おしまいだ。 -ゲイル目線-
ダビニオンが、ゲイルとビスターにお仕置きされる話です。
クレールにつれられて俺たちの前から離れる、ラフィニア。
…………さて、どうしてやろうか。
俺は、ビスターに肩を組まれたダビニオンの後頭部を見据えた。
そして、俺の気配を感じたのだろう。ビスターが鼻で笑ってダビニオンの肩をパンパンと乱暴に叩く。
「さぁ、そろそろ先輩にご挨拶だ!こっち向け。」
勢いをつけて、ビスターがダビニオンを俺の方に向かせる。
久しぶりに見るダビニオンは、青い顔をして心なしか震えているようだ。
俺は魔王か何かか?
俺は、自分の眼鏡と一緒に口角もゆっくり上げ、“知り合い”を見た。
「ダビニオン。久しぶりだな。君はまだ、ソルベールの次期侯爵なの?」
「はっ、あのっ、…はい。」
ビクッ!と肩を震わせたかと思うと、反射的に前を見た奴と目が合った。
本当は話すのも時間の無駄な相手だが、こいつを好きにさせとくと、うちの可愛い妹が穢れる。
ダビニオンは弾かれたように視線を避け、足元に視線を移した。
「ふ~ん。なぁ、さっきうちのラフィニアに、どんな話をしていたんだい?」
怒らないから言ってみ?と匂わせて聞いてやると、首をフルフルと振るだけである。
こういう態度の時、大概こいつは悪いことしかしてない。
俺はダビニオンに詰め寄り、耳元で囁いてやる。
「誰が、“阿婆擦れ”だって?…何が“鞍替え”だって?…なぁ、ダビニオン。」
「なっ!何故聞いて?!」
何で聞こえてないと思ってるんだよ。
残念だな。俺の耳は性能がいいんだ。妹の悪口は真っ先に耳に入ってくるんだよ。
あ、褒め言葉も入ってくるぞ。
まあいい。
驚いて目を見開いているダビニオンを、逃がさないように前から腕で首をホールドした。
意識が墜ちないレベルで締め上げながら、声を潜める。
「分かってねぇ坊ちゃんに教えてやるよ。今度妹に近づいてみろ。お前をす巻きにして、海の藻屑にしてやる。大丈夫。故郷の岩も一緒に沈めてやるよ。
二度と浮いてこれないようにな。」
ダビニオンを腕から離すと、奴は青い顔をさらに青くしていた。
だが、その目は生意気な光を放っている。
俺は、若干片眉を上げてこいつを見ると、ダビニオンが拳を握りしめて叫ぼうとしたその瞬間、邪魔が入った。
「いい加減にしろよ、お前。気づいてないのか?ここに来てる貴族全員から総スカンになってんの。なんで分かんねぇの?」
「え?」
黙って俺たちのやり取りを見ていたビスターが、赤ワインのグラスを手に、何事もないように呟いた。
ビスターの言葉に、間抜けな声を出すダビニオン。
そして、周りをきょろきょろと見回し、他の貴族と目が合っても反らされたり、明らかにそっぽを向かれたのだろう。「嘘…だろ?」と独り言をつぶやいている。
俺は、こんな阿呆に教えてやるのも面倒くさく、ため息をついた。
しかし、ビスターは最後の情けとでも言いたげに、ワインに口を付けたまま不適に笑い言う。
「お前の“イロイロな噂”は有名だぜ。筆頭貴族達は、ソルベールの後継がお前なら、商談や交流を断つつもりだ。
今頃、現ソルベール侯爵もこの事態は知ったはず。お前、マジで侯爵家追い出されるぞ?」
グラスに残った一口分のワインを飲み干し、ビスターは空のグラスをテーブルに置いた。
一連の動作は洗礼されていて、やはりビスターは次期侯爵だ。優しすぎるとも思うがな。
「う、嘘だっ!」
蒼白になったダビニオンに、俺はその頭の悪さを感じずにはいられない。
俺は、もう用は済んだと、奴の存在を無視し、白ワインのグラスを取った。
しかし、ダビニオンはまだ、自分の置かれた状況を嘘だと言い張っていている。そんな様子を見かねて、「あー…。」と唸ったかと思うと、ビスターが威圧的に言った。
こいつは本当に優しすぎる。
「そろそろ帰れ。貴族でなくなるお前を、城の警備兵が放っておくわけないからな。…帰る家、あるといいな。」
最後は残酷なほど明るい声で、ダビニオンの肩を叩き、奴の向きを王広間の出口に合わせ、背中を押した。
