第93空間 追跡4
モンスターを引き込んだトモキのほうは、かなり危険な状態だった。
木々が障害物になってるから相手の移動速度はかなり制限させられる。
なのだが、それでも根本的な移動速度の違いはいかんともしがたい。
物陰に隠れ、障害物を利用しながら戦うにしても、機動力の差は実に大きかった。
さすがにいつもどおりというわけにはいかない。
それでも物陰を伝い、モンスターの視界から姿を消し、攻撃出来る位置をとっていく。
モンスターもそんなトモキをどうにかとらえてるのだが、不意に姿を見落としてしまう。
そんな事を繰り返していくうちに、トモキをモンスターが追いかけていたのが逆転する。
モンスターはトモキを見失い、トモキはモンスターをとらえていく。
そんな状態からボウガンを取り出し、狙いをつける。
技術は全然成長させてないが、距離は数メートルといったところである。
この距離なら外す事は無い。
ただ、狙った部位に当てるのはさすがに難しい。
出来れば頭、それか心臓に当てたいが、そう上手くはいかない。
的の大きさは申し分ないのだが、動きがあるので簡単にはいかない。
体のどこになら簡単に当てられるが、体の一カ所を狙って撃つのは難しい。
それをやるにはもっと距離を詰めなければならない。
2メートルから3メートルくらいなら問題は無いだろう。
そこまで詰め寄ると、接近戦の距離に入ってしまうから、射撃武器を用いる意味がほとんどなくなる。
それでも、相手の頭を狙うとかならそれなりに意味はあるかもしれない。
体格差の関係で、目の前のモンスターの頭を攻撃しようとしても届かない。
そこを狙うならば、ボウガンなどを使う意味がなる。
もしくは、槍などの長柄の武器を用いる事になる。
今のトモキにはそれを選択する事は出来ないが。
(当たればめっけもんだな)
そう思いながら足の辺りに狙いを定める。
実際にそこに当たるかどうか分からないが、それでも引き金を引いた。
攻撃そのものは今まで通りである。
足や腕を狙ってモンスターの動きを封じる。
それから接近してモンスターを倒す。
直剣で体に突き刺しても良いし、比較的柔らかい関節の内側を狙っても良い。
動きを遮る事が出来るならやりようはある。
特に目の前のモンスターは自動車を追いかける事が出来るくらいに足が速い。
何よりまず足を潰しておかないと危険だった。
その狙い通りにボウガンから飛び出した矢はモンスターの足にあたった。
だが、今までだったらそれで痛がったりしていたのだが、目の前のモンスターはそういった派手な動きを見せない。
矢が突き刺さってるのは確かなのだが、それほど損傷を与えてるわけではないようだった。
(まずいな)
そう思いながらその場から離れ、別の場所へと向かっていく。
その動きにモンスターは気づいてない。
この好機を利用して身を隠せる別の場所へと移動する。
適度に離れたところでステータス画面を開き、ボウガンを交換していく。
使い終わったものが収容され、矢を装填したものを新たに手にとる。
効果は期待出来そうにないのは既に分かってるが、それでももう少し遠距離からの攻撃で粘ってみる。
矢は簡単に突き刺さってくれそうもないが、そんな敵に接近戦を仕掛けるのも怖い。
トモキ一人でどうにか出来る程弱いとは思えない。
遠間から少しでも損傷を与え、出来るだけ有利な状況を作りたかった。
そうなると狙う場所は限られる。
物陰から少し身を乗り出し、狙えそうな場所を選んでいく。
先ほどより距離が離れたので照準をつけるのが難しい。
相手も動いてるので簡単にはいかない。
(もうちょっと落ち着いてくれればな)
かなわない願望を抱きながらも、引き金を引く。
今度の矢は残念ながらモンスターから外れ、相手の頭すれすれの所を飛んでいく。
トモキを見つけようと頭を振ってるから当てづらい。
すぐにトモキは姿を隠し、ステータス画面を開く。
ボウガンを交換しようとしたのだが、そこまでの余裕はなかった。
トモキのいる場所に向かってモンスターが突進してきた。
(見つかったか……)
さすがにこれ以上はどうしようもないので、覚悟を決める。
ボウガンを抱えたままなるべく見つからないように移動をしていく。
(見つかったわけじゃないのか)
幸い、隠れて移動するトモキをモンスターは見つけられなかったようだった。
矢が飛んできた方向に向かっていっただけのようで、周囲を伺いながら進んでいく。
