約束(ファーストワルツorラストワルツ) -ゲイル目線-
く~~~~!!!お兄ちゃん…!!!!
王女:シルビア様と、お兄ちゃん:ゲイルのターンです。
ああああああ~~・・・
王宮からの帰路中。
馬車に揺られながら、メガネを外して目頭を押さえた。
先ほどの事を思い出して、疲れが一気に出た。
今日は、各地領地を治める公爵・侯爵陣が集まる報告会があった。
俺は父の名代で、コンタージュが納める領地の報告をしに参加していた。
そう、報告会だけならこんなに疲れない。
その報告会の後、王女に捕まったのだ…。
それもこれも、あの時、ラフィニアにはもっと強く言っておけば…
……言えないけど。俺。
はぁ。
可愛い俺の妹、ラフィニア=コンタージュは、今年めでたく社交界にデビューする。
そして、俺が仕えるこの国には、社交界デビューする者達には古くからの決まりごとがある。
その一つが、“王宮でのお茶会”だ。
由来として、その昔。時の王太子が自分の花嫁探しの為、まだ社交界にデビューしていない者を集めたことがきっかけだったとか。
今、この国に王太子はいないのだが、いなくともこのお茶会は開催されることになっている。
何でも、“我が国の女性の品格を落とさない為、最低限のマナーと知性を王族に示す機会”なんだそうだ。
ま、そんなことは今は関係ない。
そんな事情で、うちのラフィニアも先日そのお茶会に参加したのだが。
まさか、ラフィニアが伝えてきた伝言でラフィニア自身がピンチに立たされる。
いや、俺が悪い。
どうするんだよ、俺!
叶うなら、今、自分の髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き混ぜてしまいたかった。
貴族の嫡男としてそんな真似できないけど。
それほど、今の俺は混乱していた。
-----それは、お茶会を終え帰ってきた妹の開口一番の発言。
~~~ 回想 ~~~
『お兄様、今度の報告会の後、王女様がお話したいと言ってらっしゃいましたわ。』
『・・・は?』
俺は、可愛い妹が他の参加令嬢に意地悪をされてないかとか、ハブられて泣いていたんじゃないかとか、泥入りのおはぎを食べさせられたんじゃないかとか、とにかく心配で心配で、ドキドキしていたというのに。
屋敷に帰ってきた妹は開口一番に上記を口にし、ニッコリ笑うではないか。
うん。うちの妹、超可愛い。
安定の天使に頬が緩みそうになるが、さっきの発言は聞き流せない。
『ラフィニア。お前、シルビア様に何言われたって?』
『今度の報告会の後、話がしたい。と言ってらっしゃったわ。』
『妹。俺、ラフィに言ったよね?王女が俺に対して何を言っても、答えは“いいえ”だって。』
『えぇ、おっしゃったわ。でも、お兄様と話をしたいと言われて、私がいいえで答えては筋が通りませんわ。シルビア様からしたら、何故妹のあなたが断るのってことになりますでしょ?』
ちょとんと小首を傾げ、意見を求める妹に、俺はぐうの音も出ない。
……天然ぽわぽわの癖に、そういうところは鋭い我が妹。
『で、はいと返事をしたわけね。』
俺はがっくりと肩を落とした。
すると、ラフィニアは眉を八の字にして俺を見上げている。
俺と同じ琥珀色の瞳が不安げに揺れる。
『お兄様?』
俺はラフィニアの少し解けた髪に手を伸ばし、優しく梳いて治しながら笑った。
『分かったよ。報告会の後話を聞きに行くよ。』
俺のその返事と表情に安心したのか、ラフィニアは俺の腕に腕をからませ、ダイニングへ移動する。
足取り軽く並び歩くラフィニアに、まぁなんとかなるかと、この件を安易に流したのがいけなかった。
で、今日。
報告会は無事に済み、ため息を押して資料の整理をしていると、俺の横にメイドがそっと近寄ってきた。
『王女様がお待ちです。』
他の公爵・侯爵たちに聞こえないように耳打ちされ、俺はメガネを指で押し上げ資料を片手に立ち上がった。
『コンタージュ次期侯爵。どちらへ?』
隣に座っていた公爵に呼び止められ、俺は姿勢を正し笑顔を張り付ける。
『えぇ、現当主がこちらに赴けなかったので、家の者として改めてお詫びをしにいくんですよ。』
そういうと、公爵は、『そうですな。君のところだけですからな、現当主が現れないというのは。』嫌味たっぷりな狸ジジィに内心舌を出しながら、会釈した。『では。』とメイドと共に、会議室を出て廊下を歩く。
やがて、東の棟の一室に通された。この棟は確か王女様が管理している棟。で、ここは彼女の執務室だ。
相変わらず、本で作られたビルが立ち並んでるし、広げられた地図が机一杯に広げてある。図や表、異国の文字が書かれた本が床に何冊も転がっている。
足の踏み場もない。
まぁ、自分も調べものをするときはこんな風になったりするから、シルビアのこの部屋の有様も分からんではない。
……今日は何の用なのかね。
俺は彼女を待つ間、転がっている本を拾い上げ、ななめ読みをする。
ふ~ん…医療の向上と、技術の向上。技術者の留学と技術の輸入か…。
面白いじゃないか。
この話かな?
