第99空間 不穏分子3
「それじゃ、残りも片付けに行こうか」
そういってトモキは居住地へと一旦向かう。
残り5人の倒すべき敵は、居住地から離れたトンネル前にいる。
その場所へと出向くには案内が必要だし、代わりにトンネル前に展開する者が必要になる。
加えて言うなら、相手を取り囲めるくらいの要員も欲しい。
それらを揃えるために、一度帰る必要があった。
戻った居住地にはそういった者達が既に集まっており、出発を待っていた。
2台の車を囲むようにしていた者達が、トモキ達と合流する。
「それじゃ、行くぞ」
簡単にそれだけ行ってトモキは出発した。
特に言うべき事は無い。
自分達の車に燃料を補給し、装備などを確かめる。
それだけをさせてから車を動かしていった。
案内役を一人乗せて他の者達の前を進んでいく。
後ろから2台がついてくるのを確かめ、あとは案内の言うままに車を走らせていく。
心配はある。
ついてくる者達がまともに動けるのかどうか。
何せ相手は人間である。
モンスターならば躊躇いもなく倒す事は出来るだろうが、人が相手だとどうなるか分からない。
やらなければ今後の被害が増大する、集団としての機能が崩壊するからやらねばならない。
しかし、理由はどうあろうと殺人にはなるので、どうしても躊躇が出てくるだろう。
それが致命的にならなければと思う。
(それになあ……)
もっと怖いのが、ここにいる者達が敵側につく可能性である。
こんな事になってる原因は、この手段内部における分裂だ。
派閥争いとかそういった可愛いものではない。
主導権争いと言うのも手ぬるいようなものである。
テルオやカズアキ、他の者達からも多少は色々聞いたが、やってる事は乗っ取りと言える。
そんな連中を快く思わない者達もいるが、そんな事をしてる連中に賛同してるような者もいる。
ここにいる者達で、それらに荷担してる者がいる可能性もあった。
土壇場でトモキ達を裏切るかもしれない。
そうなったらどうするかも考えておかねばならなかった。
(なるようになるしかないんだろうけど)
対策らしい対策はほとんどない。
というか、もしトモキ達以外全員が敵に回ったら、全滅の可能性の方が高い。
やれる事はほとんどない。
そうなったら、流れの中で上手く立ち回るしかなかった。
(あいつらが上手く動いてくれればいいけど)
念のために多少の手は打ったが、それらがどこまで上手く機能するかは分からない。
全ては行き当たりばったりになってしまうだろう。
何でもそうだが、絶対という事は無い。
全てが上手くいくと思えるほど楽観は出来なかった。
それでも車を走らせ、トンネル前に出向いていく。
一度招集をかけたとはいえ、生活を維持するだけの稼ぎも必要になる。
それらを保つ為に何カ所かのトンネルには人が残っていた。
その一つへと向かっていく。
人数は5人。
最近は3人ほどで一組になってる事が多いので、割と人数が多い方である。
安全性の確保を理由にしているが、人数を分散させないためであろうとカズアキやテルオなどは言っている。
下手に人数が散らばれば、殲滅される可能性がある。
そこは彼等も気をつけてるようではあった。
威勢良くなってるとはいえ、まだまだ全体の中では少数派である。
一瞬にして倒される可能性はまだまだ大きかった。
実際、今回二手に分かれている事が、殲滅のしやすさにつながっていた。
さすがに10人が集まっていたら、奇襲をかけても簡単には倒せなかっただろう。
緊急招集で二手に分ける事が出来たのは、偶然とはいえ運が良かった。
その5人を取り囲んで攻撃する。
作戦といえるほどのものではないが、それがトモキ達のとる手段となっていく。
あとは相手がどう行動するかである。
レベル10がいるというのだから油断は出来ない。
もしかしたら、それ以上のレベルになってるかもしれない。
事前の情報である程度の能力は掴んでいるが、その時から何がどう変わってるか分からないから油断は出来なかった。
「そろそろ目的地だ。
手順通りに展開しろ」
通信機に向かって指示を出す。
数キロ以上の長距離をつなぐ事は出来ないが、今のトモキ達の間をつなぐには十分である。
幾つか入手されていたこれを借りて持ってきたトモキは、それをありがたく使っていた。
やってみて分かるが、連絡を取り合えるというのはかなりの強みになる。
離れていても連携して行動が出来るというのは大きな利点だ。
今回のようにそれぞれが別々に行動しなくてはならない時には重宝する。
大声を張り上げても声が届く範囲はそれ程広くはない。
だが、通信機によってそれは数十メートルから数百メートルに拡大される。
3台の車に分乗してる者達が行動を連携させるには十分な効果範囲である。
その3台が見えてきたトンネルを取り囲むように動いていく。
「ボウガンの準備をはじめる。
