兄の手紙と婚約者 -ラフィニア目線-
兄が領地に戻って、2日が発ちました。
私は、相変わらずベッドの中にいます。本当は「もう大丈夫だ」と言って、すぐにでも、兄を追いかけて領地へ帰還したいのですが、その言葉を口にしようものなら、侍女のカレンが無言で圧力を掛けてくるのです。
それに…サイドテーブルに置いてあるカードを指先で触り、手繰り寄せて気を落としました。
それは、お兄様が寝ている私に残していったものでした。
“ラフィニアへ
俺は一足先に領地へ帰還する。お前は怪我もあるし、戦いが終わるまで王都のこの屋敷にいなさい。
これは両親も同じ意見だ。聞きなさい。
本当は、一緒にいてやりたいがすまない。
本当に すまない。
兄ゲイルより”
兄が残したカードは、淡い水色でインクは紺。
兄にしては珍しく、走り書きでない文字で、胸の奥が何故かにざわざわします。
私は人差し指でゆっくり字をなぞると、またテーブルにそれを戻しました。
コンコン
カードを戻して、手持無沙汰になっていたところで、私の部屋をノックする音に気が付きました。
「はい。」
私は扉に向かって返事をすると、扉を入ってきたのは遠慮気味に入ってきたカレンでした。
カレンは、私のベッドの脇まで来ると、腰を屈めて私に耳打ちしました。
「ラフィニア様。クレール様がお見えです。」
「え…クレール様……。」
兄が出立してからこの2日、いえ正確にはあの事件以降ずっと、クレールは時間を作って私の元へ来てくださいます。
でも肝心の私はというと、彼に会うことを躊躇い、いつもカレンに「今日は会えない。」と伝えてもらっている始末。
今日も私は、カレンに「会えないわ。」と首を振ると、彼女は「……畏まりました。」と、最初な何か言いたそうな顔をしましたが、最後は思いを汲んでくれて、部屋を出て行きました。
…どうしても、会うことが出来ません。
この気持ちは、あの時の恐怖とは別物なのです。
私の中にある私自身が認めたくない、処理しきれない感情が彼の前で溢れだしそうで、怖いのです。
私は、ベッドの中に潜り込むと、身体を丸めて目をギュと瞑りました。
柔らかい布団にくるまれると、安心するはずなのに、何故か胸が苦しくなってしまって、心なしか鳩尾のところが痛いように感じます。
「私、何をしたいんだろう…。」
事件が起こる前は、お兄様の事が大事で、仕事を少しでも手伝えたらと思っていたのに、今の私は誰からどう見ても“お荷物”でしかない。
しかも、自分の感情もコントロール出来ない完全なお子様です。
私は情けなくて、自分自身を頭の中で叱咤していると、いきなり視界が明るくなりました。
「え?!」
突然の状況に驚き、丸まっていた私は跳ね起きました。すると、眉を寄せ困った顔のクレール様が、私がいるベッド脇に立っていらっしゃいます。
「……クレール…様?」
予想だにしなかった相手です。だって、今日もカレンに帰ってもらうよう言ったはずです。
私は、目が零れ落ちる程大きく見開くと、ベッドの一番近い位置にカレンは立っていて、私に向かってニッコリ笑い掛けてきました。その手には、私の掛布団を持っています。
「な、な?!」
私は混乱してカレンとクレール様を交互にキョロキョロしていると、クレール様が口元を抑えて、私から視線を外しました。
そして、
「女性の寝室に、許可なく入るのはマナー違反ですが、カレンさんに無理を言いました。ラフィニア、私と話をしましょう。……その恰好では、色々マズいので……私は部屋を出ています。」
私に向ける態度は、いつものクレール様ですが、その話はいつもの彼とは違います。
まるで、相手を逃がさないといった感じでした。
私は戸惑って、クレール様をベッドから見上げると。
「え?」
「……今日は帰りませんよ?では。」
その瞳は優しい色なのに、真剣で強い光があるようです。
私に帰らない宣言をすると、クレール様は、颯爽と部屋を出て行ってしまいました。
「え?え??」
私は、今の出来事があまりにもあっという間だったので、頭が処理出来ず頭上に?を浮かべていると。
「さぁ、お着替え致しましょう。ラフィニア様!」
「カレン?!」
カレンは私の部屋のクローゼットの扉を開けると、殊更明るい声を出して、私に手を広げました。
そしてその手を胸の前で組むと、真剣な面差しで私を見つめています。
「……ラフィニア様のお身体は心配ではありますが、そろそろ起き上がってもいい頃合ですわ。それに、…クレール様は毎日、お嬢様をそれは心配していらっしゃいました。お話し、聞いて差し上げてください。何卒、お願い致します。」
彼女は、完璧は侍女の礼を主人である私にしました。
