ハンカチ -ラフィニア目線-
クレール様に抱き上げられて、私は自邸を出ると、玄関前には待機している馬車がありました。
その馬車の扉は、クレール様の家の紋章が描かれています。
私は、この馬車に乗るのか聞こうと、すぐ近くにあるクレール様の顔を見上げました。
すると彼は、私を見返して頷かれます。
「そこまで遠くまで行きませんよ。中はクッションをいっぱい用意させています。安心して。」
そういうと、彼は御者に目配せして扉を開けさせました。
私は、綺麗に並んで見送りに出てきた当家の家人たちを彼の肩越しに見ると、みんなは揃って笑顔でいます。
なんでみんなそんな顔をしているの?と、複雑な気持ちでいるのに、私はいつの間にか、馬車の座席に下ろされていました。
そして彼も私の向かいの席に腰かけてしまうと、見送りの家人たちに会釈します。
私達が座ったのを確認した執事のノックスは、並んでいる家人たちの一歩前に出て、馬車の中の私達に頭を下げました。
「ラフィニア様、いってらっしゃいませ。クレール様、ラフィニア様を、何卒お願い致します。」
「はい。」
いつも表情が硬いノックスにしては珍しく、眉がいつもより数ミリ下がっている気がします。
そんな表情の変化に気が付いているのは私だけでしょうが、クレールはノックスに柔らかい声で返事をしました。
それでノックスは安心したのか、馬車の扉を閉めました。
そして、私たちを乗せた馬車は走り出しました。
ガタゴト ガタゴト
乗ってすぐ、私の座った座席の隣に青色でつばの広い帽子がありました。きっと、カレンが用意してくれていたのでしょう。
私はその帽子を膝に乗せました。馬車を降りるとき被ればきっと大丈夫です。
乗っている馬車は、座席がクッションでふかふかで、揺れも吸収してくれていて身体への負担を感じません。
私は、チラリと向かいに座る彼を見ました。
今なら聞けるでしょうか?
「……どこへ行くのか、今聞いたら教えてくれますか?」
「着いたら分かるから、今は聞かないでくれると助かります。」
取りつく島もない感じです。
クレール様は苦笑いを浮かべて、片手で首の後ろを掻き始めました。
私ももう、彼に聞くことはせず、又他に話題も思いつかなくて、黙って窓の外を見ていました。
-----------------------
しばらく走っていた馬車が止まり、私は窓から景色を良く見てみました。
ん?私、この場所を知っているみたいです。
クレール様に聞こうとしたところで、タイミングよく馬車の扉が開き、御者が手を差し出していました。
私は開きかけた口を閉じて、クレール様を見ました。
まず、クレール様が御者の手を取ると外に出られました。そして彼は、振り向いて今度は私に両手を差し出しています。
私は帽子を被って、彼のその手を取ろうと座席から腰を上げると、クレール様の手は私の腰を掴みました。
「きゃっ!」
そのまま腰を抱き上げた彼に、私は驚くと彼の手を取るはずだった両手を、彼の頭に回してぎゅと抱きしめてしまいました。
「っ!…………あの、ラフィニア…。放して…。」
咄嗟とはいえ、彼の頭を抱きしめてしまっている状態で。まるでクレール様の顔を胸に押し付けているようです。彼も、口を最小限動かして私を注意しようとしています。
そのことに気が付き、一瞬のうちに全身を真っ赤にさせて、その腕を空に向かって伸ばしました。
「っごめんなさいっ!!」
何故か万歳姿になった私を、クレール様はゆっくり馬車から下ろし、地面に足を付けました。
私は、真っ赤になって顔は真正面、両手は空に上げています。クレール様の耳は赤くなって、口元を手で覆い隠し視線はそっぽを向いています。
私達を送ってくれた御者は、主人たちの不可解行動に困った顔で、「あのー…。」と声を掛けてくるまで、私達はこのままだったのでした。
---------------------
「ここ……。王立公園?」
「そうです。私と一緒に行きましょう。」
そう。ここはあの“王立公園”………婚約破棄をされた公園でした。
何故、ここへ?