接近戦をする者も用意をしておけ」
その声にあわせて各車両の上で動きが出てくる。
今までならば、事前に取り決めておかねば出来なかった同時進行が、こうして簡単にできる。
その強みをどうにかして活かしていきたかった。
見えてきたトンネルとその前に展開する者達。
それらを見て、トモキ達は車を停める事無く動かしていく。
相手もエンジン音を聞いてトモキ達に顔を向けてくる。
さすがに隠密行動がとれるわけもなく、相手にはトモキ達の到着が筒抜けである。
だが、それで構わなかった。
潜伏して接近するのは無理がある。
相手にもそれなりに察知技術の高い者がおり、近づくのは容易ではない。
それに、事前に何人かが接近していくとなると時間がかかってしまう。
それならば、最初から一気に近づいて敵を取り囲んでしまおうという事になった。
相手に車輌は存在しないので、逃げられる心配は無い。
徒歩との移動速度の差は歴然としてる。
なので、取り囲んで一気に叩く事にした。
トモキの考えてる通りに車が動いていく。
トモキ達の乗ってるものが奥の方に。
その他の2台が別の方向に。
トンネル以外の方向を塞ぐように展開していく。
それを見て相手も何事かと思ったようだが、特に動きはない。
既に構えていたボウガンが、そんな彼等に向かって矢を放つ。
「撃て」
号令と共に矢が飛んでいく。
それぞれに2人3人と乗っていた射手が次々にボウガンを手にとって攻撃をしかけていく。
その間に接近戦を担当する者が車から降りて、陣取っていた者達に接近していく。
矢を受けて防戦に回らざるえない敵は、それを身ながらも対処が出来ないでいる。
トモキはそれを見ながら彼等の動きを見る。
5人の敵がどう動くかを見ていなければならない。
逃げ出す奴がいればそいつを追跡せねばならない。
幸い、そこまで敵が動く前に接近戦が始まる。
射撃によって数を減らす事は出来なかったが、敵をその場に居着かせることは出来ていた。
そこに7人の仲間が飛び込んでいく。
5人の敵は、若干であるが数で勝るトモキ達より不利な状況に追い込まれていく。
「矢を再装填してくれ。
逃げ出す奴がいたらすぐに撃て」
指示を出してトモキは更に様子を見る。
出来るなら加勢に入りたいがそれもままならない。
車の上から敵を見渡し、状況を確かめねばならない。
他に指揮を執れる者がいれば良いが、今の状況ではトモキが頭をはらねばならい。
たった十数人ではあるが、それだけの人数がまとまって動くには指示を出す者が必要だった。
単純な戦闘力を考えればトモキが加わる方が良い。
だが、全体が効率よく動くには、そうするわけにはいかない。
必要な指示を出すのは、戦闘中に1回か2回くらいであろう。
だが、その1回をしくじる事で今後に大きな問題を残す事になるかもしれない。
たった1人でも逃げてしまえば、それが後の災いになるかもしれない。
そんな事に陥るわけにはいかなかった。
だが、心配するほど状況は悪くはならなかった。
レベルにおいてはほぼ互角、人数においては少しだけ上回る。
その事が功を奏した。
トモキ達の方が相手を1人倒す。
たったそれだけで戦力比は拡大する。
そうなればあとは畳みかけるだけだった。
相手が4人に減ったところで、差は二倍近くになる。
それが3人になればもう形成を覆す事は出来ない。
レベル差がもっとあればともかく、ほぼ同等では話にならなかった。
それでも、この時点であれば1人くらいは逃げ出せたであろう。
他の者を捨てる事が出来れば可能性はある。
それをトモキは警戒していたのだが、どうやら仲間の勢いはそれを上回ったようだ。
逃げだそうにもその隙を与えなかったようである。
残り2人に減ったところで勝負はついた。
「ボウガンを持ってるのは周りに目を向けておいてくれ。
モンスターが近づいてきたら撃退を」
新たな指示を出して、それでもトモキは戦闘の様子を眺めておく。
どんでん返しがどこで起こるか分からない。
まだ完全に決着がついてないからこそ、敵の動きに注意をしておかねばならなかった。
それでも数分もしないうちに結果は出てくる。
5人の敵は全員血みどろになって倒れ、息をしているのは首領一人だけ。
再利用可能な武装や道具をかっぱらい、それらは回収して今後に活かしていく。
まだ生きてる首領も、程なく息を引き取るであろう。
体の数カ所につけられた切れ込みからは絶えることなく血が流れ出している。
防具に覆われていた部分はかろうじて無事だが、そうでない所には傷がそこかしこについていた。
いや、防具の下も攻撃の衝撃でそれなりの痛手を受けてるかもしれない。
わざわざそこまで確かめるつもりもないので、実際にどうなってるのかは分からない。
そんな今回の事件のきっかけを見下ろし、トモキは刀を手にとる。
身動きがとれなくなってる相手の体にまたがり、刃を首にそえる。