そんなモンスターの姿を見つめながら、トモキは少しずつ距離をつめる。
といっても、既に5メートルを切るほど近くにいる。
相手の移動が素早かったのと、トモキが物陰伝いに動くのでどうしても移動距離が制限されてしまった為だ。
まだ見つかってないのは幸いだが、これだけ近いと見つかったときにすぐに攻撃されてしまう。
(先にやるしかないな)
音を立てないよう刀をゆっくりと抜く。
5メートル程度ならばすぐに攻撃を仕掛けていける。
上手くいけば奇襲になる。
だが、そこから更に距離を詰めていく。
ゆっくりと、10センチ刻みで。
5メートルが4メートルになり、それが3メートルに縮まっていく。
攻撃は一回しか出来ない。
最初の一回が、最初の一回だけが有利に事を進める事が出来る。
だから、その一回を完全なものにするために努力を惜しんでいられない。
その一瞬の為に神経を張り詰め、気配を極力殺しながら近づく。
モンスターの近くまで進み、これ以上気配を殺して詰め寄るのは不可能という所で操気法を用いる。
気力が漲り、体が軽く感じられるようになる。
それを刀にもまといつかせてモンスターへと向かっていく。
背中を向けてるモンスターに向かっていき、ほぼ目の前の高さにある足に向けて刃を振りおろす。
不意をついたので相手が反撃や逃亡する心配は無い。
動かない標的のような状態にあるモンスターの足めがけて刀を振りおろす。
操気法によってまといつく気がそれらの動きを加速させた。
刀をくるむ気が刃に触れる寸前にモンスターの獣毛と筋肉を切り裂いていく。
不穏な気配にようやく気づいたモンスターは、あわてて飛びはねようとするが遅かった。
逆に跳ね上がった足が刃の前に差し出される形になる。
腿を切られる事は避ける事ができたが、代わりに跳ね上がったかかと部分を刃にさらすことになる。
動きを止める事無く刀を走らせたトモキは、モンスターの脹ら脛から踵にかけての足首、アキレス腱にあたる部分を切り裂く。
刀にかかる抵抗は今までのモンスターよりも大きく、刃で簡単に両断というわけにはいかなかった。
切り裂く刃にかかる抵抗がかなり大きい。
筋肉がとてつもなく固かった。
(なんだこれ)
鉄板か何かなのかと思う程だった。
だが、切り裂けないわけではない。
片足を切り裂いた事で、動きを大幅に封じる事は出来た。
完全に倒したわけではないが、とりあえずこれで状況は少しだけ有利になった。
もう1体のモンスターはトモキに振り向くと一気に突進してこようとする。
足を切ったモンスターの背後に回り、それを避ける。
さすがにモンスターも同士討ちになるような事はしない……と思っていた。
しかし相手はそういった事に頓着しないのか、間にいる仲間を踏み越えてトモキに襲いかかろうとする。
(おいおい)
さすがにそれはないだろうと思ったが、それよりも先に体を動かさねばならない。
仲間を踏み台にした敵は、高い位置から腕を振りおろしてくる。
恐ろしく早い。
避ける事は出来ない。
残念ながら、そういった技術を成長させていない。
やむなく気を込めた刀で相手の腕を迎え打つ。
受けとかいう生やさしいものではない。
繰り出してきた攻撃を攻撃するという荒技である。
それで相手の腕を叩きのめし、攻撃の勢いを削ごうとした。
ついでに傷を負わせる事が出来れば儲けものだった。
しかし、ここでも思惑はかなり外れた。
確かにモンスターの攻撃に遭わせて刀をぶつける事はできた。
なのだが、相手の動きは早く、重さもある。
凝縮されてる筋肉は固く重く、それだけで凶器になり得るほどの威力を持っている。
そんなものと刀を打ち付けあったのだ。
トモキもただでは済まない。
固く思い衝撃が手から伝わってくる。
高めた技術と操気法で強化された体と動きが無ければはじき飛ばされていただろう。
だが、腕にしびれが残る。
骨がきしむ。
傷を負ったわけではないが、体全体に衝撃を受けてしまった。
相手が無傷ではないのが救いだろうか。
刀が当たった所から血を流し、腕から伝わってくる叫び声をあげている。
それを見て、少しだけ安心した。
全く効果が無かったらトモキでは対処出来ない事になる。
そうなったら、打つ手はない。
再び身を隠して奇襲に機会を伺わなくてはならなくなる。
さすがにそこまでする必要がなさそうなのはありがたかった。
