企み -マリエッタ目線-
マリエッタが見ていました。
そこに自分が幸せになる要素はないのに。
でも、そうせずにはいられない彼女の想いがあったのかと。
何て図々しい女。
仕事中の彼を呼び出すなんて。
私は怒っていた。
クレールと婚約破棄をしてから、私は自分に仕える人間を使ってクレール達の周辺を探らせていた。
王宮での舞踏会で、仲良さ気に踊った2人。
悔しかった。
だって、その手を取って踊るのは私だったはずだから。
でもその後、まるで私の時のように、ラフィニアに会うことをしないクレール。
プレゼントだけを送って王宮に出ずっぱりだという。
そうよ。彼はどんな女でも、仕事を優先させる人。
安堵した。
きっと、ラフィニアも私のように怒ってクレールから離れる。
そしたら、私が彼にアプローチしてやる。
今度こそ必ず彼は戻ってくるのよ。
そう思っていた。
でも、違った。
舞踏会から1週間後、ラフィニアは兄と一緒に、政府庁舎へ行きクレールを呼び出したのだ。
侯爵の兄を利用するなんて。
ラフィニアという女は、意外に狡猾なのかもしれない。
そして、更に私をイラつかせたのは、その呼び出しに応じてクレールがラフィニアに会いに言った事だ。
私の時は、私がどんなに会いたいと思っても、彼は会いに来ることはなかった。
彼会いたさにプレゼントを要求したって、プレゼントしか送ってこなかった。
なのに、ラフィニアには会いに行くクレール。
私はなんだったの?
2人はその図書館でおち合い、カフェで仲睦まじげにお茶をしたという。
私は報告する間者を見る。
射抜くほど鋭い視線は怖かったのか、細かく震えている。
私が怖いの?
報告を聞く部屋の中、私は持っていた扇子を軋む程握りしめた。
どうやら2人は、明日も国立図書館で会う約束をしたらしい。
私もその様子を見に行くことにした。
突然、2人の前に現れたら彼らはどんな顔をするかしら。
明日が楽しみでならないわ。
~~~ 次の日 ~~~
私はキャロットオレンジでストライプ柄のアフタヌーンドレスに、お揃いのボンネットを被った。
目立つストロベリーブロンドの髪も、まとめ上げてある。
自分が一番魅力的に見える色、デザイン、シルエット。
完璧な私。
これでよし。
私は姿見で自分の姿を確認して、胸を張って頷いた。
私は自邸の馬車を使って、国立図書館へ到着した。
時間は丁度お昼を過ぎたあたり。
私は家の侍女と護衛を伴って、図書館へ入った。
館内は、図書館だけあって静かで人の足音がささやかに響くだけの空間だ。
「クレール様方は、学習スペースで会うと言ってらっしゃいました。」
「案内なさい。」
同行している侍女の言葉に顎を引き、指示すると侍女は前を歩き、護衛は私の後ろを歩く。
学習スペースと呼ばれる場所は、飴色の大型天板の机1台に椅子6脚を1セット、全部で8セットが均等に並べられている。
壁にはもちろん書架がずらっと収納されていて、興味がある人には唾涎物なんでしょう。
私は興味ないけど。
さて…ここに2人が来る。
いきなり出くわすのはどうかと思うから、どこかに隠れようと目線を巡らせて、人気のない本棚の陰に隠れることにした。
本棚に身体を預ける形で、学習スペースを覗く。
立ちっぱなしである。
……クレール達が来るまで、ずっとこのまま?疲れちゃうじゃない……。
隠れた後に気が付いて、途方にくれそうになったところで、クレールが両手いっぱいに本や資料を持ってやってきた。
クレール!!
