第7空間 互いを知り、これからを考える
「広川マキ。
特に何が出来るってわけじゃないけど、よろしくね」
自己紹介を切り出した本人が口を開く。
名前を名乗るだけであったが、おそらくそれで良いと思ったのだろう。
初対面の人間同士、あれこれ全部喋るのも気が引けるのかもしれない。
そんな赤毛女のマキのやり方を踏まえてトモキも名乗っていく。
「社トモキ。
よろしく」
「拙者、前田カズアキと申しまする」
ぼさぼさ髪(付け加えるならオタク風な容貌)をした男も同じように名乗る。
そこに地味目少女も続く。
「横田です。
横田ヒトミ。
よろしくお願いします」
最後は中年を超えたおっさんである。
「柿崎テルオだ。
まあ、たぶんこの中じゃ一番年上なのかな」
そう言って寂しげな笑みを浮かべる。
そんな調子でとりあえず名乗りは終わった。
「まだ名前をおぼえられないけど、よろしくね」
赤毛のマキが言葉を発していく。
言い出したからある程度話を引っ張っていくつもりなのだろう。
「じゃあ、あの化け物が他にいないか探しにいこう。
食べる物をしっかりと確保するためにも」
トモキ達は無言で頷いた。
先に立ってマキとトモキが歩いていく。
そこから数メートルほど離れたところで、斧をもったカズアキとナイフを手にしたテルオがヒトミを間にはさんで歩いている。
まともな武装をしてる二人が危険な先頭に立ち、後ろの三人の露払いになる形だ。
その三人も、何の装備もないヒトミを守るようにカズアキとテルオが動いている。
現状で思いついた配置である。
これが最善というわけではないが、他に良い案も無かった。
何をするにしても、人数も武装も足りない。
逃げ出したという他の連中がいれば、そいつらが持っていった武装があればと思ってしまう。
それについてはトモアキやテルオが悔しそうに呟いていた。
そんな二人にマキは、
「すぐに逃げ出すような連中なんて何の役にも立たないよ」
と笑って告げた。
それもそうかと二人も苦笑を浮かべる。
「それに、あの人達、物も持っていっちゃったし」
「腰抜けに加えて泥棒でもあるって事ね。
ま、一緒に行動する事にならなくて、かえって良かったかも?」
ヒトミの言葉にもそう付け加え、五人は更に笑みを浮かべた。
言われてみればそうだな、と誰もが思った。
おかげで、色々失った痛手を吹っ切る事も出来た。
無くなった物があるし、そのせいで不利になってる事は変わらない。
それでも失った物を割り切る事は出来た。
損失を切り捨てる事が出来たと考える事で。
「武器とかは、あいつらを切り捨てるために必要だったと思いましょ」
そういって肩をすくめたマキに、他の四人は更に笑っていった。
出発前のそのやりとりのおかげで、危険な中にあっても五人は平静を保つ事が出来ていた。
そんな事もあってか、緊張はしていても下手な気負いは無かった。
不安はあるが、余計な力みがない。
そのため動きもある程度滑らかで、周囲にもしっかりと目を向ける事が出来ていた。
緊張するとどうしても視野などが狭くなる。
意識を集中するのとそれは、一見似てるようでその中身は全く別物だ。
緊張は無駄に力を消費し、なおかつ行動も鈍くさせる。
精神的な部分も同様に萎縮させる。
それではまともに行動する事など出来ない。
気持ちの集中というのはその真逆で、体も心も強ばりがなく、それでいて周囲の様子をどこまでも把握していける。
動きも滑らかで、適切な対応がとれる状態に自分を置く事が出来る。
技術も装備もない五人にとって、そういう心理や体勢をとれるというのは大きな利点だった。
本人達はその事に気づいてないが、それでもかなり良い状態を保っている。
出だしに笑うことが出来たのが大きい。
笑う門には福来たる、というわけでもないが、笑う事で気持ちや体の緊張をほぐす事が出来る。
気分も明るくする事が出来る。
無理して笑っても意味はないだろうが、先ほどのやりとりの中で自然に笑う事が出来たのはささやかながら幸運だったかもしれない。
その幸運に助けられたのか、五人は相手が自分達を見つけるより早くモンスターの姿を発見する事が出来た。
「で、どうする?」
聞くまでもない事だが、念のためにトモキは尋ねた。
「やろう」
マキは躊躇うことなく答えた。
「あいつは一体だけだった。
今のうちに片付けちゃおう。
仲間とかがいると厄介だし」
「発見、即殲滅。
迅速にやれば、増援が来ても対処出来るでござる」
「とりあえずあたしとあんた……ヤシロだっけ?
二人でさっきみたいにやろう。
片方が前に出て、その間にもう一人が後ろにまわる。
絶対に一人が背後を取るようにしてればどうにかなるはず」
「さっきみたいにだな」
言いたい事を理解してトモキは頷く。
「その間、三人はこの辺りに控えていて。
こっちが不利になったり、あと一歩まで追い込んだら手を貸してほしいけど」
「分かったでござる。
いざとなったらこの斧で吶喊するであります」
「こっちは……これだけど、まあ、がんばってみるわ」
無駄に意気込むカズアキと、自信なさげなテルオが応じる。
「ヒトミちゃんに戦闘は無理だろうから、周りに目を向けておいて。
何かが近づいてきたら迷わず大声を出して教えて」
「は、はい、分かりまひゃた!」
作戦と呼べるものではないが、やる事はそれで決まった。
「あとは……」
そう言ってマキは座り込んだ足下にある地面に目を向ける。
「一応準備もしておこうか」
「何を?」
「さっきやった事」
そう言ってマキはニヤリと笑った。
準備を終えてトモキは物陰を伝って動き出す。
出来るだけモンスターに見えないよう気をつけているが、それほど気を配ってるわけでもない。
見えたら見えたでかまわない。
それで相手が向かってくるなら、それはそれで構わなかった。
相手の背後にマキが近づく隙が出来る。
それでも出来るだけマキ達から離れようと努める。
無防備なヒトミから距離をとらねばならない。
木々の間を音を立てないように進んで行く。
出来るだけ早く進みたいが、そう簡単にはいかない。
枝や草に阻まれてなかなか上手くはいかない。
それらをかき分ければ音も出る。
気配を消していくというのは存外難しいと悟らされる。
幸いモンスターの方は気づいてないようで、明後日の方向を見つめている。
この辺りを縄張りにでもしてるのか、動く気配はない。
それが良いのか悪いのか分からないが、今はありがたい。
勝手に動かれると他の者達もそれに合わせて移動しなくてはならない。
その分気づかれる可能性が高くなり、襲撃の失敗になりかねない。
(もう少しだけそのままでいてくれよ……)
願をかけながらトモキは予定地点まで進んでいった。