婚約破棄は噴水の前で -ラフィニア目線-
短い連載を始めようかと思います。
可愛いおなご、書きたいんです。
「ラフィニア=コンタージュ。お前との婚約を破棄する。」
うららかな春の日差しの中、私、ラフィニア=コンタージュは、婚約者様…いえ、元婚約者様でしょうか?
ダビニオン=ソルベール様に婚約を破棄されてしまうようです。
私は、日傘をくるっと回し、前を歩く彼を見上げました。
すると、ダビニオン様の顔は怒ったように歪められていて、私は何か声を掛けようと口を開きかけたら、ダビニオン様が大きな声を出されました。
「お前と一緒にいると、イライラするんだよっ!」
あらあら大変です。私はダビニオン様と一緒に居てもイライラはしないのですが。彼は違うとのこと。そうなのですね。
「それは困りましたね。」
「っ!その反応も頭にくるんだ!…まぁいい。俺はお前ではない結婚を考える人が出来たし。お前とは今日でおしまいだ。」
春になって、王立公園の噴水前の花壇は綺麗な花が咲き乱れています。
コートを脱いでお気に入りの日傘を射して、春の訪れを喜び、この公園にきたというのに、こんな話になってしまって、残念です。
彼を見上げていた視線を、噴水前に設置してあるベンチに移しました。
あそこなら落ち着けるでしょうか。
「立ち話もなんですし、あそこで休みながらお話しませんか?」
私は微笑みながら彼を見上げると、
パンッ!!
彼は大きな舌打ちをして、私が持っている日傘を叩き落としました。
叩かれた左手がジンジンします。
「お前と話すことはもうない!…婚約破棄は、追って家から連絡させる。破棄の理由は、お前が俺に従わなかったからだ。さようなら、だ。」
一度に捲し立てると、ダビニオン様は私に背を向け歩いて行ってしまいました。
残された私は、去っていくダビニオン様の背中を見送ると、落ちてしまった日傘を拾い閉じました。
今日は2か月ぶりの婚約者様とのデートだからと、家の侍女たちが着せてくれた淡い黄色のドレスも、雰囲気が華やぐようにと私の淡いミルクティー色の髪に飾られたマーガレットの髪飾りも、一度もダビニオン様には見られていなかったように思います。
いえ、きっと婚約が決まる前も後も、私に関心がないのでしょう。
そして、こんな時にも涙の一滴も出ないというのは、やはり私にも非があるのでしょう。
日傘を右手に、私は先ほどダビニオン様に進めたベンチに向かい腰を下ろしました。
サササササササ………
チュンチュン
噴水の音や、公園で羽を休める小鳥たちの鳴き声が聞こえてきます。
「ふぅ。」
私は、目を閉じて深呼吸をしました。
私の住まうこの国は、四季がはっきりと分かれており、特に冬の季節は身も凍る世界になります。
一週間前はまだ雪も残り、街行く人は白い息をつきながら歩いていたのに、今日は気温も一気にあがり、陽の光の暖かさをとても感じます。
「こんなにいい日なのに。」
ここまで話が進んでいますが、この私のお話をしましょうか。
私はラフィニア=コンタージュ。侯爵家の長女として生を受けました。
上には兄がいるのですが、今はいいですね。
侯爵家の者の婚姻は、家と家の契約です。
私たちの婚約の契約は、商業の拡大をしたい彼の家、ソルベール家が、私の家コンタージュ家の領地にある国最大の港から積荷を格安で出荷させる為のものでした。
でも、ダビニオン様が破棄なさったので、上記はどうなるのでしょうか…。
さっきの話の内容から察するに、すべて私のせいで婚約が無くなったと主張されるのでしょう。
私はどう動いたらいいのでしょうか…。
まぁ、難しい話は帰ってから考えましょう。
今は、この訪れた春の陽を楽しみます。
噴水を囲む円形の花壇にベンチが設置されているのですが、気を取り直して私が目を開けると、噴水の向こう側で、男女が言い争っているではありませんか。
いえ、男性が女性、いえ少女でしょうか?に言い負かされているようです。それもとっても激しく。
どんな内容かって?声は聞こえません。なんたって噴水が勢いよく吹き上がっているので。
レッドブラウンの髪の毛の頭に片手を置き、ペコペコと向かい合う少女に頭を下げている男性。
優しげな緑の瞳を弱ったように顰め、彼女のご機嫌を取っているように見えます。
すると、
パンッ
なんと、少女は自分の背より20センチは高い男性の頬に、跳び平手をお見舞いしたではないですか。
私はびっくりして目を見開きました。
平手をもらった男性も、打たれた左頬を片手で押さえ目を見開いています。
そして、彼女は彼に何か激しく言った後、少女もその場を離れて行ってしまいました。
なんて衝撃的な現場でしょう。
私は思わず口に手を当てました。
痛そうです。
そうこうしているうちに、その男性は近くにあったベンチに腰掛けました。
彼は前かがみの体制で腰かけ、微動だにしません。
私は今まで考えていた己の事情をすっかり忘れ、彼のことが気になってしかたありません。
だって、人が平手打ちされる姿、初めて見たもの。
でも、近寄っていいものなのでしょうか?