そして奴が暴れ出す前に、俺は近くの兵士に手を振って合図し、ダビニオンを拘束させた。
ぐうの音も出させないうちに、拘束された自分の状況にダビニオンは怒りを露わにし、怒鳴りあげようと口を開いたその瞬間。
“絶対的零度の睨み”を効かせ、黙らせた。
領地で海軍兵士どもを一発で黙らせる、俺の得意技だ。
金縛りにあったように顔面が固まったダビニオンを、兵士が連れて行く。
そして俺は、今度こそ奴の存在を忘れ、白ワインをまた一口飲み、息を吐いた。
「…やっぱりお前を敵に回したくねぇ。」
「何の話だ?」
我知らぬと言った顔で、明後日を向く。
ビスターは「おっかわりっ♪」と言って、今度は白ワインを手にした。
そしてお互い並んで、王広間で踊る貴族達を何ともなしに眺める。
「…あの坊ちゃんの人生。全部潰したのお前だろ?」
「 何のことかな? 」
素敵な音楽が奏でられ、優雅なダンス、煌びやかな衣装。
俺は白ワインの残りを掲げ、照明に透かせて見る。
半透明な液体が、煌びやかな世界を歪ませる。
それはアルコールのせいなのか、自分自身のせいなのか、その両方か。
ラフィニアが婚約したのは、俺が15の時だ。
当時の俺から見ても、ソルベールからの婚約の条件は、決していいものではなかった。
でも、父と祖父が口約束で決めてしまったからには仕方なく、この話は動いたのだ。
今もだが、領地における事務的公務は母が一任しており、当時は俺もそれを手伝っていた。
だから、婚約における契約書の作成の際、俺は無理を承知で、一文を入れてほしいと主張した。
それは、
“婚約破棄を申し出た場合、速やかに破棄。申し出された側の違約条件をすべて飲む事。”
と。
妹の幸せの為と言いながら、すべては領地の利益になるように書いた一文だった。
それからは、相手のダビニオンがどういう人物なのか、俺が持つ小隊の一部を使って逐一報告させた。
妹を大事にしているなら、この一文は何も効力を発揮しないただの“文字”で終わる。
しかし、奴は自らその文字を自分を殺す“凶器”に変えた。
誰も見ていないと思って、まだ幼いラフィニアのドレスを破き、嫌がるラフィの髪をハサミで切った。
ラフィニアを苛め蔑むダビニオン。
苛めている時のダビニオンの顔は醜く、歪んでいた。
俺は、妹を不幸にする奴を許さないと言いながら、奴に手を下す時期を窺っていた。
そして、領地に最大の利益を生む条件を整える為、最小の手段で動くことにした。
俺がしたのはただ一つ。年頃に成長したダビニオンに、末端の男爵家の女を言葉巧みに操り、奴へ近付けさせただけ。
それだけだ。
それからは、面白いほどダビニオンはその女に貢ぎ散財。公衆の面前で噂が立つほど、その女を傍に置きはじめた。そしてついにその時がきた。
ダビニオンは自ら婚約破棄を言ったのだ。
その言葉が、貴族の自分を殺す言葉になるとは知らずに。
ただ、俺もまだ甘い。
もう少し早く片付くと思っていたが、思いの他時間が掛かった。
予定では、何も憂いなくラフィニアのデビューを迎えられると思っていたのに。
奴がこの会場に来ているとは。
もっと、完璧に自分の作戦を遂行出来るようにならなくてはならない。
黙ってグラスの中の液体を眺める俺を、黙って見ていたビスターが、力任せに背中を叩いてきやがった。
バシッ!
「ってーなっ!ビスター!」
急に現実に引き戻され、俺は背中の痛さに顔を歪めると、思わぬ真剣な顔のビスターと目が合った。
「俺はお前の敵になるつもりはない。きっと、ずっとな。」
何てことだ。
こんな最低な男が、こんな優しい男を友人として得てしまうとは。
俺は、口角を上げた。
「……明日は雨だな。」
「ひっでーーーー!!」
その後、たわいない話をしてはワインを飲む俺たち。
そこに、シルビアがやってきて、テーブルに用意されたワインをあらかた飲み尽した俺たちを見て、呆れたのは言うまでもない。
10年掛かりの策略。
最後に笑うのは、コンタージュだったというわけですね。




