第97空間 不穏分子
「それでねえ……」
目出度い話の後、テルオは少しばかり気落ちした声を続ける。
「だから問題なんだけど……最近は色々あってね」
「…………?」
「本来なら、素直に強いのをどんどん強くしていけばいいんだろうけど、そうもいかなくなってね」
テルオの声から良からぬ事が起こってるのを感じ取る。
実際、そこからの話は決して安穏としたものではなかった。
「こっちに来た新人はさ、最初のうちに何人か間引くじゃない」
「ええ、そうですね」
「それで、まあ何だ、問題のある奴はある程度削り取ってはいるんだけどさ。
それだけじゃやっぱり全部は刈り取れないんだよね」
「…………」
何やら嫌な気配がしてきた。
「そりゃあ分かりやすい奴らはどんどん切り捨てる事が出来るよ。
でも、そういう奴だけじゃないからね。
表向き大人しくしてて、あとで色々やり出すとかあるから」
「今、そうなってると?」
「うん、まあね」
苦々しくテルオが頷く。
「そいつらが結構まとまっててね。
人数は少ないんだけど、正論ていうか、もっともらしく聞こえる事を言ってあれこれしててね」
それで、他の連中も強く言えなくて、何となくそれを認めちゃってるような事になってるのよ」
「ああ、なるほど……」
なんとなく分かった。
声のデカイ人間や、口の上手い人間が主導権を握っていく。
様々な所で見てきたものだ。
それこそ、子供の頃からそういった者はいた。
上手く仲間を集め、先生などのおぼえめでたく、自分の都合を通していく。
そういう人間がここにもいるのだろう。
「でも、放置してるわけにはいかないでしょ」
「そうなんだよ。
一応どうにかしようと思ってるんだけどさ」
「上手くいかない?」
「なかなか口実が無くてね」
そこがテルオとしては辛い所であるという。
実際には正論ではなく都合の良い言葉を並べてるだけである。
だが、それを崩す上手い言い方がない。
また、相手も相手でこちらのちょっとしたしくじりをネタにしてくる。
なかなかに攻めづらい状況なのだという。
何より、相手が少数とはいえ結束してるのに、その他の者達はほとんど団結できてない。
一人一人が注意をしても、相手はまとまってやり返してくるので反撃をくらってしまう。
結果、どうしても相手の思うままを許してしまってるという。
「ふーん」
状況はなんとなく分かった。
何とかしないととも思う。
「で、そいつらは何人くらいなの」
「今は10人くらいでつるんでるね。
モンスター退治も、それで出てる」
「レベルは?」
「一番強いのでレベル10にはなってるかな」
「そいつは、面倒だな」
さすがにトモキも迂闊に手が出せる状態ではない。
10人といえばかなりの規模だ。
200人を超えたばかりのこの集団においては大勢と言ってよい。
おまけにレベル10にまでなってるとなると一筋なわではいかない。
「だから、どうしたもんかなって」
テルオが嘆く理由が分かってきた。
そんな面倒な相手となると、上手く仕留める事もできまいと。
だが、放置するわけにもいかない。
「そいつらのレベルを上げるような事になれば、もうどうしようもなくなるな」
「そうなんだよ。
だから、どうしたらいいかなって思っててね」
「いや、やる事ははっきりしてるでしょ」
はっきりと言い切る。
「迷ってる場合じゃない。
また、マキさんのような事が起こる」
かつての過ちを繰り返すわけにはいかなかった。
折角ここまで上手くやってきたのだから。
「上手く片付けるよ」
「やってるれるのかい?」
「そのつもりで話したんでしょ」
「まあ、そうなんだけどね」
苦笑するテルオに、トモキは呆れつつも笑みを浮かべる。
こんな事を言い出してくるのだから、当然対処も頼まれてると思っていた。
実際、テルオとて何とかしたいのだろう。
「あとで誰がそうなのか教えてよ。
一気に片付けるから」
「うん、頼むよ」
「ああ、任してよ。
ここを守らなくちゃならないし」
既に定着してる者もいる。
赤子も生まれてきている。
安全に暮らせる場所をどうにか保たねばならなかった。
その為には、不穏分子を早急に処断せねばならない。
躊躇う理由は無い。
どんな倫理も道徳も、安心して生きて暮らせる場所があってこそである。
いや、安心して暮らしていくための倫理や道徳は生まれてくるのだろう。
不穏を取り除くのを躊躇うのは、倫理や道徳にすら反する。
それらの前提条件そのものを崩壊させるのだから、これらが存在する事すら出来なくなる。
なるべく急いで、などと悠長な事は言ってられない。
すぐさま、この瞬間にも結果を出さねばならなかった。
テルオに頼んでそいつらの居場所を教えてもらう。