俺はシルビアが考える次の思案に、知的興奮を抑えられない。
これだから厄介だ。彼女の頭脳は俺好みだから。
ずっとそうだった。
男子の貴族が12歳~18歳迄通う学院に、彼女が男子に変装して紛れ込んでいたことがあったのだが、その時のディベートは鮮明に記憶に残っている。
12歳のシルビアに18歳の俺。結果は俺が勝って終わったが、ギリギリの勝利だ。
あんなに追い詰められたのは、後にも先にもあれだけで。
やがて、俺が卒業する時、シルビアが女で、しかも王女だということがばれた。
あれから俺たちは歳を重ね、“先輩と後輩”から“次期侯爵と王女様”になった。
国のトップに立つものとしての彼女の戦略に、同じ速さで思考が追いつく瞬間、高揚したのは一度や二度ではない。
叶うなら……
だめだ。
俺しか、コンタージュ領を守れない。
誰でもない俺しか、あの独特の地形を持つ領地を統率し、荒ぶる海賊や他国の侵略者を侵攻させない最初の砦を支えられないのだ。
たとえ、ラフィニアが誰か婿を取ったとしても、ぽっとでの若造に長年守り抜いたコンタージュ領地を守り切れるわけがない。
軽く目を閉じ息を吐くと、背後の扉が開いた。
俺は振り返り、苦笑する。
『ダメだろ、王女は優雅に登場しなくちゃ。』
『いいでしょ、次期侯爵。知らない仲じゃないんだし。』
お互いに軽い上辺だけの会話をする。
中身のない会話は、早いキャッチボールをするように続く。
『しらねぇ仲だよ。』
『私は、先輩のパンツの色知ってるけどね。』
『おまっ!』
『うっそ。』
シルビアは、面白そうに目を細め、会話を終わらせた。
それを感じて、俺は本題を切り出した。
『で?俺に話って、これの話?』
俺は今読んでいた本をシルビアに見せ、机に置き指でトントンとノックした。
『さすがセンパイ。でも、半分正解で、半分不正解。』
『お?』
『もう半分はね。』
俺は片眉をあげて、シルビアを見ると、彼女の瞳は真剣に俺を捉えている。
『ゲイル=コンタージュ次期侯爵。』
『……はい。』
シルビアは背筋を伸ばして俺を見上げていた。
俺も背すじを伸ばし、家臣としての返事をした。
『明日の夜行われる、シーズン最初の王宮舞踏会で、私と踊って。』
時間が止まったかと思った。
『………は?』
俺の間抜けな声が部屋に落ちる。
『だから、今シーズンの王宮舞踏会、私と踊ってください。お願い。』
彼女のアーモンドの瞳が、気弱気に揺れた。
俺は、そっと視線を外し、たまたま視界に入った地図を見ながら答えた。
『無理。俺の妹今年デビューなんだ。ファーストワルツは、血縁者か婚約者のみしか許されないだろ?ラフィニアには俺しかいないんだ。』
すると、シルビアは俺に背を向けて窓の方へ歩みを進めた。
俺は、彼女が俺から視線を外したことにほっとして、後ろ姿の彼女を見る。
そして彼女は窓の桟に手を着くと、静かな声でこう言った。
『私、婚約するのよ。今最終調整をしているの。』
『そ、そうなのか。…おめでとう。』
そう伝えることが精いっぱいで、俺はメガネを外し、胸のハンカチーフでレンズを磨き掛けなおした。
何故だろう、指が少し震える。
『今年が最後なの。私自身が好きな相手を選べるのは。毎回断られてばかりだったけど。この冬には私は婚約して来年の春結婚してしまう。お願い。私のラストワルツを一緒に踊って?』
真っ直ぐに見上げる彼女の眼から今度こそ視線が外すことが出来ず、息を飲む。
“ラストワルツ”
シルビアの言葉が俺の頭に刻まれてしまった。
本当は分かっている。
シルビアの手を取ったら、ラフィニアはどうなる。婚約者もいない、俺も一緒に踊れない。
ラフィニアの貴族としての評判が地に着く。
それでも、今目の前にいるシルビアの瞳や雰囲気が、俺に“いいえ”を言わせてくれない。
いや、言いたくないのかもしれない。
その思考に至りそうになった時、拳を痛いほど握りしめ理性でねじ伏せる。
そして、俺は、メガネを上げ目頭を押さえた。
『分かった。』
そう伝えると、踵を返し部屋を出て行ったのだ。
何故“分かった”と言った、俺!!
ラフィニアはどうするんだ!!!
馬鹿か俺は!!!!
混乱する頭で王宮の廊下を強歩で進んでいく。
自分自身に混乱して、大パニックだ。
~~~ 回想終わり ~~~
そして今になるわけだ。
俺は馬車の中で、明日行われる夜会・王宮舞踏会をどう乗り切るか、散々悩みに悩み。
屋敷についた時には、家人もびっくりする程よれよれの姿になったのは、言うまでもない。
ラフィニアちゃん、大ピンチ!!!
でも、きっと本人が知ったら“私行かなくていいです~。”って言っちゃいそう。
次話、ようやく本編が動く…かも?汗