彼は私に手を差し出しますが、私は彼が何を考えているのか分からず、その手を取れないでいました。
すると、彼は今度は腕を曲げて、「こちらならいいですか?」と、その隙間を開けてくれました。
私は、いつまでもこうしていても仕方ないと思い、その隙間に自分の手を添わせました。
「では、行きましょう。」
私の手を確認した彼はそういうと、私の歩幅に合わせてくれ、私達はゆっくりと公園の中へ、足を進めていきました。
夏から秋を感じるこの季節は、太陽の陽が少し強く感じます。
帽子が日差しを遮ってくれて、助かりました。
公園の中の木々は、花より緑が青々としていて、生命の強さを感じるようです。
そんな事を思っていると、ザーーーーーーーと水の音が聞こえ始めました。
そのまま音のする方へ歩いていくと、在りました。
あの時の噴水のエリアでした。
相変わらず、噴水を中心に花壇と、ベンチが点在しています。
「……噴水…。」
「私たちが初めて会った場所ですよ。」
「……えぇ。そうですね。」
随分昔のようで、でもつい最近の事のようにも感じる、この時の思い出。
私は複雑な気分で、その噴水を眺めました。
「あそこに座りましょう。」
クレール様は、噴水前のベンチを指さしています。
そして、私をエスコートしてベンチに座らせ、彼はその隣に腰かけました。
ちゅんちゅん
ザーーーーー
鳥の唄声。
噴水の水しぶきの音。
この噴水エリアに、今人は私達だけです。
自然と聞こえる音に、耳を澄ませ顔を上げると、雲が一筋流れていました。
流れる風には、夏の終わりを感じます。
湿り気を感じるので、王都の外では雨かしら。
しばらく自然の情報を感じていなかった私は、その体のセンサーをいっぱいに使って、気候をフルに感じていました。
そんな私を待っていてくれたようで、私が落ち着いたのを待ってから、クレール様はお話をしされました。
「ラフィニア。ここで私は、偶然貴女と出会った。ふふ、覚えていますか?頬が腫れた私の為に、貴女は私に濡らしたハンカチをくれたのですよ。」
そうですね。あの時この場所で…。私は、あの時の事を思い出しました。
「……えぇ。マリエッタ様の飛び平手打ち。私、驚きました。」
初めて見た衝撃、今でも鮮明に覚えています。
「…あー…そこはあまり思い出さないで頂きたいです…。」
私の話に、気まずげに苦笑するクレール様に「ごめんなさい。」と囁くと、クスクスと笑ってしまいました。
そんな私に、彼もクスクスと笑い出し、私達は、肩を震わせてクスクスと笑い出しました。
笑いが収まってくると、クレール様が横に座る私を覗き込みました。
「初めて会ったとき、春のような人だと思いましたよ。朗らかで優しくて、フワフワしていましたから。」
「フワフワ?」
彼の表現を不思議に思って、言葉を復唱すると彼は、「そうですよ。フワフワです。」と又繰り返しました。
これは褒められてますか?いまいち違うようにも思います。私は、んー?と眉を寄せると、彼は私の手に視線を移しました。
「はい。…そして貴女も、手に怪我をしていました。」
「あ………はい。」
その時の事を思い出し、若干暗い顔を見せてしまい、すぐに緩く首を振りました。
いけません、こんな事を思い出すなんて。
そう思っていると、クレール様がご自分の胸ポケットから、そっとハンカチを差し出してきました。
それは、私が出会ったときに差し上げたハンカチでした。
「それ。」
「あの時のものです。」
確か花とイニシャルの刺繍をしたハンカチです。私はそれを返してくれるのかと、受け取ろうと前に出すと、その手をそのハンカチで包まれてしまいました。
「え?」
私の片手はハンカチで巻かれています。
今はどこも怪我していないのに、何故でしょう?
私は、困惑を隠そうともせず彼を見ると、クレール様はそのハンカチで包まれた手に、手を添えました。
「あの?」
彼が何故私の手にハンカチを巻いたのか、意味が分からず首を傾げると、思いのほか真剣なクレール様の瞳がありました。
噴水前のベンチに2人腰かけ、手を握り合っているように見えるでしょう。
でも、私の手にはハンカチが巻かれ、その手を真剣なクレール様が握っている。
この後、どうする気なのでしょうか?
不安で揺らいでいると、クレール様が口を開きました。
「私はね。貴女を大切に思っています。そして心配しています。後、ちょっと怒ってもいます。」
「…………え?」
彼の言っている意味が理解出来なくて、聞き返してしまいました。
すると、彼は私の手をきゅと握りました。
「大切なんです。ラフィニアが。」
「あ、あの……。」
私に途惑いの色が濃くなると、クレール様は眉を寄せました。
「大切な貴女だから、言わせてください。………目を覚ましなさい。」
彼に言われたことが分からず、私は目を大きく見開きました。
「 え? 」
耳に届いていたはずの、目の前の噴水の音も、鳥の高い鳴き声もすっと消えていきました。
長くなってしまいました。
キリがいいところまで~~ってやってたら、ダラダラしてしまったので、区切りました。
※季節補足
物語の始まりは、春。
シーズンは、初夏~夏終わりまでです。
今のシーンは、シーズン終了間近なので、夏の終わりです。