確かに強敵だが、太刀打ち出来ないほどではない。
しかも、一体は足を切りつけて動きを困難にしてる。
腕をやられたのも今まで通りの動きをする事は出来ないだろう。
真っ正面から殴り合えるとは思わないが、勝機は見えてきた。
それでもまだかなり低いとも思っていたが。
やりあってみると、やはり難しいものがあった。
足を切りつけられた方が、移動力を失ってかなり攻撃しやすくはなった。
だが、立ち上がる事は出来るし、その状態から振りおろしてくる腕はかなりの脅威だった。
腕を切られた方も、足はまだ健在なので後ろ足だけで走り、トモキを翻弄する。
だが、万全な状態でないのはトモキにとって大きな利点だった。
移動がままならない方はトモキが動き回る事で攪乱する事が出来る。
足が無事でも腕がまともに使えなければ、攻撃が鈍ったものになる。
それでもまともに攻撃を受けようものなら確実に吹っ飛ばされるので、当たらないよう注意深く動かなければならない。
遮蔽物を利用し、モンスターの死角に入りとにかく時間をかけて戦っていく。
時に刀を走らせ、軽い傷も負わせていく。
何も小さな損害を積み重ねようというわけではない。
それなりに力をのせた一撃なのだが、どうしても深くは切り込めないのだ。
動きながら、踏ん張りもなかなか出来ず、勢いをのせるのも難しい。
どうしても一撃が浅くなってしまうので、与える損害が小さくなってしまってるだけだった。
少しずつ少しずつモンスターを追い込んでいってるのだろうが、まだまだ倒れるところまで持ち込めていない。
そうしてるうちにトモキも息が上がってくる。
疲労がたまり、動きが鈍くなっていく。
まだ余裕はあるが、出来るだけ急いで倒さないと不利になる。
だが、モンスターの動きが鈍る気配は無い。
(もうちょっと深傷を負わせないと駄目か)
そう思うも、そこまでやる余裕がない。
まずいかな、とさすがに思い始めた。
耳に「あそこだ!」という声が聞こえたのはそんな時だった。
モンスターを倒したマサタカ達が駆けつけ、モンスターに攻撃を仕掛けていく。
シュウジとコウスケのボウガンが、その時トモキから離れていた方を貫き、トモキとの間にマサタカとトシユキが入っていく。
距離をとる事が出来るようになったトモキは、すぐに物陰に隠れ、背後からの奇襲を狙う。
モンスターがそちらに気を向けないように、マサタカとトシユキが攻撃をしかけていく。
この時点で戦闘の帰趨は完全に決まったと言っても良かった。
確かに強力なモンスターであるが、数が同等以上なら負ける事は無い。
マサタカと斬り合ってるところにトモキが背後からあらわれて攻撃をする。
そちらに気が向いたら、マサタカ達が攻撃をする。
隙をついてキヨヒデも攻撃をしかけ、モンスターの攻撃が一カ所に集まらないようにしていく。
シュウジとコウスケも距離をつめ、外しようがない距離からボウガンで頭などを狙っていく。
仲間に当たらないような位置から矢を放ち、次々に命中させていく。
やはり筋肉によってそれほど深くは突き刺さらないようだが、至近距離からという事もあって狙いは正確だ。
それでも急所を貫く事は出来ないようで、まだモンスターは動き回っている。
だが、それはかなり弱々しいものになっていく。
そこにトモキが背後から襲いかかる。
手足を切り裂き、動きを完全に封じる。
すかさずマサタカとトシユキが剣をモンスターの頭に叩き込む。
固い筋肉とそれ以上に固い頭蓋骨が、衝撃を反発させてきた。
しかし、それよりも振りおろした剣の威力が勝った。
いつものように叩き割る事は出来ない。
だが、頭蓋骨にヒビを入れ、そこから鉄の刃を食い込ませる事は出来た。
頭の破壊には十分である。
即死はないが、モンスターの動きが一気に鈍くなっていく。
程なく完全に息絶えるだろう。
戦闘は終結を迎えていく。
今までにない強力な敵を倒した実感を得る事もなく、トモキ達は呆然と倒したモンスターを見つめていた。
「とりあえず……」
どうにか気を取り治したトモキは、周りの皆を促して行動の指示を出す。
「核を切り取ろう」
盛大な遅刻をかましてしまったが、どうにかこうにか投稿。
ただ、次がいつになるかはなんともいえない。
そんなに間をあけたくはないけど、執筆がどうなるか。
なので、気長に待っていてもらえれば。
などと書いておいて、明日からも定期的に投稿……という事になればいいんだけど。




