第95空間 共通項
二ヶ月で稼いだ貢献度で帰りの燃料は十分に賄えるようになった。
モンスターもあれほど強力なものは出てこなかったのでそこも安心出来る。
こうしてる間にも近くまで迫ってるかもしれなかったが、とりあえず目に見える場所にはいない。
当面は安全であろうと信じながら車を走らせていく。
普段よりやや早い速度を保ちながら進み、帰還を果たす。
なんだかんだで一年半ほどの時間をかけての帰還だった。
「生きてたんですね」
感無量といった態でトモキを迎えるカズアキは、トモキの帰還を喜んでくれた。
テルオとヒトミも同様である。
「とにかくこっちへ。
まずは食事でも」
「いや、それよりも風呂の方がいいかもよ」
テルオがそう言って後ろを振り向く。
トモキ達が外に出てる一年で居住地も更に発展したようだった。
壁沿いの家も増えている。
食堂も改善されたようで大きな建物になっている。
いまだにテントも現役であるが、それだけに留まらなくなっていた。
発電機も設置され、限定的ながら電気も使えるようになっている。
「まだまだ全然足りないですけどね、色々と」
「いや、出て行く前に比べれば全然違うよ」
一年半の間に様々な事があったのだろう。
その間の発展ぶりに驚いていく。
「電動工具とかも手に入れたりしてますから。
おかげで建築とかも大分早くなりました」
「車も増えたから物の持ち運びも大分楽になったしね。
最前線も、今はかなり拡がってるよ」
言われてみると、車の轍がかなり残ってる。
居住地だけでなく、近隣の空間にも大分はっきりと刻み込まれていた。
それだけ頻繁に移動してるのだろう。
「本当に変わってきたんだな」
「そうですね。
あまり実感はないですけど。
でも、振り返ってみると、確かに色々変わったでありますな」
毎日見てるとその違いを実感する事もないのであろう。
だが、一年以上の時間を隔てたトモキ達からすれば大幅な進歩に見えた。
浦島太郎になった気分である。
「でも、一番の変化はあれでござるな」
そう言って、食堂の一角に集まってる女性陣に目を向ける。
そこには数人の女性と、小さな人影が見える。
「……まさか」
「え、あれって」
「子供……なのか?」
「赤ん坊……?」
トモキ達が驚いてそちらを見る。
視線を受けた女性陣は少し驚いたようだが、トモキ達を見ると軽く頭を下げてくる。
そんな彼女らの腕の中や膝の上などには、産着にくるまれた赤子の姿があった。
「この一年で三人生まれたであります。
これから生まれるのが確定してるのも二人ほどいるでござる」
「は-、こりゃまた……」
何て言ってよいのか分からなかった。
だが、そんな風になるくらいに物事が動いてたのだろう。
生活水準の向上と安定、生きていくのに十分な稼ぎの確保。
あるいは戦闘以外での活躍の場が出来ていった事で、結婚も増えていった。
それはトモキ達が旅立つ前にもあった傾向である。
だが、トモキ達が旅立って半年もする頃にはそれが更に増えた。
連れてこられた者達は合計200人を超えた。
その中で夫婦が10組20人。
全体の一割がここでの新たな生活を始めている。
帰るあてのない場所であるだけに、寄り添える相手との時間は大きな安らぎにもなったのだろう。
つがいとなった者達は、陰鬱になりがちなここでの生活であっても明るさを保ってるという。
新しい命の誕生もここに居る者達全体の雰囲気を明るくしている。
帰れないなりに、ここで生きていくという覚悟を促す何かにはなっているようだった。
「それで、気づいた事があるでござるが」
「なに?」
「出産もそうなんですが、結婚するにあたって聞いてみたであります。
このままここに居着くことになってもいいのか、元の世界で待ってる人や旦那さんに奥さんとかはいないのかと。
恋人とかもそうでありますが、そういう人がいたら結婚するのはまずいでありますから」
「そりゃそうだな」
「でも、聞いたらそういう人はいないという事で。
それはそれで良いのでありますが、よくよく聞いてみると、そもそも元の世界に未練のある人がいないでありました」
「……どういう事?」
「全員に聞いたわけではないでありますが。
どうも、ここに来た人達は元の世界でそんなに上手くいってなかった人が多いようであります」
そういってカズアキはかるく息を吐いた。
同席してるテルオも、そしてトモキとその仲間達も息をのむ。
「もともと態度の悪い奴らは、まあそうなんだろうなって思うけどね」
「でも、そうでない人達も、何かしら戻る理由がないというか。
無理して戻らなくても問題無いというか。
それが問題でもあるのですが……」
「身寄りが無かったり、天涯孤独だったり。
そうでないにしても、それと似たような状態の人が多いようでね」
「あまり恵まれてないようでござるよ。
まあ、それがしもそうなんでありますが」
「俺もだ」
テルオとカズアキの言葉で、だいたい言いたい事が分かって来る。
「あまり上手くいってなかったってことか、人生が」
「そういう事でござるな」
「面目ないっていうかねえ……」
かつての、元の世界での自分を振り返り、色々と胸に去来するものがある。
それは他の者達も同じであった。
だからこそ言える事もある。
「だからと言ってはなんでありますが。
無理して元の世界に帰る理由もないであります」
「ここにずっといるのも何だけど、帰れないならそれでもいいかなとは思うね」
「確かに……」
トモキとてどうしても戻りたいかと聞かれればそうでもない。
ここが良いとは思わないが、元の世界に未練があるかというとそうでもない。
殊更嫌な思い出があるわけでもないが、どうしても気に掛かる何かもない。
それでも元の世界に戻れればと思う事もあるが、その理由の大半はモンスターにある。
危険な存在がうろつく危険な場所から少しでも早く離れたい……というただそれだけが理由だった。
それらがいないならば、こんな何もない所でも多少は順応していたかもしれない。
「そんなわけだから、残してきた人とかっていないようなんだよね」
「なので、誰がどなたとくっついても問題ない、と分かりました」
「でも、大事なのはそこじゃなくて、全く元の世界に未練がないって所なんだよね」
テルオがいつになく真剣な表情で語っていく。
「例外なく、全員が元の世界に戻る理由をもってない。
理由や原因とかは違っていても、孤立や孤独の状態にあった。
狙ったようにそんな人間ばかりを集めてるように思える」
「何か理由があると?」
トモキの言葉と、その言葉に頷く他の者達の視線を受けて、二人はしばし沈黙する。
「……それは、なんとも言えぬであります」
「もしかしたら何かあるかも、ってだけだからね。
その理由とかは分からないよ」
「でも、全員に共通する何かがあるという事は、それが何かに結びついてる可能性はあると思うでござる」
それを条件とする何かがあるかもしれない。
そう思うきっかけくらいにはなる。
その条件にみあう何かがあるかもしれないのだ。
こんな所に連れてこられた理由が。
「でもさ」
話を聞いてたトモキは、何となく思いついた事を口にする。
「なんとなく、いらない奴って感じもするな」
誰とも接点が無い、いてもいなくても良い存在。
そんな風にも思えた。
認めたくはなかったが。
今日もこんな時間になってしまった
明日は19:00に出せるはず。




