王宮からの招待状 -ラフィニア目線-
ラフィニアちゃんは、ぽわぽわだけではなかったのですね。
海町のおなご、ラフィニアちゃんです。
「今は曇りなのね。でも…」
私は、自室の窓から空を眺めました。
風も少し強いようです。
そろそろ雨が降るわ。
私は、窓から離れ自分のライティングテーブルの椅子に腰かけました。
そして、領地にいるおじい様へ御手紙を書くことにしました。
“おじい様へ
先日は私の婚約破棄の件で、多大なご迷惑とご心配をさせてしまい、申し訳ありませんでした。
また、この前いただいた縁談の件ですが、もし許されるなら、もうしばらく結婚・婚約の話したくはないのです。我が儘な孫娘でごめんなさい。
今年の社交界シーズンが終わり次第、一度領地へ戻ろうと思っております。
元気なおじい様と再会できる日を心待ちにしております。 ラフィニア”
ラベンダー色の便箋を折り畳み、封筒を閉めると、部屋を出ました。
この手紙を領地へ届けて貰うため、執事のノックスを探しながら廊下を歩いていると、お兄様ノックスと何やら話しているではありませんか。
とても真剣な顔です。
私はお仕事の話かもしれない2人には近寄らず、手紙をドレスのポケットにそっとしまい、そのまま2人から離れました。
屋敷の庭園に出ると、空はやはり厚い曇が蔽っています。私は庭にある四阿に腰を落ち着ける事にしました。
長いは出来ないけれど少しゆっくりしたい。
私は屋敷の庭園を眺め、瞳を閉じます。風と肌に触れる温度。
気圧がさがってますわ…。雨が来る…。
この風は…コンタージュの港は大丈夫かしら。
私は領地に思いを馳せました。
私の領地は、海に面した地域です。
幼い頃から身近にいる、親しい領民は皆、海に出ることを生業にしています。
船で海の幸を獲ってくる者や、他国への貿易で船を出す者。海に潜る者もいます。
普通の雨なら問題はないのですが、嵐になると厄介なのです。
侯爵家から伝令で出航する船を止めさせなければならないし、台風・大津波も予測・対策を早い段階で行わなければいけません。
…もしかしたら、お兄様とノックスはその話をしていたのではないでしょうか。
今、王都は社交界シーズン。
領地の大半をお父様から任されているお兄様も、この季節だけは王都に訪れることになっています。
その間、領地はお父様とおじい様が守っていらっしゃるのだけど。
こと、天候変化を敏感に感じることが出来る兄と私がいないと、対応が遅れがちになってしまうのです。
私でも感じるもの、領地は嵐が来ているわ。
王都に居ても分かる気圧の変化に、私は瞳を開いて立ち上がりました。
きっとこちらもそろそろ雨になる。
屋敷に帰ろうとすると。
「お嬢様。」
振り返ると、侍女のカレンが郵便物を持ってこちらに歩いてくるところでした。
「カレン、どうしたの?」
「王宮から今年デビューのお嬢様方へ、お茶会の招待状です。」
差し出された白い封筒には、確かに王家の金の封蝋がされています。
私はカレンから手紙を預かり、ともに屋敷に歩き出します。
「このお茶会は、夜会本番の予行練習と言われていますね。ラフィニア様。」
艶やかな黒髪を結い上げ、小麦色の肌のカレンは、ニコニコとしており私までニコニコしてしまいます。
しかし、私は見逃しませんでした。彼女がちらりと空を見上げ、悲しそうに顔を歪めたのを。
彼女は今年30歳になる未亡人です。彼女の旦那様は、航海士様でした。
7年前、いつもの航海に出て、稀にみる大嵐に遭い船は難破。彼女の最愛の人は海に消えてしまったのです。
なので、こんな嵐を感じる日は、カレンは不安になるようです。
「話は後にしましょう。雨が来るわ。」
私はカレンの手を引いて、急いで屋敷の中へ入りました。
途中でカレンに手を引かれる形になったのは、気のせいです。
私たちはガラスの囲いで出来たガーデンテラスのガラス戸を開け中に入ると、テラス席でお茶を飲みながら書類を読む兄に出くわしました。
「ラフィニア、庭で散歩かな?」
穏やかな顔でメガネを中指で押し上げ私を見るお兄様に、私は軽くスカートを摘まんで礼を取ります。
「こんにちは、お兄様。ええ、ちょっと出てました。」
「丁度良かったね、そろそろ雨が降る。」
「えぇ。」
私は兄に微笑みながら返事をしました。
そうそうと、私は先ほどカレンから受け取った招待状を見せた。
「この手紙はお兄様ご存じ?」
「あぁ、読ませてもらったよ。デビュー前の令嬢は、王族との懇親でお茶会に呼ばれる。毎年の行事なんだろうけど……あまり王女様に会わせたくはないなぁ。仕方ないけどさ。」
お兄様には珍しく、苦虫を噛み潰した様な顔をしていらっしゃる。
詳しい事情は知らないけれど、どうやらお兄様は王女様が苦手らしいのだ。
「王女のシルビアに何を聞かれても、“兄は王宮に興味はございません。”と言うんだぞ?」
「ふふ。分かりましたわ。」
兄はコンタージュ領主になる人で、とても優秀です。
兄が成人を迎えると父たちの仕事を手伝い始めました。すると、どんどん領地は栄え始めました。
もともと寂びれたりはしてませんでしたけど、もっと暮らしやすく過ごしやすい領地になったと言われています。
その手腕を買われ城に呼ばれたらしいけど、兄は断ったらしいのです。
何故でしょうか。
「お茶会のドレスも、デビューの夜会着に合わせて新調したんだろ?」
「えぇ。領地の海の色にして頂きました。」
コバルトブルーの薄い生地を何層も重ねたスカートで、右の胸元には薄水色リボン。
袖口、スカート裾に真珠を縫いとめていて、爽やかで綺麗なドレスに仕上げていただきました。
ドレスを思い顔が緩んだ私に、お兄様が「楽しみなようで良かったよ。」と優しく言葉を掛けてくださいました。
「あ、私ノックスに御手紙をお願いしたかったのよ。お兄様後ほど夕食の席で。」
私はポケットから手紙を取り出し、慌てて兄に礼を取りガーデンテラスから足早に出ました。
「ノックスなら執事室にいるよ。」
お兄様の声に振り返り「ありがとうございます。」と会釈すれば、兄は左手でヒラリと手を振って送り出してくれていました。
その後、ノックスに私の手紙を託し、特に変わったことのない一日を終えたのです。
お茶会は、2週間後です。
次話は、王宮でお茶会です。