お願い事 -ラフィニア目線-
一話では、自分の不甲斐なさを痛感していたラフィニアちゃん。
彼女は、己の成長を望み始めました。
舞踏会から、1週間後。
最近、私の兄が変なんです。
私は、テラスに飾っている植木鉢の花たちに水をやりながら、チラリと兄を見ました。
ガーデンテラスのテーブルに書類を置いて、仕事をしている兄。
「ん~。」とか「うーーーん。」とか、一人で唸っています。
その様子は今に始まったことではないのですが、時々ペンを止めぼーっとしているのです。
私は、水やりを止めてジョーロを両手に持ちました。
「…お兄様?」
お兄様を呼ぶと、はっとした顔をして私を見てくれました。
「何かな?ラフィニア。」
眼鏡を押し上げながら、笑顔を向けてくれました。
少しお疲れ気味なのか、お兄様の笑顔に元気がないように思います。
私は、控えている侍女のカレンに視線を送り、お茶の準備をお願いしました。
カレンが私たちに礼を取り、テラスを出て行きます。
お兄様と二人きりです。
「えっと……、クレール様の事です。」
「クレール?あぁ、そういえば一日に一度、プレゼントが届くな。」
「はい。そのことなんです。」
私は眉を下げて、持っているジョーロを床に置き、お兄様の隣の席へ座りました。
「ん?それがどうしたんだい?」
私が何を言おうとしているのか、本当に分からないようです。
いつもの鋭いお兄様なら、一言で十は分かってしまうのに…やっぱりいつもの兄ではないように感じます。
「私、クレール様にお会いして、頂いたプレゼントをお返ししようと思ってるの。」
「…。そうか。でもあいつ、最近は仕事で王宮に篭ってるだろ?会えるか?」
「ううん。だからお兄様、お願いがあるの。」
にっこり笑顔でお兄様を見ると、私は“お願い”をしました。
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王宮の敷地には、王宮の他に、離宮・祭祀宮・政府庁舎や国立図書館があります。
王宮に努める家臣達は、その政府庁舎で仕事をしており、各貴族達もシーズン中はここに足を運んでいるのです。
貴族達は主に自分の領地で対応しきれない案件や、国王の確認・決済が必要な案件を、この場所で調整対応をするんです。
お兄様も1週間の間に4日は政府庁舎に行き、領地経営に関する仕事の調整を掛けています。
だから、クレール様も次期公爵の仕事で、この政府庁舎に頻繁に出入りしているようなのです。
「わぁーー……。」
目の前に、政府庁舎です。
初めて訪れました。
そう。私は、お兄様と一緒にその政府庁舎へやってきました。
「ラフィは入れないから、向かいの国立図書館で待ってて。クレール呼んでくるから。」
「はい。」
私は頷き、お兄様に礼を取りました。
政府庁舎に入っていくお兄様の背中を見送り、また建物を仰ぎ見ます。
ここで、この国の重役たちが、この国の為に働いているんです。
そこで働いている、お兄様もクレール様もすごいです!
「ラフィニア様。」
胸に溢れる尊敬が顔に溢れ、一時停止していたらしく、カレンが申し訳なさげに私を呼びました。
私は我に返って「はい。」と頷きます。
そして政府庁舎の向かいに建つ、国立図書館へ足を向けました。
大きな木製の扉をカレンに開けてもらい、私は国立図書館へ入りました。
広いエントランスで、上を見上げると天井はガラスの吹き抜けになっていました。
床は木目細工で出来ていて、エントランス中央に国花が描かれています。
本当に図書館なのでしょうか。
まるで、美術館の様に美しいエントランスに、暫し言葉を失っていると、カレンが私の代わりに受付を済ませてくれました。
「入館許可書です、お持ちください。図書室内は私語厳禁とのことです。」
カレンから、入館許可書の国花が彫られたレリーフを受け取り頷きました。
図書室に入る扉は一つだけです。
両開きの重厚なドアがあり、両サイドに王宮騎士様が立っていらっしゃいます。
「扉を開けてください。」
私は、右横にいらっしゃる騎士様にお願いしました。
すると、私が持つレリーフを一瞥して扉を開けて下さいました。
お礼を言ってカレンと中に入ると、圧巻の景色が広がっていました。
図書室内は広く、壁一面に本が収納されています。何段にも何十層と重なっている書架。天井にはシャンデリアが室内を照らしています。
私はゆっくりした足取りで、綺麗に陳列された書架の脇を歩いていきます。
