則『理』がある。それを自在に操る方法が『理律』、普通の人間には見えない空間や物質に作用する力だ。
このシェインを使える能力者が、シェイナーと呼ばれるのだ。
ふっ、とプリンスが笑った。
「氷の透明度が上がっていますね。さすがは冷凍少女、いつもながら見事な仕上がりです」
プリンスの褒め言葉に、ユニスは背筋がゾクッとした。いつもながらって、いつのことと比べているのだ? いったい、ユニスの二十年弱の半生における氷山作成歴を、どこまで詳しく知っているんだろう。
そもそもシェイナーとしての能力は、プリンスの方がユニスよりもはるかに上だ。この程度のシェインの駆使で褒められたって、ぜんぜん嬉しくない。
「そこは、一流のシェイナーと言ってくれればいいわ。でないと、わたしもバシルさんの名前を間違えるかもね」
ユニスは内心の怯えを隠し、精一杯の皮肉で抵抗を試みたが、
「それは失敬、気をつけましょう。お互いの、今後の仕事のためにもね」
プリンスは愉快そうに応えた。どうやらこの事態を面白がっているらしい。
「しかしなぁ、シェイナー・ユニスより、冷凍少女のほうが絶対に名前が売れてるって。東邦郡でも調べてみたら有名だったぜ」
晶斗が会話に割り込んできた。今度はユニスも負けてはいない。再会の日に備えて、晶斗の事はちゃんと調べてある。
「あら、そう。それって、東邦郡の野生児といい勝負よね。最近は強盗団の逮捕に協力したとかニュースで聞いたわよ。ついでにビルも三軒破壊したとか?」
しらっ、とユニスが切り返すと、
「へえ、そんな噂がシャールーン帝国にも届いていたんだな。有名になると暮らしづらいもんだ。お互い、通り名を本名に改名でもするかい?」
晶斗は、そらっとぼけて、ニヤリと笑った。豪胆でちょっとニヒル。二つ名のワイルドボーイのイメージを裏切らぬ自信にあふれたその表情。陽気なのは彼の長所だ。ただし、適当に切り上げないと、どこまで本気でどこからが冗談なのか、わからなくなる。
「あら、わたしは普通の女の子だから、このままでいいもの」
「そりゃ残念だ。今、改名したら、東邦郡一の護衛戦闘士を特別割引で雇えるサービス付きで、お得だぜ?」
「お金をもらっても、やだ!」
ユニスがそっぽを向いたら、
「二人とも続きは後にしてください。時間切れです」
プリンスが顔を向けた方角から、大勢の足音が聞こえてきた。
「公安警察が来ました。後始末は彼らにまかせて、私達は退散しましょう」
プリンスが身を翻した。
ユニスと晶斗は慌てて後を追った。