近寄って、「大丈夫ですか?」なんて声を掛けたら、さっきの光景を全部見てましたと言っているようなものです。
どうしようかと考え、彼をじっと見ていると、彼が顔をあげました。
バチッ
びっくりです。目が合いました。
彼の緑の瞳が、噴水の向こう側でベンチに座る私を捉えてしまいました。
向こうもびっくりしているようです。目が見開かれています。
驚くのも束の間、私は彼の左頬が赤くはれているのに気が付きました。
私は、ポケットから自分が花の刺繍した白いハンカチを出して、駆け寄りました。
(すみません。駆け寄ったつもりですが、鈍足なんです。)
モタモタと彼の元へ行き、ハンカチを渡そうとして、ハタッと気づきました。
ハンカチだけでは彼の頬は処置出来ないことに。
キョロキョロと辺りを見渡し、噴水をみました。
そうです。水でハンカチを冷したらいいのです。
私は自分のハンカチを噴水の水で冷やし、彼の元に戻りました。
「あの、あなたは?」
優しげな低音の声が彼の物だと遅れながら気が付き、少し驚きながらハンカチを差し出しました。
「これを。お顔を冷した方がいいです。どうぞ。」
「あ…ありがとう。えっと…」
彼は私のハンカチを受け取ると、少し困った顔をしました。
私はどうしてそんな顔をするのか気になり、「何か?」と聞くと、ハンカチを少し絞って赤く腫れた頬に当てました。
どうやら水で浸しただけのビチャビチャハンカチだったので、絞っていいのか気にされたようでした。
気が利かない。
こんな私だから、ダビニオン様に婚約を破棄されてしまったのでしょう。
婚約破棄事態に悲しみはないのに、不甲斐ない自分に気づき、自分では知らぬまにため息をついていたようです。
頬を冷していた彼が、座るベンチから見上げて声を掛けてきました。
「何かあったのですか?あ…こんな状態の私に聞かれても、言いたくないですよね。はは。」
眉をハの字にして、左頬を冷しながら、反対の頬を掻いている彼に、私は少し微笑んで答えることにしました。
「先ほど、小さな頃から婚約していた方に、振られてしまいましたの。」
「婚約、破棄ですか?」
少し驚いた様子の彼に、「そうなんです。」と微笑んでしまいました。
5歳の誕生日に婚約をし、10年ダビニオンと共にいたわ。
ダビニオンは、私と会うといつもイライラし、意地悪ばかりされた。
今年社交界にデビューを控えていましたけど、絶対にエスコートはしないと以前言われたこともあったわね。
そう。…この婚約破棄は、なるべくしてなったのね。
黙ってしまった私に彼は、そのまま何も語らず私たちの間には、噴水の水音だけ。
不意に今まで黙っていた彼が、自分の隣の席に手を置き、微笑んでいる。
「…座りませんか?私の隣でよろしければ。」
その優しげな眼が細められ、私に柔らかく誘ってくれる彼に、戸惑いもあるけど素直に申し出を受けることにしました。
「はい。」
横に座って、二人でまた黙って噴水を眺めていた。
どれぐらいそうしていたでしょう。
不意に、隣の彼がつぶやきました。
「…いい天気ですね。」
独り言でしょうか?彼の言葉に、先ほど自分も同じことを言っていた事を思い出して、くすっと笑ってしまいました。すると、彼は少しオロオロとして。