クレール様が来てくださるまで、きっと時間はあるでしょう。
私は適当に一冊本を抜き、両手に抱えました。
そのまま静かにフロア中央にある閲覧スペースまで行き、椅子に腰かけました。
しばらく静かな図書室内でその本を読んでいると、出入り口の扉が開きました。
私は本から顔を上げると、慌てた様子のクレール様が視界に入りました。
私は慌てて立ち上がり会釈をします。
クレール様もすぐ私に気が付いてくださって、会釈をしてくれました。
私はジェスチャーでそこで待ってて欲しいとクレール様に伝え、読んでいた本をすぐ元の場所に戻し、クレール様の元へ向かいました。
彼と連れ立って館内から出ると、併設しているカフェへ行くことになりました。
白を基調としたカフェスペースで、私たちは向い合せに座りました。
困り顔のクレール様を前に、私は両手を握りしめます。
そして意を決して、私は話を切り出しました。
「私、プレゼントは要りません。」
「え?えっと…私が贈ったプレゼントが気に入らなかったのでしょうか?」
戸惑っているクレール様を真っ直ぐ見て、話を続けます。
「違います。あの……プレゼントを戴くのではなくて、教えて欲しいことがあるんです。」
「教えて欲しい事?私に?」
益々困惑するクレール様に、申し訳ない気持ちになりましたが、全部話してしまうことにしました。
私は身を乗り出して胸の前で両手を組みます。
「私に領地経営学と軍事戦略学を教えてください。」
「……え?領地経営学?……えっと…、コンタージュ家にはゲイルがいます…よね?何故貴女が?」
眉を下げて私を見つめる彼に、私は椅子に座り直して彼を見つめ返しました。
「私は、生まれた時から兄の背中に守られてきました。幼い頃に婚約もしていましたから、ソルベール家へ嫁ぐための勉強が優先されていました。でも、婚約は破棄されて、このシーズンが終われば、私は領地に帰ります。……私、何も得ずに領地に帰りたくないんです。出来ることなら、兄の力になりたいと思っています。」
話終えて一息つくと、今まで真剣に耳を傾けてくれたクレール様は、両腕を組んでしまいました。
…やっぱり、図々しいお願いです。
私は自然と視界が下がってしまいました。
しばらくすると、
「…海に面したコンタージュ領と内陸部のジョビニア領、きっと経営基準も心得もずれていると思います。それにうちの領は軍を持っていません。軍事戦略学は学院で習っただけで、教えられるほどではありません。」
「そう…なのですね。…大変無理を言いました。忘れ「基礎学になりますが、いいですか?」」
私が言い終わる前に、クレール様が信じられない事をおっしゃいました。
「…え?」
顔を上げると、素敵な笑顔のクレール様がいらっしゃいました。
「私が教えられるのは領地経営の基礎です。シーズン中の期間で出来るだけお教えします。それと軍事戦略学は、教えられる人に心当たりがあります。私ではなくその方に教わったらいいと思います。今度私が紹介します。……どうでしょうか。それでもいいですか?」
信じられない言葉です。
私は、首を請われたおもちゃのように縦に振り、笑顔になってしまいました。
「はい!…何卒、宜しくお願い致します。」
「えっと、教える時間ですが、私は朝から昼過ぎまで政府庁舎で働くことが多いです。なので、昼過ぎから夕方までこの図書館の学習スペースで講義しましょう。どうですか?」
「はい、お願い致します。」
私は、二つ返事で頷きました。
自分の希望が叶って安心して力を抜くと、クレール様が、小さく吹き出しました。
私は、何か?と、首を傾げると、
「いえ、初めてです。プレゼントより知識が欲しいと言われたのは。」
「変わり者ですよね。」
自覚があるので眉を下げると、彼は首を横に振りました。
「変わっていますが、いいと思います。流石ゲイルの妹君です。」
彼の言葉に、それは誉め言葉ではないのでは?と、眉を寄せたのは言うまでもありません。
私たちは、早速明日から、勉強会をすることになりました。
因みに、今まで彼から頂いたプレゼントは、返されても困ると言われてしまったので、ありがたく貰うことにしました。
でも、今後は一切要らないと釘を刺させていただきました。
ラフィニアちゃんは、物欲ではなく、知識欲でした。
そして、相変わらずプレゼントで解決しようとするクレールくん。
幼い頃からマリエッタのご機嫌を取るため、プレゼントをしてきた彼。それ以外の方法をしらないんです。