全員はこの場にいないが、何人かは残ってるという。
最近の行動パターンだと、半分に分かれて交互にモンスター退治に出てる事が多いらしい。
襲撃されても撃退出来るだけの人数を残してるのだろう。
手練れが5人もいればそう簡単に襲いかかる事は出来ない。
その警戒がモンスターだけでなく、他の人間も含まれてるのが問題であった。
そうしてる時点で、彼等にとって周りの人間は共に生きていく仲間ではなく、倒すべき、制圧すべき敵になってるのだろう。
主導権争いというか、勝手気ままを始めてる段階でもう仲間とは言い切れないものがある。
モンスター退治などで独自の行動をとることはあっても、それはあくまで集団の存続のためでもある。
集団の中で争乱を起こすためではない。
マキの時に問題を起こした連中とは毛色が違うが、やってる事は同じである。
出方が違うだけで、周りに迷惑をかけ、集団の効率を落とし、不和を広げてる。
見過ごすわけにはいかなかった。
すぐに仲間に声をかけ、対応を始めていく。
疲れて寝ていた者達も、話を聞いてすぐに覚醒していったようだった。
「周りを囲んで逃げ道を塞いでくれるだけでもいい。
とにかく、奴らを逃がさないようにしてくれ」
トモキの要請にマサタカらは、
「まあ、一気にやっちまいましょう」
と賛同を口にした。
ろくろく説明はしてないが、何が問題でどうするべきなのかは理解してるらしい。
彼等も彼等でこれまでの人生で色々あったのだろう。
誰もが十代後半から二十代といった若さだが、それでもそれなりのものを見てきたようだった。
例え実体験ではなくても、ネット世代であるだけに様々な情報に接する機会も多い。
今は通じてないネットにあげられた様々な情報から、人の世の汚い一面を色々見聞きしたという。
「こういう事もあるんでしょうね」
「人が集まってるんだから、むしろ当たり前だとは思いますよ」
シュウジの呆れた声で、キヨヒデの嘆きが混じった言葉が続く。
しみじみとした風情に、かつて彼等の身に降りかかったであろう出来事をおもわせる。
「ま、今すぐってのも難しいし、それじゃ意味が無い。
奴らは皆の見てる前で制裁を加えないと」
「でも、それだと一方的なリンチだと思われないか?」
懸念するべきところをキヨヒデが口にする。
確かにそれは問題になるかもしれない。
一方的に、理由もなく制裁を加えるような者と周りから見られる可能性はあった。
だが、
「何の問題もない」
とトモキは平然と言い放つ。
「むしろ、その方が都合がいい」
「はい?」
「なんで?」
周りの者達は驚いた顔をする。
それはそうだ、悪評がたって今後の活動に支障が出たら、と誰もが思っていたからだ。
そうと意識するかどうかは別として、今後の事について誰もが考えていた。
まっとうに生きてるなら当たり前ではある。
そうでなければ場当たり的に生きていく事になる。
だからこそ多少の融通を利かせ、ある程度の妥協をしていくものでもある。
それが良いとは言えないが、ほどほどに生きていくには必要な事ではあろう。
だが、トモキにとってはどうでも良い事である。
「理屈を並べれば逃げられるなんて思わせないで済む。
そういう嘘吐きは長生き出来ないと周りの連中に示す機会だ」
理屈をあっさりと嘘と言い切る。
実際、どれほど筋道をたてていようと、矛盾がなかろうと、自分の利益だけのために震われる理屈は嘘と言っても良いだろう。
「そんなもの、何一つ考慮する必要は無い。
リンチだろうがなんだろうが、そういう奴は即座に切り捨てる。
そういうもんだと周りに示す」
それが狙いの一つである。
法律も何もない世界である。
それでも守らなければならないものはある。
そして、守るべきものは屁理屈を並べたものではない。
人が人として守らねばならない道理は、そんな風に頭を使って出て来るようなものではない。
例え形になってなくても、決して違えてはならないものがある。
普通に生きていれば何となく感じ取り理解出来るものであるはずだ。
それを分かってない、分かっていても平気で踏みにじる。
そんな奴はどんな形であっても即座に排除していく。
そうである事を示していかねばならない。
でないと、悪さをする馬鹿が今回のように出てくる。
「だから、明日の朝一番くらいに一気にやる。
そのつもりでいてくれ」
トモキの言葉に、皆が頷いた。
投稿が遅れてしまった。
疲れとか色々たまってるようで、なかなか筆が進まない、と言い訳を。
ただ、毎日の投稿は現状では厳しいので、週一にしようかと考えている。
とりあえず明日の19:00には続きを投稿できるけど、その先は不透明であります。