先ほどの絶望はとたんにどこかへ行って、私はクレールを凝視し、とっさに背を向けた。
あまり見過ぎて、見つかってはまずい。
でも、久しぶりに見た彼は相変わらず優し気で、レッドブラウンの髪は急いできたのか少しはねていた。
以前、仕事帰りに私に会いに来たクレールも、ああいう風に髪の毛をはねさせていたっけ。
そういう時は大抵忙しく、ベッドで寝ずにソファーなどで寝てると言ってた。
…きっと忙しいんだ。
私は自分の顔を全部出さないように気を付けながら、クレールを観察した。
持ってきた資料や本を机にきちんと並べている。その並べ方、クレールの性格が出ていて、眉を顰めて下を向いた。
変わってないよ。ばか。
優しくて真面目で一生懸命な元婚約者。
痛まないはずの胸が痛んで、滲んでいく視界に、私は手で拭うと息を大きく吐いた。
泣いてる場合じゃない。
気持ちを立て直していると、学習スペースに高い足音がゆっくりと近づいてきた。
侍女を連れた若い女性。
若草色のアフタヌーンドレスを纏って、右手には小さめのケース鞄を持っていた。
侍女連れてるんだから、彼女に鞄を持たせればいいのに。
で、なんで侍女は日傘しか持ってないのよ。
私が首を傾げると、私の耳元で「彼女がラフィニア様です。」と侍女が教えてくれた。
私は、聞いた言葉に全身が固まるのが分かった。
彼女が
ラフィニア。
ミルクティー色の緩く巻かれた髪の毛は左サイドに流して、目は琥珀色。
色素の薄い彼女は砂糖菓子のようだ。その彼女に似合う若草色のドレス。
不釣り合いな鞄を持っているけど、雰囲気は柔らかくふんわりしている。
そして見てしまった。
ラフィニアが到着したときのクレールの顔。
あんな、嬉しそうに眩しいものを見るような顔、初めて見た。
生まれて14年。ずっと傍にいたのに。
驚きと言い表せない衝撃で、目を見開く。
口元に手を持っていき、クレール達を見つめていた。
報告を受けていた通り、ここからでは何を話しているのか分からないけど、顔を寄せ合い話をしている。
時折、ラフィニアが自前の羊皮紙に書き込む姿があった。
クレールがラフィニアに何か教えているらしい。
「爵位………領地 経営…の………」
クレールの漏れ聞こえる声から、自身の爵位や領地の話をしているらしい。
これは、私の次に婚約者なったラフィニアに、自分の領地などを教えているのかもしれない。
私は彼に直接教えてもらったことなんてなくて、家で専属の家庭教師に教わっていたのに。
肩を寄せ合い、持ってきていた資料を指さすクレール。その話を熱心に聞くラフィニア。
仲睦まじい2人の姿に、私は自分の手を握りしめた。
この感情は嫉妬より激しく暗い。
この感情は………?
自分の中に沸き起こった黒い感情に支配されそうになった時、また来場者が来たみたいだ。
暗く淀む目で見ると、次に来た人物はがっしりした男性だった。
確か、陸軍のフォード次期侯爵だったかしら。
私は、次にきた人物を注意深く観察した。
フォード次期侯爵はクレールとラフィニアが座る席の脇に立つと、自己紹介をして、そしてなにやら真面目な話をし始めた。
「軍事………火種………覚悟が……。」
やっぱりここからじゃよく聞こえない。
でも、軍事の話をしてるらしい。
覚悟ってなに?
ラフィニアに話している内容は、覚悟が必要なことなの?
しかも、何かの火種になるような………。
いいこと聞いた。
自然と口元は笑みを浮かべる。
いいこと思いついた。
社交界デビューはしてなくても、お母様についてお茶会への参加は出来る。
彼女への直接な危害は、リスクがありすぎる。
ここは女の戦い方をしようじゃないか。
まずはお茶会で、彼女の悪口を広めよう。
ない事ばかりじゃ広がらないから、少しの本当を混ぜて。
そうすれば面白いほど噂は広がっていく。
私は笑いだしそうな自身を抑えて、本棚に背を預けた。
クレールがラフィニアに特別感情を抱き始めてることに気が付き、心がどんどん沈んでいきます。
でも、ラフィニアへの嫌がらせが子供っぽい!w
これ(悪い噂)だけで済めばいいのですが………