「退屈な話ですよね。すみません。実は、女性を相手にすると、どんな話をしたらいいのか分からなくて。…私にも幼い頃から婚約している方がいるのですが、その人にいつも“つまらない人”や、“退屈な人”と言われていて…。さっきも、気の利いた事が言えなくて、彼女を怒らせてしまいました。」
本当に弱ったいるのか、気弱気に頭に手を置き苦笑いになってます。
そんな彼に、私はまた笑ってしまい、慌てて口元を指で隠しました。これ以上は、さすがに失礼です。
「私こそごめんなさい。笑ってしまって。…私もさっき同じことを思っていたのです。今日は陽が暖かく風も爽やかなんですもの。誰でもそう思いますよ。あなたの婚約者様も、あなたと久しぶりのデートで緊張していたのでは?今頃後悔されているかと思います。」
私の言葉に安心されたのか、ほっと息を吐き、私に微笑んでくれたので、私も微笑み返しました。
しかし、相変わらず、彼の頬は赤く少し腫れているようです。
私は、彼を早く家に帰したほうがいいのではと今更ながらに思い、話掛けようとしたところで、
「でもね。さっき、「あなたなんて大っ嫌い!」と婚約破棄を私に言い放って、行ってしまったんです。」
「え?!」
「私たちの事、見られてましたよね?」
「いえ、声は聞こえていませんでした!あ!」
いけない、私!見てたことはバレちゃったわ。
「ごめんなさい。」と小さな声で謝ると、弱った顔をした彼と目が合いました。
私は、気まずげに彼に背を向け「そろそろ帰ります。」と席を立とうとすると、いきなり座っていた彼に手を取られました。
何が起こったのか、びっくりすると、緑の眼は真剣に私の手を見ています。
「左手、赤くなっています。どうしたんですか?これ。」
突然のことに、私は覗き込まれ縮まった彼の顔との距離に、目を白黒させると、彼は私から離れて噴水へ行った。
何をしているのかと思い歩み寄ろうとすると、戻ってきた彼にまた私は手を取られ、ベンチに座らされた。
そして、私の左手に濡れた空色のハンカチを巻き結んでくれた。
「女性の手は、綺麗に守らないと。ですよね?」
片膝を付き、ベンチに座る私に手当をする姿は、王子様のようで。
とくん
こんな風に異性に大事になれたことなど、親族以外ではありません。
びっくりして、目の前の彼を見つめてしまいました。
レッドブラウンの髪と緑の眼。その容姿は整っているのに、優しげな雰囲気。
今まで、私の周りにはいなかった異性です。
私は、何故かは分かりませんが『いけない。』と思って握られたその手を抜きました。
「あ、あの私。失礼します。」
「え?突然どうして?」
「婚約破棄のこと、早く家に報告しなくてはなりませんので。では。」
黄色のドレスを翻して、ダッシュ(のつもり)で噴水前を後にしようとしました。
「君!」
彼に呼ばれたような気もしましたが、振り返ることも出来ずに、私はそのまま公園出入り口に着きました。
出入り口では、なかなか公園から出てこない私を心配していたのか侍女のカレンに「お嬢様、大丈夫ですか?!」と声を掛けられたけど、「大丈夫。」と答えたっきり話したくなくて黙ると、カレンはそれ以上声を掛けることなく馬車に一緒に乗り、家路につきました。
私の左手には彼の空色のハンカチが巻かれ、彼の左頬は私の白いハンカチが冷していることでしょう。
それぞれのハンカチに刺繍してあるイニシャルに気づくのは、それから1週間後のことでした。
お読みいただき、ありがとうございます。
更新、さくさくして、早めに仕上げたいものです。