刃を当てて左右どちらかに引けばそれで相手は終わる。
それは相手にも分かってるだろう、顔をしかめている。
「それでどうするつもりだ……」
最後の気力を振り絞ってるのだろうか、そんな事を言いだした。
「殺して、それで満足か」
その後、何かしらわめいていく。
その大半がトモキ達のやってる事への非難であり、それでいてとてつもなく神経を逆なでる挑発であった。
それを聞くとはなしに聞いていたトモキは途中でため息を吐いた。
「だから?」
相手の言ってる事、トモキ達への非難と、暗に示してる自分達の正当性のようなものを感じ取りそう思った。
「テメエが勝手にそう思ってるだけだろ」
それだけ言ってトモキは刃を走らせた。
相手の喉が切り裂かれ、息が漏れてくる。
それを聞きながらトモキは、「ごたくばかり並べて……」と呟いた。
もっともらしい事を並べているが、ようは自分の優位性確保のための戯れ言でしかない。
そんなものに耳を傾けてる理由も時間もない。
やらねばならない事は他にもあるし、それらよりも優先して聞いてやる理由はなかった。
「じゃあ、こいつらをトンネルの前に。
出て来るモンスターに片付けてもらうぞ」
そう言って仲間を振り返る。
少しだけ間をおいたが、仲間はその言葉に従って敵の残骸を持ち運んでいった。
「でも、あいつら何がしたかったんですかね?」
たおした連中が並んでるところに目を向けてると、そんな事を尋ねられた。
「さあねえ。
あいつらが正直に答えてくれれば分かったけど。
もう無理だしな」
「ですよね」
「正直に言ってくれるかも分からんし」
「たしかに……」
そこまでサービス精神が旺盛な奴らでもないだろうから、結局本音は永遠に不明である。
だが。
「でも、前に聞いた事があるよ」
「何をです?」
「世の中にはな、相手との優劣だけしか考えない奴がいるって」
どこまで本当かは分からないが、そんな話を聞いたりもした。
人との繋がりを上下関係でしか感じ取れない者もいるという事を。
相手より優位性を確保していなければ気が済まず、ちょっとでも相手が幸せそうだとそれだけで号泣するほど悔しがるという。
それが自分自身の利益にも損害にもならないにも関わらずだ。
「もしかしたらそういう奴だったのかもな」
「はあ……」
「あいつにとって、ここの存続とかそういうのはどうでも良くてさ。
ただ主導権をとりたい、自分が一番になりたいってだけだったんじゃないかな」
その為に騒動を起こし、そしてそんな騒動すら楽しんでいる。
もしかしたら、そんな騒ぎや争乱をも楽しんでいたのかもしれない。
それだけを楽しんでいたかもしれない。
平穏や安定と、それらがもたらす発展などを嫌悪して。
そして、自分が主導権を握る事を求めていたのかもしれない。
「何にせよ、邪魔でしかないよ」
生き残る為には不要な存在である。
安定して平穏な状態を崩壊させるような存在など不要だった。
そこを変化させる必要などどこにもない。
落ち着ける状態こそが発展をもたらす。
変化は混乱にしかならないし、発展などに繋がることはない。
「ああいうのは、これからも潰していかないと」
それがトモキの感想であり結論だった。
ようやく安定し、ようやく平穏を手に入れた。
その成果として家が建ち、生活する場所を確保出来るようになった。
子供も生まれて育てられるような状態になった。
これを崩しても良い事など何もない。
「それが嫌だってんなら、やるしかないよ」
「確かに……」
話しかけた相手も頷いた。
彼もモンスターに襲われる日常の中で、平穏や安定を求めていた。
それを崩されるなどもっての他である。
無駄な争乱は極力避けたかった。
その元凶となった者達には同情も憐憫も抱けない。
今回切り捨てた事でせいせいしたくらいである。
ただ、なぜそうなったのか、どうしてそんな事をしたのかは気がかりであった。
わざわざそんな事をしたのは何故なのかと。
トモキに尋ねてもそれらが解消したわけではない。
だが、トモキの言ってる事から何かしらのヒントが得られはした。
(……こういうのってどの技術を伸ばせば理解出来るんだろう)
そんな事も思った。
余裕があれば、機会があれば今回の出来事に関わるような技術を身につけてみたいと思った。
人間の心理や考え方に関わるようなものを。
それが今回の出来事に至る何かを解明させ、今後に役立つかも知れないと考えつつ。
それからトンネルから出て来たモンスターが死体を処分していくのを見て。
トモキ達はそのモンスター達をも倒していった。
交代の要員をその場に残して居住地に戻ったのはそれからである。
どうにもやる気が出ないままで、話を出すのが遅くなる。
書こうと思うと筆が止まる。
開き直って、適当にやってくかと思ってようやく気分がのってくる状態。
そんなわけで、次もたぶん一週間くらい後になるんじゃないかと。