こんなカレンは、この10年見た事がありません。
私は、彼女の主人として相応しくあるように、ベッドの淵に腰かけて、立ち上がりました。
「……ドレスは、あまり肌が見えない物を選んでね。カレン。」
首を傾げてお願いすると、彼女は「はい。」と返事をしてすぐ、くるっとクローゼットの中へ入っていきました。
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カレンが選んだのは、黄色とクリーム色のエンパイアラインでロングスリーブのドレスでした。
ドレスを着るのも、歩くのも、部屋を出るのも久しぶりで、少しギクシャクしてしまっている自分に、笑ってしまいました。
少し痛む足をゆっくり動かし、私は彼が待つ、二階の応接間に向かいます。
応接間の部屋の前まで着き、その扉をノックして入ると、ソファーに座っていたクレール様が立ち上がって私を出迎えてくれました。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません。…それに……あの…今までごめんなさい。」
「いえ、まだ完治していない貴女に無理をさせてしまって、こちらこそごめんなさい。」
私が今までの非礼を詫びる為頭を下げると、クレール様も頭を下げたようでした。
お互いがお互いに頭を下げ続けていると、お茶を持ってきたカレンが私達を見て「……何をやっていらっしゃるのでしょう?」と呆れた声を出したのは、いうまでもありません。
その後、私たちはずっと立ちっぱなしだったことに気が付いて、彼にソファーを勧めた。
「あの、どうぞ。お座りになって?」
「いえ、ラフィニア。貴女にお願いがあります。」
「?お願い?」
ソファーに座るとばかり思っていたのに、クレール様からの突然の“お願い”に、?が浮かびます。
すると、私に向かって片手の手のひらを差し出してきました。
その手を見て顔を上げると、優しい微笑みを浮かべたクレール様と見つめ合ってしまいました。
「一緒に来てくれませんか?」
「一緒に?」
部屋から出るのも久しぶりなのに、ここ以外のどこへ行くというのでしょう。
私は、眉を寄せその手をを取るのをためらってしまいました。
すると、そんな私を察して、彼は一歩私に向かって足を進めました。
そして、視線を合わせる為に少し屈んでくれました。
「…貴女の身体が痛いなら、私が抱えていきます。貴方が不安で怖いなら、私が必ず守ると誓うから。だから、お願いです。一緒にきてください。」
彼と目を合わせた後、視線を彷徨わせてしまいます。
頭の中で、「どしましょう…どうしたら?」とそればかりがグルグルしています。
「私の“お願い”です。」
彼は、最後の一押しとばかりに、以前私が言った“お願い”というフレーズをもう一度使いました。
これは完全に私の負けです。私はクレール様の手を取った方がいいのでしょう。
私はレースで守られた腕を伸ばし、彼の手にそっと触れました。
「………クレール様の“お願い”ですから。」
私はおずおずと顔を上げ、彼の緑の瞳を見ると、その目は嬉しそうに細められ、私の手を軽く握りました。
そして…
「怖かったら、私に掴まってください。」
私にそういうと、彼は屈んでから、私の背とひざ裏を掬い上げてしまいました。
「きゃっ!え!やっ!!」
クレール様に抱き上げられて、咄嗟に悲鳴を上げて彼の首にしがみつきました。
彼との距離が近いというか、距離がありません!
こうなったら、もうパニックです。
「このまま運びます。」
「そんな!下ろしてくださいっ。歩けますから!」
彼の腕からとにかく逃れたくて、自分の足を動かそうとしましたが、その瞬間痛みが走り、抵抗できなくなってしまいました。
「歩くのがつらいのは、この部屋に入ってきた時から察しています。無理させてしまうのですから、当然ですよ。…いいから、そのまま私の腕の中にいてください。」
真近にあるクレール様の表情は、私の有無なんて聞かないような感じで、そして、そのまま私を抱え歩き出してしまいました。
私は、彼に運ばれる恥ずかしさで、頬に熱が昇っていくのを感じます。
きっと、顔は真っ赤になっているでしょう。
この格好は、なんだか恥ずかしいので下ろしていただきたい…。
今日は本当に、自身の予想を超える事が続いていて、そのことでいっぱいいっぱいになってしまっています。
この時の私は、一人寝ていた時の、“心を絞めつけていた軋み”や、“蠢く黒いモノ”を一瞬忘れて、“羞恥”でいっぱいになっていました。
クレールさんがお姫様抱っこです。
…けが人ですよ?ラフィニアさん。
お部屋で話したらいいのに~って、作者が思ったりしてw




